
執筆:弁護士 藤田 貴敬( AI・データ(個人情報等)チーム )
本記事では、秘密保持契約(NDA)の意義、チェックする際のポイント、締結後の留意点等について網羅的に解説しています。たかが秘密保持契約と思われがちですが、ポイントとなる点は多岐に渡りますので、この記事ではそれらを基本から応用まで理解できるようになっています。
- 1.秘密保持契約とは
- 2.秘密保持契約を締結する場面
- 3.秘密保持契約締結の意義
- (1) 秘密情報の漏えいや転用の防止の観点
- (2) 不正競争防止法の観点
- (3) 特許法の観点
- (4) 責任追及の根拠となるという観点
- 4.秘密保持契約をレビュー・ドラフトする際の視点
- (1) どのような取り組みなのかという観点
- (2) 自社の立場
- 5.秘密保持契約の個別条項について
- (1) 目的規定
- (2) 秘密情報の定義
- (3) 秘密保持義務
- (4) 秘密保持義務の例外
- (5) 目的外使用の禁止・複製等の禁止
- (6) 秘密情報の返還又は破棄
- (7) 紛失、漏えい等があった場合の対応
- (8) 損害賠償及び差止め等
- (9) 有効期間及び存続条項
- 6.その他の条項
- 7.締結後の運用・管理について
- 8.まとめ
1.秘密保持契約とは
秘密保持契約とは、契約の当事者間で開示又は提供される情報の秘密を保護するために締結されるものです。この秘密を保護するとは、具体的には、開示又は提供した情報を一定の目的以外のために利用しないことや契約当事者以外の者に開示、提供又は漏えい等しないことが主として想定されています。
また、秘密保持契約(や秘密保持義務が規定された条項)のことをNDA(Non-Disclosure Agreementの略です。)と呼ぶこと、CA(Confidentiality Agreementの略です。)と呼ぶこと、更に「秘密」保持契約ではなく「機密」保持契約と呼ぶことなどがありますが、いずれも秘密保持契約とその実質は同じものになります。
2.秘密保持契約を締結する場面
上記のとおり、秘密保持契約は、契約の当事者間で開示又は提供される情報の秘密を保護するために締結されるものですので、例えば、新たに取引を始めようとする企業同士がその取引可能性を検討するために情報をやり取りする場合やその他事業提携、共同研究開発、M&Aのために情報をやり取りする場合に締結することが考えられます。そして、締結のタイミングとしては、これらの情報のやり取りを行う前段階になることが通常であります。
3.秘密保持契約締結の意義
秘密保持契約を締結しておく意義としては次のような点が挙げられます。
(1) 秘密情報の漏えいや転用の防止の観点
秘密保持契約では、以下の5の個別条項の部分で記載するとおり、第三者への無断開示等を禁止する秘密保持義務や契約終了後や開示者が要求した場合の秘密情報の破棄又は返還に関する条項が規定されています。これらの規定があることにより、相手方に開示した自社の秘密情報について、自社が与り知らぬところで漏えいすることを可及的に防止することが可能となります。
また、秘密保持契約には、目的外利用の禁止の内容も規定されています。特に相手方との取組みにおいて、自社ノウハウや未だ社外に公開していない情報を相手方に開示する際に、相手方がこれらの情報を相手方の事業のために使用してしまうと、自社の競争優位性を喪失してしまうことになります。この規定があることにより、自社ノウハウ等を契約上保護した上で相手方に開示することができるという点で意義があるといえます。
(2) 不正競争防止法の観点
不正競争防止法(以下「不競法」といいます。)では、営業秘密を不正に取得したり、不正に利用したりなどされた場合に、当該取得者や利用者に対して、差止請求や損害賠償請求をすることができるとされています(不競法第3条、第4条、第2条1項4号から10号)。また、一定の場合は、刑事責任を問うことができるともされています(第21条1項1号から9号)。
上記の不競法上の各措置をとるためには、対象となる情報が不競法上の「営業秘密」に該当する必要があるところ、不競法では次のように定義されています。
営業秘密(不競法第2条6項)
秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの
上記のとおり、営業秘密に該当するためには、①秘密として管理されていること(秘密管理性)、②生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であること(有用性)、➂公然と知られていないものであること(非公知性)が必要です。そして、①の秘密管理性が認められるためには、当該取得者、利用者等との間で秘密保持契約を締結していることが重要になる場合があるとされており、その観点から秘密保持契約を締結しておく意義があるといえます。
(3) 特許法の観点
特許法においては、①特許出願前に日本国内又は外国において公然に知られた発明、又は、②特許出願前に日本国内又は外国において公然実施をされた発明である場合には、当該発明について特許を受けることができないとされています(特許法第29条1項)。
そして、①の「公然に知られた」(公知)とは、発明者のために発明の内容を秘密にする義務を負わない者が発明の内容を現実に知ったことをいうとされています。このように、特許法上の公知の要件を判断する場合にも、発明の内容を開示した先が、当該内容を秘密にする義務を負っているかどうかがポイントとなるため、開示する際に秘密保持契約を締結していることの意義があるといえます。
(4) 責任追及の根拠となるという観点
秘密保持契約を締結していれば、秘密保持契約の条項に違反したことを理由に損害賠償請求をすることができます。また、以下の5で記載するとおり、損害賠償請求と合わせて差止請求についても規定する場合もあり、その場合には、行為の差止請求を行うことができます。これらにより、秘密情報の漏えいや秘密情報が不正利用されたことによって発生した損害の回復を行うことや差止によって損害の拡大を最小限に抑えることができることになります。
また、(2)で挙げているような営業秘密に該当せず、不競法に基づく各措置ができない場合であっても、上記の請求を行うことができるという点で、秘密保持契約を締結していることの意義があります。
なお、実際上は、不競法に基づく請求の場合は、損害の推定規定(第5条)や立証負担の軽減規定(第5条の2)があるため、不競法に基づく請求が行われることが多いようです。
4.秘密保持契約をレビュー・ドラフトする際の視点
秘密保持契約をレビュー・ドラフトする前に、次のような視点を持ち、各内容について確認しておくのがよいと考えられます。
(1) どのような取り組みなのかという観点
何のために秘密情報を開示するのか(開示の目的)、やり取りする情報の性質や量(秘密情報の定義)、情報開示はどの程度の期間行われる予定であるのか(契約の有効期間)という点になります。それぞれの要素が条項にどのように影響するのかについては5で詳しく説明します。
(2) 自社の立場
秘密情報を開示する立場と受領する立場のいずれになるかによって、個別の条項において、注意するポイントが異なります。大まかな視点としては、秘密情報を開示する側になるのであれば、開示した秘密情報の保護がポイントになり、受領した側になるのであれば、受領した秘密情報の取扱いがポイントになります。
両当事者が秘密情報を開示するやり取りであれば、両当事者が、お互いに秘密保持義務等の契約上の義務を負う双務的な秘密保持契約を締結することになりますが、この場合であっても、自社が重要な情報を出す立場かどうかや開示する情報が多い立場かどうかによって上記と同様の視点がポイントになります。
これに対して、自社のみが情報を開示するようなケースにおいては、上記の双務契約の形の秘密保持契約ではなく、相手方のみが秘密保持義務等を負う片務的な秘密保持契約の締結を検討することも考えられます。
5.秘密保持契約の個別条項について
次に、秘密保持契約で一般的に規定される個々の条項について見ていきます。なお、本記事では、秘密保持契約に特有の条項について取扱い、一般条項については、6で補足するにとどめます。
(1) 目的規定
まず、上記のとおり、秘密保持契約では、開示又は提供される情報の秘密を保護するために、目的外使用の禁止の条項が規定されますが、どのような目的であれば、目的外使用に当たるのかを明確にするために秘密情報のやり取りについての目的が規定されることが一般的です。また、ここで規定された目的については、秘密情報の定義や複製等の禁止にも関わる可能性がありますので、自社が意図している目的と整合しているかをよく検討する必要があります。
目的規定については、開示する立場からすれば、自社が意図する取組みに全く関係ない目的を盛り込んでしまうと、受領者はその目的でも利用できることになるので、目的外の利用を防止するという観点からは目的は狭く設定しておくのが望ましいといえます。他方で、受領者側としては目的をあまりにも狭くしすぎると、想定していた目的で利用することさえも目的外利用になってしまうというリスクがあるため、目的は広く設定しておくのが望ましいといえます。このように、目的規定については、上記の観点を加味し、自社がいずれの立場に立つかを踏まえて規定するのが望ましいといえます。
(2) 秘密情報の定義
ア 情報を開示する立場の場合
まず、自社が情報を開示する立場の場合、開示する情報が広く秘密情報に該当した方が、秘密情報の保護の観点から望ましいといえますので、例えば、次のような内容の条項を規定することが考えられます。
【条項例】
本契約において、秘密情報とは、一方当事者(以下「開示者」という。)が他方当事者(以下「受領者」という。)に対して本件目的のために、文書、口頭、電磁的記録媒体その他開示の方法及び媒体を問わず、また、本契約締結の前後を問わず、開示した一切の情報、本契約の存在及び内容、並びに、●●に関する協議・交渉の存在及び内容をいう。
上記のように、開示の方法や媒体を問わずに、また契約締結の前後を問わずに開示者が受領者に開示した情報全てが秘密情報に該当するということで、契約上の秘密情報の取扱いに関する義務が受領者に広く適用されることになるため、開示者にとっては有利な内容であるといえます。
イ 情報を受領する立場の場合
他方で、自社が情報を受領する立場の場合は、受領する情報が秘密情報に該当してしまうと、契約上の取扱いに関する義務が課されてしまい、情報管理のコストが増加してしまうことや、受領者が元々保有している情報と意図せず混ざり合い、いわゆる情報コンタミネーションの問題を起こしてしまうおそれがあることなどから、可能な限り受領した情報が秘密情報に該当しないような内容が望ましいといえます。また、企業間のやり取りについては、秘密情報とは言えない情報のやり取りもされているので、これらの情報を除くという観点からも秘密情報の範囲を限定するといったことが重要です。具体的には、次のような条項を規定することが考えられます。
【条項例】
本契約において、秘密情報とは、一方当事者(以下「開示者」という。)が他方当事者(以下「受領者」という。)に対して本件目的のために開示する営業上又は技術上の情報のうち、以下の方法により秘密情報である旨指定したものをいう。
(1) 文書及び図面(電子メール等の電子的手段による場合を含む。)により開示する場合には、当該文書又は図面上に秘密である旨を明示する方法(2) 有形物を交付して開示する場合には、交付の際に秘密である旨を通知し、かつ、当該有形物に秘密である旨を明示する方法
(3) 口頭その他無形の方法により開示する場合には、開示の際に秘密である旨を通知し、かつ、開示後1週間以内に、当該秘密の内容及び提供日等を特定して書面に取りまとめ、当該書面を相手方に交付する方法
上記のように、情報を開示する媒体ごとに秘密情報に該当するための要件を規定しておき、これに該当しないものについては、秘密情報に該当しないとし、秘密情報に該当する情報を限定的にしている点で受領者に有利な内容となっています。
ウ 秘密情報の例外
開示された情報が一切の例外なく全て秘密情報に該当してしまうと、受領者にとっては、情報の取扱いに関して不当に支障を来す場合が想定されます。そのため、一定の場合には、秘密情報の定義に該当したとしても、秘密情報からは除かれるという、秘密情報の例外規定が設けられることがあります。具体的には、次のような内容を規定することが考えられます。
【条項例】
次の各号の一に該当するものは秘密情報に該当しない。
(1) 開示者から開示される以前に公知であったもの
(2) 開示者から開示された後に、自らの責めによらずに公知となったもの
(3) 開示者から開示される以前から自ら保有していたもの
(4) 正当な権原を有する第三者から秘密保持義務を負わずに知得したもの
(5) 開示者から開示された情報によることなく、独自に開発したもの
上記の内容に加えて、通常、秘密情報の例外への該当性を主張する者は受領者であるから、開示者の立場からは、例外への該当性を「書面で証明できる」ことを追加の要件として規定することが考えられます。
エ 秘密情報の定義の中に個人情報を入れるかという観点
秘密保持契約の中には、秘密情報の定義の中に、個人情報も含むという内容が規定されている場合があります。個人情報に該当する情報については、その取扱いについては個人情報保護法に規定されている各種義務が適用されることになりますし、契約という当事者間の合意よりもその内容が優先されることになります。もっとも、契約で個人情報についても秘密情報と同じように扱うと規定した場合には、契約内容のとおり取り扱ったにもかかわらず、法律に違反するということになりかねませんので、秘密情報の中に個人情報を含むとする場合には、それに合わせて、個人情報の場合には適用されない条項を契約上明記しておくことが肝要です。
具体的には、秘密情報の例外規定は適用されないこと、以下で記載する存続条項については、個人情報に関する秘密保持義務については、個人情報が残っている限り存続することなどを規定しておく必要があります。
また、そもそも個人データの開示を受ける場合には、一定の例外に該当する場合を除き、取得の経緯を確認する義務があること(個人情報保護法第30条1項2号)、受領者が個人データを更に第三者に提供する場合には、開示者の承諾だけでは足りず、当該個人データに係る本人の同意が必要となること(第27条1項柱書)などから、通常の秘密情報とは、異なる取扱いが必要な場面があるため、個人情報の提供を受ける場合には、注意が必要となります。
(3) 秘密保持義務
秘密情報を受領した者としては、契約上秘密保持義務を負うことになりますが、具体的には、次のような内容を規定することが想定されます。
① 開示を受けた秘密情報を厳重に保管、管理すること
② 開示者の承諾なく第三者に開示等してはならないこと
まず、①については、開示する情報が重要な情報であればあるほど、具体的な保管方法や管理方法(物理的・技術的な安全管理方法など)を契約書内に規定した上で、法的拘束力を持たせておくことが肝要かと思います。もっとも、通常秘密保持契約においては、事細かに開示した情報の保管方法や管理方法が記載されていることは稀であると思われ、契約書では一般的な内容を入れておき、契約外で保管方法や管理方法について別途指示しているというプラクティスが多いようには思われます。
また、秘密情報の管理については、善良な管理者の注意をもって管理する旨が規定されることがあります。この善良な管理者の注意をもってという注意義務の内容は、「契約その他の債権の発生原因及び取引上の社会通念に照らして定まるもの」(民法400条)とされていますので、他人の重要な情報を受領して管理するという秘密保持契約の内容・趣旨に照らすと相当程度高くなることが想定されます。そのため、一定程度注意義務を下げるものとして「自己の財産と同一の注意をもって」などと修正することが考えられます。
続いて②については、上記のとおり、開示した情報が意図せず、開示、漏えい等しないようにするためにも、重要な内容であり、秘密保持契約では必ず規定されている内容となります。
(4) 秘密保持義務の例外
開示を受けた秘密情報について、次のように一定の場合には、例外的に秘密保持義務が課されず、開示できるような条項を設けることがあります。
ア 役職員等への開示の例外
まず、受領者が企業である場合には、組織である以上、現実に受領した者が、組織内の他の役員や従業員に情報を共有したり、場合によっては、関係会社の役員や従業員又は弁護士、公認会計士やその他のアドバイザーなどに開示することが考えられますが、そのような者への開示についても、逐一開示者の承諾をとって開示しなければならないとなると、秘密保持契約の目的の遂行が遅延してしまうリスクがあります。そのようなリスクを回避するため、秘密保持義務の例外として、一定の範囲の者については開示ができる旨を秘密保持契約で定めることがあります。
もっとも、秘密保持義務は契約当事者にしか課されないため、情報の開示者としては、このような当事者に開示できる旨を規定することと合わせて、開示先に、受領者が負う義務と同等の義務を課して、それを遵守させる義務を課すことが考えられます。なお、弁護士や公認会計士等については、法律上の守秘義務を負っていますので、同等の義務を課すとされていたとしても、新たに秘密保持契約を締結するということまでは通常必要はないとは思われます。
イ 法令等に基づく開示の例外
次に、法令、裁判所、監督官庁、金融商品取引所など秘密情報の受領者を規制・監督する立場にある公的機関の要請等があった場合には、開示せざるを得ないかと思いますが、その場合、契約上の秘密保持義務との抵触が生じますので、このような場合の開示は、秘密保持義務に違反しないとするものです。
そして、このような場合には、開示者としては、相手方への事前の通知義務(難しい場合は開示後速やかに通知する義務など)を課したり、開示に当たっては必要最小限度の開示しか認めない旨の内容を規定することなどが考えられます。
ウ 位置づけについて
稀にですが、秘密保持義務の例外条項(特にイの法令等に基づく開示の例外)を秘密情報の例外として規定している契約書を見かけます。もっとも、公的機関から要請があったことにより、一定の情報が秘密情報に当たらなくなり、契約上の秘密保持義務や目的外利用禁止の適用を受けなくなるというのはやや違和感があります。したがって、位置づけとしては、秘密情報には該当するが例外的に開示できるという秘密保持義務の例外として規定しておくのが自然であり、望ましいものと考えられます。
(5) 目的外使用の禁止・複製等の禁止
ア 目的外使用の禁止
上記のとおり秘密保持契約の条項の中でも重要な条項となります。本条項は、上記の目的をどのように定めるかが、重要なポイントとなってきますので、(1)目的規定の部分をご確認ください。具体的には、次のような条項を規定することが考えられます。
【条項例】
受領者は、開示者から開示された秘密情報を本件目的以外の目的で使用してはならない。
イ 複製等の禁止
受領した情報を自社内で利用する場合、それをコピーして社内共有したり、又は海外支社等に共有する場合には翻訳等を行うことが想定されます。そのような利用が、契約違反にならないようにするのがこの条項の趣旨となります。通常一律に複製を禁止するのは、あまり現実的ではありませんので、一定の場合(目的達成のために必要最小限度の範囲など)に限り、複製等ができる条項を規定することが一般的なのではないかと思います。具体的には、次のような条項です。また、複製等した情報が秘密情報ではないとの解釈をされないよう、開示者としては確認的に、秘密情報の複製物等も秘密情報に該当すると規定するのが一般的です。
【条項例】
受領者は、本件目的遂行のために必要最小限度の範囲で、秘密情報を複製、複写、翻案、翻訳等することができる。なお、秘密情報を複製等した場合の複製物等は、本契約における秘密情報として取り扱うものとする。
(6) 秘密情報の返還又は破棄
開示した秘密情報が、受領者の支配下からなくなれば、受領者からの秘密情報の漏えい等のリスクはなくなりますので、秘密保持契約においても秘密情報の返還や破棄に関する条項を設けることが一般的です。
どのような場合に、返還や破棄を求めることができるかについては、①契約終了時、②開示者が要求した場合などと規定される場合が多いです。また、返還・破棄を確実なものにするため、受領者に対して返還・破棄に関する証明書の提出を義務付ける条項などを規定することも考えられます。
(7) 紛失、漏えい等があった場合の対応
秘密情報の漏えい等の事故があった場合やそのおそれがあることが発覚した場合の対応について、秘密保持契約で定めておくことにより、事故発生時の対応を迅速に行うことや漏えい等を防止することなどに資する場合があります。具体的には、受領者が秘密情報の漏えい等の事故が発生したことやそのおそれがあることを認識した場合の通知義務、事故対応について開示者の指示に従う義務及び事故対応に要する費用の負担についての内容などを定めておくことが考えられます。
(8) 損害賠償及び差止め等
ア 損害賠償請求
契約に違反した場合のサンクションとして損害賠償義務を定めたり、情報の目的外利用行為についての差止請求に関する規定を定めることも考えられます。
まず、損害賠償については、秘密保持契約以外の契約とも考え方は同じであり、情報を開示する側としては、広い範囲の損害を請求できるように規定し、受領者側としては、可能な限り損害の範囲を制限するということが考えられます。なお、他の契約では、損害賠償金額の上限を定めることなどがよくありますが、秘密保持契約においては、対価のやり取りが発生しないのが通常であるので、損害賠償の上限を画するための基準が存在せず、上限を定めにくいという事情があるため、損害賠償の上限を定めた契約を見ることは稀であると思われます。
また、損害賠償の範囲については、他の契約と同様に、現実に被った通常かつ直接の範囲に限り損害賠償請求を認めるという制限が入っていることが見られます。この点、直接損害や間接損害という用語自体は日本法の概念ではないため、それ自体が損害賠償の範囲を画するものではありませんが、秘密保持契約の違反によって開示者に生じる損害は、通常違反そのものによる損害というよりも違反によってノウハウ等の重要な情報が競合企業などへ流出したことによる競合優位性の喪失することによって生じる損害などの間接的な意味合いの損害が主たるものになるかとは思いますので、開示者としては、上記の文言は削除する方向で交渉するのが良いかと思います。
そして、弁護士費用についても損害として請求することがありますが、弁護士費用については契約違反に基づく損害として認められるかは必ずしも明らかとはいえないため、弁護士費用も損害として含めたい場合には、合理的な弁護士費用も含む、などと規定することが考えられます。
イ 差止請求
民法上、債務不履行に基づく差止請求が認められるとの有力な見解もあり、契約条項がなくとも、差止請求を行うことができるとの整理も可能であるものの、一応差止めに関する規定を設けておくのが肝要であると考えられます。具体的には、次のような条項が考えられます。
【条項例】
甲及び乙は、相手方が、本契約に違反し、又は違反するおそれがある場合には、その差し止め、又はその差し止めに係る仮の地位を定める仮処分を申し立てることができるものとする。
ウ 違約金
上記のとおり、損害賠償に関する条項を定めたとしても、契約違反に基づく損害賠償請求をする場合には、契約違反と損害発生との間の因果関係と損害の額を請求する側が立証する必要がありますが、実際上これらの内容を立証することは容易ではありません。そのため、これらの内容の立証に関する負担を軽減するために、損害賠償額の予定として違約金を定めておくことが考えられます。
そして、この損害賠償額の予定額を定めた場合には、損害賠償がその予定額に限定されない旨の合意であったことを立証しない限り、予定額を超えた部分の損害を請求することができないと解されているため、情報を開示する者としては、損害額が違約金の額を超えた場合には、超過額についても損害賠償請求できることを合わせて規定しておく必要があります。
もっとも、上記のとおり、損害額の立証が難しいことから、そもそも違約金の算定も難しいという実態がある上、あまりにも高額な違約金を設定した場合、暴利行為として民法90条違反をし、無効となるリスクがあるため、実務上は、違約金を設定しているケースは稀であると思われます。
(9) 有効期間及び存続条項
ア 有効期間
契約の有効期間中は、契約上の義務を負い続けることになるため、その期間については、設定した目的に必要な期間にするのが通常望ましいといえます。秘密保持契約の中には、自動更新の条項を入れているものをみかけますが、秘密保持契約が双務的な内容である場合には、受領した情報について継続して秘密保持義務等を負うことになってしまっているため、一定の期間を区切っておくということが本来望ましいといえます。
また、期間については、具体的な日付を入れるケースもあれば、目的の検討が完了した場合などと定める場合もあります。もっとも、後者の場合は、契約の終期が不明確であるというリスクはあります。
イ 存続条項
秘密保持契約が終了した時点で、秘密保持義務がなくなるとすると、仮に秘密情報の返却や破棄の規定によって受領者の支配下から物理的に秘密情報をなくすことができたとしても、受領者の頭の中に残留している情報まで消すことは不可能であるので、契約終了後も一定の間、秘密保持義務を課す必要性があります。他方で、情報は通常陳腐化するものですので、永久に秘密保持義務を負い続けるのは合理的ではないといえます。したがって、ある程度の期間を区切って秘密保持義務の効果を契約終了後も存続させる内容を規定しておくことが一般的です。なお、秘密保持義務に関する存続期間については、裁判例では、次のように判示したものがあり、存続期間を検討するうえで、参考になります。
【大阪地判平成20年8月28日 特許権侵害差止請求事件(平成18年(ワ)8248)裁判所HP ※下線部は筆者】
秘密保持に関する条項が本件開発委託契約終了後も5年間その効力を維持するとする趣旨は,本件開発委託契約が終了してもこれまでの開発業務の遂行に当たり蓄積された種々のノウハウ等の営業秘密に関して契約終了後も相互にその秘密を保持すべき義務を一定期間存続させ,もって上記営業秘密の保有者の利益を保護することにあると解される。もちろん,かかる秘密保持条項を契約終了とともに失効させたとしても,これらの営業秘密を目的外に使用・開示等をする行為は,多くの場合,不正競争防止法2条1項7号等の不正競争行為に該当すると解されるが,営業秘密性の立証が困難であり,また,繁雑である場合もあり得るから,本件開発委託契約の終了後も秘密保持条項の効力を維持することが,同契約の契約当事者(とりわけこの種の営業秘密を保有する立場にある原告)の利益に適うものと認められる。したがって,本件開発委託契約終了後も一定期間その効力を存続させることには合理性があると認められる(他面において,その営業秘密に係るノウハウ等が陳腐化し,一定期間経過後は有用性や非公知性が失われる場合が多いと考えられるから,あまりに長期間にわたり当事者に秘密保持義務を負わせるのも合理性に欠けるものというべきであって,その期間を5年間とした本件開発委託契約の秘密保持条項の存続規定はその点でも合理的であると解される。)。
6.その他の条項
上記の条項以外にも、知的財産に関する条項、監査に関する条項、開示情報の正確性等の保証・非保証に関する条項、開示義務の不存在に関する条項、反社会的勢力の排除に関する条項、解除に関する条項、紛争解決条項などを規定することが考えられます。
すべての条項を規定してもよいのですが、自社の立場や秘密保持契約に関するビジネスを早期に進めるニーズなどを十分踏まえて、必要となる条項を検討することが重要となります。どのような条項を秘密保持契約に規定しておけばよいか悩まれている方については弊所までお気軽にご相談いただければと思います。
7.締結後の運用・管理について
秘密保持契約を締結すれば安心というわけではなく、締結後は、契約の内容のとおり情報のやり取りをする必要があります。例えば、秘密情報の定義に、「相手方に秘密であることを明示して」という文言が含まれていた場合には、開示した情報について秘密であることが明示されていない場合には、契約上の秘密情報に該当しないことになりますので、「秘密」「Confidential」といった表示が開示する書面等にされているかについて開示前にはよくよく確認した上で開示する必要があります。また、受領者側においても、受領した秘密情報が、適切に管理できているか、受領者側で目的外に利用していないか、第三者に開示されたりしないかその他契約に違反する取扱いをしていないかについても適宜管理しておく必要があります。
さらに、情報のやり取りをしていると、契約の有効期間については忘れ去られがちですが、これについても社内で適切に管理できているかという点を確認しておく必要があります。近年では、契約書の有効期間を登録すると、期間の終了前になると、アラートを出すといったリーガルテックサービスもあるようですので、そういったサービスも活用しながら、自社の業務に則した形で、期間の管理を行い、有効期間満了後に秘密情報のやり取りがされないよう十分に注意をしておく必要があるかと思います。
8.まとめ
以上のとおり、秘密保持契約といっても検討すべき点は多岐に渡り、契約書レビューは締結後の運用管理については、注意を要する点がございます。GVA法律事務所では、秘密保持契約書を始めとする契約書のレビューやドラフト、営業秘密に関するご相談、契約書の管理についてアドバイス、法務体制の整備の支援など様々なご相談もいただけます。ご不明点やご相談などありましたら、お気軽にお問い合わせください。