【弁護士解説】インサイダー取引規制の概要と社内防止策のポイント

執筆:弁護士 髙林 寧人フィンテックチーム

 インサイダー取引は、証券市場の公正性と信頼性を根幹から揺るがす重大な法令違反行為です。

 金融商品取引法(以下「金商法」といいます。)は、未公表の「重要事実」を知る立場にある者による有価証券の取引を厳しく規制し、違反者には刑事罰や課徴金などの重い制裁を科しています。

 証券取引等監視委員会や証券会社、金融商品取引所等が連携し、タイミングの良い取引や疑わしい取引を厳格に監視しています。

 本稿では、インサイダー取引規制の法的枠組みと企業が講ずべき社内防止策の実務ポイントについて、最新の実務動向や監督当局の指摘も踏まえ、体系的に解説します。

1. インサイダー取引規制の法的概要

(1) 総論

 インサイダー取引とは、上場会社等の会社関係者等が、その職務等に関連して知り得た未公表の重要事実を利用して、当該会社の株式等の売買等を行う行為をいいます(金商法166条)。

 規制の趣旨は、会社の内部者が一般投資家よりも有利な立場で取引を行うことによる市場の不公正を防止し、投資家保護と市場の信頼維持を図る点にあります。

 インサイダー取引規制は、会社の「重要事実」に関する規制(金商法166条)、TOB等に関する規制(金商法167条)に大別されます。

(2) 規制対象者

 規制対象者は、上場会社等の役員・従業員のみならず、契約締結者やその情報受領者、親会社の役職員、さらには情報伝達を受けた第三者まで広範に及びます。

(3) 規制対象取引

(ア) 規制対象となる取引
 規制対象は、「特定有価証券等」であり(金商法166条1項)、株式だけでなく、新株予約権、社債などの有価証券の売買、譲渡、取得、先物・オプション取引等が含まれます。
 「重要事実」の公表前にこれらの取引を行うことが禁止されており、例外的に適用除外となる場合も法定されています。

(イ) 「重要事実」とは
 インサイダー取引規制において「重要事実」とは、上場会社の運営、業務または財産に関する重要な事実であって、投資者の投資判断に影響を及ぼすものを指します。

 金融商品取引法では、4類型(①決定事実、②発生事実、③決算情報、④バスケット条項)に分類しており、これらに該当するか否かを個別具体的に判断します。

 各類型の具体的な例は以下のとおりです。

①決定事実
 株式の募集
 業務上の提携
 合併
 解散
 その他会社の業務執行機関による重要な決定

※金商法166条2項1号は、「会社の業務執行を決定する機関」が一定の事項を行うことについて「決定」したことを重要事実として定めています。実質的に会社の意思決定と同視されるような意思決定を行うことのできる機関が決定を行ったような場合、その実行が確実とまでは言えないときであっても、「会社の業務執行を決定する機関」による「決定」があったと判断される可能性がありますので、この点に注意が必要です。

②発生事実
 業務遂行の過程で生じた損害
 訴訟の提起や解決
 主要な取引先との契約解除
 重大な事故や災害の発生

③決算情報
 売上高等について、予め公表した予想値等と比較して重要な差異が生じたこと
 業績予想の大幅な修正

④バスケット条項
 上記①~③以外で、会社の運営、業務又は財産に関する重要な事実であって、投資者の投資判断に著しい影響を及ぼすもの

※バスケット条項については、法令で具体的に列挙されていない事実であっても、市場の公正性確保の観点から重要事実と認定される場合がありますし、取引情報や受注情報など、単独では「重要事実」に該当しなくても、他の状況とあわせて「重要事実」となる場合があります。そのため、「重要事実」に該当するか否かの判断は難しい場合が多く、疑わしい場合は、取引を控えることや専門家の意見を求めるなど慎重な対応が推奨されています。

(ウ) 「重要事実」の公表
 「重要事実」は、証券取引所の適時開示規則等に基づき速やかに公表されることが求められ、公表後は、インサイダー取引規制の対象外となります。
 具体的に、以下のいずれかの場合に公表があったと認められます(金商法166条4項)。

①有価証券届出書、発行登録書、発行登録追補書類、有価証券報告書、確認書、内部統制報告書、四半期報告書、半期報告 書、臨時報告書、親会社等状況報告書及びこれらの訂正報告書等に重要事実が記載され、公衆の縦覧に供された時点

②2以上の報道機関に対する公開後12時間の経過

③金融商品取引所の適時開示システムにより開示がなされた場合

(4) 規制の特徴と違反時の制裁

 インサイダー取引規制は「形式犯」であり、実際に利益を得たか否か、動機や目的の有無を問わず、法定要件に該当すれば成立します。
 違反者には、5年以下の懲役または500万円以下の罰金(法人は5億円以下の罰金)、課徴金納付命令、民事責任、行政処分、懲戒解雇等の社会的制裁が科されます。
 取引の経済的利得は没収・追徴の対象となります。


2. インサイダー取引防止のための社内体制整備のポイント

(1) 総論

 インサイダー取引の未然防止には、情報管理体制と自社株売買管理体制の両面からのアプローチが不可欠です。
 社内規程の整備・運用、役職員への教育・研修、内部監査・モニタリング、外部専門家の活用など、多層的な防止策が求められます。

(2) 情報管理体制の構築

 「重要事実」の保管方法(電子媒体限定、紙媒体の廃止等)、アクセス権限の限定、アクセスログの記録、廃棄ルールの明確化など、情報の漏洩リスクを最小化する措置を講じます。
 プロジェクトごとにウォールを設け、情報共有者を限定し、誓約書の提出を求める運用も有効です。
 M&AやTOB等の重要案件では、キックオフミーティングで「重要事実」の明示や誓約書の徴求を徹底します。

(3) 自社株売買管理体制の整備

 役職員による自社株売買については、売買前の届出制・許可制を導入し、管理責任者の承認を義務付けます。
特定部署や役員については、決算発表前後の一定期間の売買禁止(ブラックアウト期間)を設けるなど、リスクに応じたきめ細かなルールを策定します。
 持株会制度における売却・出庫にも許可制を導入し、インサイダー取引リスクを低減します。

(4) 社内規程の整備

 インサイダー取引防止規程や情報管理規程を整備し、法務部・コンプライアンス部門が即時・的確な判断を下せる体制を構築します。

(5) 実効的運用

 顧問弁護士等の外部専門家と連携し、疑義が生じた場合は速やかに相談できる仕組みを設けます。
定期的な内部監査やモニタリングにより、規程の実効性を検証し、必要に応じて見直しを行います。

(6) 役職員への教育・研修の徹底

 役職員一人ひとりが「インサイダー取引は必ず発覚する」「割に合わない」という意識を持ち、組織全体でリスク管理に取り組むことが重要です。
 インサイダー取引規制の内容や違反時のリスクについて、全役職員を対象に定期的な教育・研修を実施します。
 役員や経理・広報等の特定部署には重点的な研修を行い、バスケット条項等のグレーゾーン事例も取り上げます。
 日本取引所自主規制法人等が提供するeラーニングや外部セミナーも活用し、知識のアップデートを図ります。

(7) 社外への情報漏洩防止

 取引先やアドバイザー、非上場会社の役職員等も規制対象となる場合があり、情報共有時の啓蒙や守秘義務契約の徹底が重要です。
 社外関係者(取引先、アドバイザー、非上場会社役職員等)への情報共有時は、守秘義務契約の締結や Need To Know 原則の徹底、情報共有者リストの作成・管理を行います。

(8) J-IRISS 等の外部制度の活用

 日本証券業協会が運営する J-IRISS(役員情報登録システム)に役員や家族を登録し、証券会社経由で注意喚起を受ける仕組みを活用することも有効です。
 証券取引等監視委員会も J-IRISS の活用を推奨しています。
 ネット取引や借名取引も監視対象であり、インサイダー取引は必ず発覚するという認識を徹底することが抑止力となります。

(9) 再発防止策

 インサイダー取引防止策は、単なる規程整備にとどまらず、実効性ある運用と不断の見直しが不可欠です。
インサイダー取引事案が発生した場合は、迅速な社内調査と原因究明、再発防止策の策定・公表を行い、コーポレートガバナンスの観点からも不断の見直しを実施します。



おわりに

 インサイダー取引規制は、条文のみならず政令・内閣府令・証券取引所規則等の複雑な法体系に基づいて運用されており、実務上の解釈や運用には高度な専門知識が求められます。
 そのためか、近年は、M&Aや公開買付け(TOB)に関連するインサイダー取引事案が増加しており、関係者の範囲や情報管理の難しさも指摘されています。
 しかしながら、違反事実が発覚した場合、企業の信用失墜やレピュテーションリスクに直結します。
 企業の信用や市場の信頼を守るため、経営層のリーダーシップの下で、社内体制を整備するなど、全社的なコンプライアンス文化の醸成を図ることが重要と言えます。

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