本稿では、弁護士の立場から、公益通報者保護法(以下、単に「法」といいます。)について解説します。
1. 法の制定に至る社会的背景
企業や行政機関の内部で発生する法令違反行為は、国民生活の安定及び社会経済の健全な発展を阻害するものであって是正が不可欠ですが、外部からは発見しにくいことが多いため、内部者による通報が不可欠です。
実際、2000年代初頭、リコール隠しや食品偽装、データ偽装など、消費者の信頼を損なう企業不祥事が相次ぎましたが、これらの多くは、内部者からの情報提供によって明らかになりました。
こうした経緯を踏まえ、2004年に法が成立し、2006年から施行されています。
しかしながら、その後、解雇、降格、嫌がらせなどの不利益取扱いを受けることへの不安から、通報をためらうケースが多く見受けられ、より通報者を保護する法的枠組みの整備が求められました。
そこで、2022年6月1日より、改正法が施行されました。
同改正前は、公益通報制度を設けるべき法的義務はなく、事実上のものとして、コンプライアンス経営が厳格に求められる上場企業や大企業を中心に設置されていましたが、同改正により、一定の法的義務が明記され、違反した事業者は、刑事罰・行政罰・行政処分の対象とされるに至りました。
2. 「公益通報」の定義
「公益通報」とは、労働者・退職者・役員などが、不正の目的なく、勤務先やその役員・従業員などについて、刑事罰や過料の対象となる法令違反行為(「通報対象事実」(第2条第3項))が生じ又はまさに生じようとしている旨を、所定の通報先に通報する行為をいいます。
公益通報は単なる内部告発ではなく、法に基づく要件をみたしていることが必要になります。
3. 公益通報として保護されるための要件
公益通報として保護されるための要件は、通報者及び通報先の属性によって異なります。
以下に主な要件を整理します。
(1) 通報者が「公益通報者」に該当すること
「公益通報者」とは、以下に該当する者を指します(法2条1項各号、2項)。
① 正社員・アルバイト・パートタイマーなど、労働基準法9条に規定される労働者(退職後1年以内の者を含む)
② 派遣労働者(退職後1年以内の者を含む)
③ 請負契約などに基づき業務に従事する者・従事していた労働者(従事後1年以内の者を含む)
④ 役員
(2) 通報の目的が正当であること
通報の目的が不正なもの(不正の利益を得る、他人に損害を加えるなど)でないことが必要です。
(3) 「通報対象事実」に該当すること
「通報対象事実」とは、法及び法の別表に掲げられた法律(以下「対象法律」といいます。)に規定される犯罪行為の事実又は過料の理由とされている事実、さらにこれらの法律の規定に基づく処分に違反することが犯罪事実となる場合の処分の理由とされている事実を指します(法2条3項)。
「対象法律」は、国民の生命、身体、財産その他の利益の保護を直接的な目的とし、かつ刑罰又は過料による実効性が担保されているものに限られており、これらの要件をみたさない法律は、「対象法律」にはあたらず、法の対象外となります。
「対象法律」は、法の別表に掲げられており、別表には、刑法、食品衛生法、金融商品取引法、日本農林規格などに関する法律(JAS法)、大気汚染防止法、廃棄物処理法、個人情報保護法など、代表的な7つの法律が明記されています。
さらに、これら以外にも、「国民の生命、身体、財産その他の利益の保護」に関わる法律として政令で定めるものが対象となり、数百の法律が対象とされています。
「通報対象事実」の具体例は以下のとおりです。
- 刑法違反
横領、背任、詐欺、窃盗、暴行、傷害などの犯罪行為 - 食品衛生法違反
食品への異物混入、衛生基準違反、無許可営業など - 金融商品取引法違反
インサイダー取引、虚偽記載、有価証券報告書の虚偽記載など - 大気汚染防止法違反
工場などからの有害物質の違法排出 - 廃棄物処理法違反
不法投棄、無許可での廃棄物処理 - 個人情報保護法違反
個人情報の不正取得・漏洩 - 独占禁止法違反
カルテル、談合、不当な取引制限 - 労働基準法違反
割増賃金の未払い、労災隠し(これらは刑罰の対象となるため) - 景品表示法違反
優良誤認表示(命令違反が刑罰の対象となる場合) - 旅館業法違反
衛生措置の不履行(命令違反が刑罰の対象となる場合) - 廃棄物処理法違反
一般廃棄物収集運搬業者による違法な委託
(4) 通報先ごとの保護要件をみたしていること
公益通報は、通報先に応じて以下の3類型に分かれ、それぞれに保護要件が異なります(法2条1項)。
以下のとおり、企業の正当な利益と公益通報者の保護のバランスを図る趣旨から、通報先が外部に近づくほど保護要件が厳格化される設計が採用されています。
(ア) 事業者内部への公益通報(1号通報)
勤務先やその定めた通報窓口などへの通報です。
通報者において、通報対象事実が生じ又はまさに生じようとしていると「思料する場合」に保護されます。
「思料する」とは、通報者がそのように主観的に認識していれば足り、裏付けとなる相当の理由(真実相当性)までは不要です。
(イ) 行政機関への公益通報(2号通報)
権限を有する行政機関への通報です。
「通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由」、すなわち、単なる憶測や伝聞などではなくて通報内容が真実であることを裏付ける証拠や関係者による信用性の高い供述などの相当の根拠が必要です。
ただし、氏名や通報対象事実の内容などを記載した書面を提出した場合、真実相当性まで至らなくても保護されます。
(ウ) その他の外部通報先への公益通報(3号通報)
報道機関や消費者団体など、被害拡大防止のために必要と認められる第三者への通報です。
通報対象事実が生じ又はまさに生じようとしていると「信ずるに足りる相当の理由」があることに加え、外部通報が必要と認められる特段の事情として、以下のいずれかの事由(正当化事由)に該当することが必要です。
① 内部通報や行政機関への通報では解雇その他不利益な取扱いを受けるおそれがあること
② 証拠隠滅・偽造などのおそれがあること
③ 通報者を特定させる情報漏えいの可能性があること
④ 事業者から通報をしないよう要求されたこと
⑤ 内部通報後、正当な理由なく調査が行われないこと
⑥ 個人の生命・身体・財産に対する回復困難な損害などが発生するおそれがあること
(5) 役員による通報の場合には追加の要件をみたしていること
役員が行政機関や外部に通報する場合、原則として、「調査是正措置をとることに努めた」ことが必要であり、努力を尽くした上でなお是正が期待できない場合に保護の対象となります。
「調査是正措置をとることに努めた」とは、役員が善管注意義務に基づき、会社内部で不正行為の調査や是正に向けて積極的に行動したことを意味します。
具体的には、役員が自らの権限を行使して社内で問題解決を図るための行動であり、取締役会への付議(議案の提案)、監査役会への報告、その他善管注意義務の履行として必要な調査などがこれにあたります。
「努めた」とは、実際に調査是正措置を行った場合だけでなく、行うように努力した場合も含まれますので、例えば、取締役会や監査役会への報告を試みたものの社内の事情などで実現できなかった場合であっても、相応の努力が認められれば、「努めた」と評価される余地があります。
4. 事業者内部への公益通報(1号通報)への対応
(1) 不利益取扱いなどの禁止
法は、公益通報を理由とする解雇の無効(法3条)、労働者派遣契約の解除の無効(法4条)、降格・減給・退職金の不支給、派遣元事業者に対して派遣労働者の交代を求めること、報酬の減額などの不利益取扱いの禁止(法5条)を定めています。
なお、役員の選任・解任については多数決によるべき事柄であることから、解任自体は許容されていますが、公益通報者である役員を保護する趣旨から、当該役員が公益通報をしたことを理由に解任された場合、事業者に対して、解任によって生じた損害賠償を請求できることが特別に規定されています(法6条)。
事業者は、公益通報者が不利益取扱いを受けていないかを把握し、万一、不利益取扱いが判明した場合は適切な救済・回復措置を講じる義務があります。
事業者が不利益な取扱いを行った場合、消費者庁が裁判例を事業者名も含めて公表する方針を示しており、社会的なレピュテーション毀損になりますが、事業者は、公益通報を理由とした損害賠償請求を通報者に対して行うことはできません(法7条)。
これらの規定は、事業者の規模に関係なく、すべての事業者に適用されます。
(2) 公益通報対応体制の整備など
(ア) 「公益通報対応業務従事者」の指定
事業者は、公益通報に適切に対応するため、「公益通報対応業務従事者」を定める義務があります(法11条1項)。
「公益通報対応業務従事者」やその元従事者は、「正当な理由がなく、その公益通報対応業務に関して知り得た事項であって公益通報者を特定させるものを漏らしてはならない」とされており、これに違反した者には、30万円以下の罰金が科される可能性があります(法21条)。
(イ) 公益通報対応体制の整備
事業者は、公益通報に適切に対応するため、公益通報対応体制を整備する義務があります(法11条2項)。
事業者が公益通報に関して講ずべき具体的な措置については、法においては規定されておらず、消費者庁の指針において示されています。
実務的には、以下のフローが推奨されます。
① 通報の受付
匿名通報も法定要件をみたせば保護の対象となることから、匿名であることのみを理由に調査を実施しないことは正当な理由とはなりませんので、顕名か匿名かに関わらず、全件を受け付けます。
通報の受付方法は、電話・FAX・電子メール・ウェブサイトなど多様な手段が認められていますが、通報者の秘密保護のための措置が必須です。
なお、法で保護されない通報であっても、判例法理により、通報内容の真実性、目的の公益性、手段・態様の相当性を総合考慮して、正当な通報行為については労働者救済が認められる場合がありますので、法の枠組みに該当しない場合であっても、個別事案ごとに慎重な検討が必要です。
② 通報内容の丁寧な聞き取り
通報内容の詳細を丁寧に聞き取ります。
③ 調査の実施
通報内容の事実関係を迅速かつ公正に調査します。
通報対応にあたっては、利益相反関係の排除も重要です。
例えば、通報対象事実に関与する可能性のある者が調査や対応に関与しないよう、内部規程で具体的に例示することが望まれます。
必要に応じて外部専門家の活用も検討すべきですが、外部委託する場合も、中立性・公正性に疑義が生じる法律事務所などの起用は避けるべきです。
④ 是正措置・再発防止策の実施
違法行為が認められた場合、速やかに是正措置を講じ、再発防止策を策定・実施します。
⑤ 通報者へのフォローアップ
是正措置を講じた場合や違法行為が認められなかった場合、その旨を遅滞なく通報者に通知します。
なお、匿名通報者と連絡が取れない場合には、調査結果や是正結果の通知ができないなどの課題がありますが、個人が特定できないメールアドレスなどを活用し、連絡手段を確保する工夫が推奨されます。
ただし、通報者に対しては、適正な業務遂行の範囲、利害関係がある人の秘密・信用・名誉・プライバシーなどの保護に支障がない範囲で通知するべきです。
⑥ 不利益取扱いの防止・救済
通報者が不利益取扱いを受けていないかを継続的に把握し、必要に応じて救済措置を講じます。
(ウ) 常時使用する労働者が300人以下の事業者の対応
上記の公益通報対応体制の整備などについては、通報への対応を含む法令遵守業務に従事する恒常的な人員の確保が困難な場合があることから、中小企業などに過度な負担とならないよう制度設計されています。
具体的には、常時使用する労働者が300人以下の事業者については、努力義務とされており(法11条3項)、義務違反による直接の法的制裁はありません。
しかしながら、通報制度の導入・運用には、リスクの早期発見のみならず、違法行為の抑止や自浄作用の向上の効果も期待できますので、常時使用する労働者が300人以下の事業者においても、上記に沿った体制整備・運用を行うことが推奨されます。
5. おわりに
事業者は、法を適切に理解したうえで、実効性ある運用を行っていくことが求められます。
通報体制を実効的に機能させるための措置として、普段から、従業員に対し、社内セミナー・研修などを用いて、法や内部通報対応体制の概要、内部通報を行うことのメリットなどを教育・周知することが望まれます。
公益通報は公益に資するものですが、通報内容によっては取引先の営業秘密や顧客の個人情報、国の安全に関わる情報などが含まれる場合があり、通報者も他人の正当な利益や公共の利益を侵害しないよう配慮する努力義務があります(法10条)。
軽率な通報は、企業や関係者に回復し難い信用上の損害を与える可能性があるため、公益通報に当たらない通報によって会社が損害を受けた場合、通報者は、不法行為に基づく損害賠償責任を負う可能性があります(民法709条)。
通報者の側も、事業者と同様、法を適切に理解したうえで、公益性・正当性・手段の相当性を意識して行動することが必要です。
弁護士などの専門家の助言を得ることで、事業者と通報者の双方が適切に権利・義務を理解し、健全な組織運営と社会的信頼の確保に資することが期待されています。


