
執筆:弁護士 藤田 貴敬( AI・データ(個人情報等)チーム )
本記事では、業務上横領の意義や具体的事例を紹介しながら、実際に自社で横領が発覚してしまった場合のとるべき初動対応や再発防止策のポイントをわかりやすく解説します。
1. 横領とは
(1) 横領の意義
まず、「横領」とは、他人が占有していない他人の物を自己の物であるかのように利用処分する犯罪をいい、刑法上、横領罪(252条)、業務上横領罪(253条)、遺失物等横領罪(254条)が規定されております。自己が占有する物に対する犯罪であるという特徴を有する点で、他人が占有している物を自己又は第三者に移転させるという特徴を有する犯罪である移転罪(窃盗罪、強盗罪、詐欺罪、恐喝罪)とは異なった特徴を有しております。
横領罪は、刑法上以下のように規定されており、自己の占有する他人の物を横領した場合に成立し、法定刑は5年以下の懲役とされております。例えば、友人から預かったお金を、友人に無断で自己の生活費として費消するようなケースが横領罪に該当し得ます。
(横領)
第252条
自己の占有する他人の物を横領した者は、五年以下の懲役に処する。
次に、業務上横領罪ですが、以下のように横領罪の要件に、「業務上」という要件が加えられており、その分法定刑が加重されております。
(業務上横領)
第253条
業務上自己の占有する他人の物を横領した者は、十年以下の懲役に処する。
上記の「業務」とは、委託を受けて他人の物を反復又は継続して占有・保管する事務を指すとされております。具体的には、質屋、倉庫業者、運送業者などが典型的な例ですが、職務上金銭を保管する業務を行う会社の役員、従業員や銀行員などが行う業務も業務上横領罪の業務に含まれると考えられております。業務上横領の具体的な例としては、会社の経理担当者が、会社のお金を適切に管理せず、自己の銀行口座に送金する場合などがあげられます。
このように、業務上横領罪の主体には、会社の役職員も含まれていることから、会社との関係では、業務上横領罪が特にポイントになります(なお、以降では主に業務上横領を念頭において解説していきます)。
最後に、遺失物等横領罪ですが、次のように1年以下の懲役又は10万円以下の罰金若しくは科料に処するとされており、横領罪よりも法定刑が軽くなっております。
(遺失物等横領)
第254条
遺失物、漂流物その他占有を離れた他人の物を横領した者は、一年以下の懲役又は十万円以下の罰金若しくは科料に処する。
横領罪と比べて法定刑が軽いのは、横領する客体が「遺失物、漂流物その他占有を離れた他人の物」とされており、他人の占有する物ではなく、他人の占有を侵害しないものである点で罪質が軽いと考えられているためです。
(2) 自社で業務上横領が起きた場合に生じるリスク
上記のとおり、会社との関係では、業務上横領が特にポイントになる旨記載いたしましたが、実際に自社で業務上横領が起きてしまった場合には、一般的に次のようなリスクが生じるものと考えられます。
ア 会社の財務への影響
まず、会社の財務へ影響を与える可能性があります。横領された金銭等については、本来会社の資産だったにもかかわらず、横領した本人が費消するなどした場合は、その分会社の資産が減少しているといえます。後に記載するように横領した本人から、損害賠償請求などにより回収できる場合には減少分を補填できる可能性もありますが、既に費消してしまっており、本人にも資産がないような場合には、回収不可能になるリスクがあります。このような場合には、会社においては財務的な圧力を生じさせ、運営コストの削減、事業活動の縮小、又は重要な事業戦略の変更を強いられる可能性があります。
イ レピュテーションリスクと外部対応業務の増加
自社で横領が発生したことが、ニュースなどで報道されてしまった場合には、会社のイメージダウンにつながりますし、また役職員の横領行為を防止することができないような、コンプライアンス体制が不十分な会社であるとの印象がついてしまい、取引先等からの信用を失ってしまうというリスクがあるかと思います。過去には、学校法人明浄学院の元理事長が土地売却の手付金21億円を着服した事案や日本マクドナルドの財務担当の社員が会社から持ち出した小切手を換金した上で約7億円を着服した事案などがあり、いずれも社会の耳目を集めた事案になります。また、ニュースで報道されると、マスコミ対応やリリース対応など外部対応が増加するため会社の業務負担が増加するという点もリスクとしてあげることができます。
ウ 他の従業員のモチベーション低下
横領された金銭等は会社の役職員が一丸となって築き上げたものであるにもかかわらず、横領された本人だけにより費消されることにより、役職員の間に一種の不公平感が生じてしまい、業務へのモチベーションが低下してしまうリスクがあります。このようなモチベーションの低下は会社の安定した事業活動の継続のためには避けるべきものであるということはいうまでもありません。
2. 初動対応など
次に、会社で業務上横領が発生しまった場合にどのような対応をとればよいかについて、対応の流れに沿ってポイントを解説いたします。
(1) 事実確認
まず、どのような経緯で発覚した場合でもあっても、事実関係を把握・整理しておくことが重要です。具体的には、発覚の端緒としては内部通報又は社員や取引先からの通報などが考えられますが、その情報源ごとに信憑性の確認を行いながら被害額や横領が行われた日時などの基本的な事実関係の整理を行うこと、横領が行われたとされる取引におけるお金の流れを帳簿や銀行口座の入出金履歴などから把握すること、その上で不透明・不適切なお金の流れがあったタイミングにおける役職員のスケジュールや行動などを把握することが極めて重要になります。加えて、関係者がいる場合には、関係者の属性や横領した者との関係性などの洗い出しなどを行い、発覚した横領事件についての全体像を把握することが肝要です。
この段階で特に重要なポイントは、横領事件に関する情報の管理です。事件の全体像を把握するために大量のリソースをかけてしまうと、横領関係者に調査を開始していることが知られてしまい、重要な証拠の隠滅や口裏合わせを誘発し、事案の解明が困難になります。そのため、少数でスピーディーに事実関係の把握に努めることが重要となります。
(2) 証拠の収集
横領事件では、上記のとおり、横領事件についての調査の開始を行ったことが、横領した者やその関係者などに知られてしまうと、重要な証拠の隠滅や口裏合わせを誘発し、事案の解明が困難になります。他方で、時間の経過によって横領した者やその関係者にも知られやすくなってしまうことも考慮すると、証拠の収集については速やかに行う必要があります。したがって、(1)で整理した事件の全体像を基に、それを裏付けるための証拠とその所在をリスト化した上で、速やかにかつ確実な証拠収集を行うことが肝要となります。
なお、横領を行う者は、自らが行った横領行為が把握されないようにしておくのが通常であると思われますので、重要なやり取りに関するメールは削除されたり、通常の方法では入手できない場合があり、収集した証拠からは不適切なお金の流れや不適切な取引が行われたことが分からない場合もあるかと思います。そのため、場合によっては、デジタル・フォレンジックなどの手法を用いて、操作ログを分析するなどして、不自然な取引や改ざんの痕跡を発見したり、削除されたやり取りに関するメールや文書を復元するなどして、横領事件を裏付ける証拠を収集する必要も出てきます。
また、事案の解明のために、横領を行った者やその関係者に対して直接ヒアリングを行う必要がある場合もあるかと思います。もっとも、このようなヒアリングを行う場合には、これらの者の自白を引き出せるよう決定的な証拠を固めた上で行うことが重要となります。このような証拠固めをせずにこれらの者へのヒアリングを行った場合には、逆にシラを切られたり、収集した証拠を前提とした別のストーリー(自身は無実である旨)の供述をし始めたりするなどして、事案の解明をより一層困難にしてしまうというリスクもあります。さらに、これらの者にヒアリングを実施するということは自身が疑われている可能性について本人達に認識させてしまうことから、上記のような証拠隠滅行為や口裏合わせ行為を誘発してしまうというリスクも生じ得ますので、注意が必要です。
(3) 専門家への相談
上記のとおり、事実関係の整理や証拠の収集は、確実かつ速やかに行う必要があります。また、(4)で記載するように横領をした者への法的な対応についても検討する必要もあることから、事実認定や事実認定を踏まえた法的対応について適切な助言を行うことができる弁護士へ早期の段階で相談するのが良い場合もございます。加えて、弁護士は企業から独立した客観的立場からの助言も行うことができますので、適切かつスピーディーな事実関係の整理及び今後の対応についての検討をスムーズに進めて行くために、弁護士へ協力を仰ぐことも一案かと思います。
また、被害額が多額になる場合には、財務諸表や会計監査人からの監査意見にも影響が生じ得るため、財務的なインパクトが大きいような事案の場合には、初動対応の段階から監査法人にも相談した上で、対応を進めて行くということも重要になってくるかと思います。
(4) 横領をした者への対応
ア 懲戒処分
横領した者が従業員である場合には、横領は通常、就業規則違反の行為にあたるため、懲戒処分の検討を行うことになります。また、横領した者が取締役等の役員である場合には、会社所定の機関による解任等の処分の検討を行うことになります。
どのような処分行うかについては、被害額の軽重、会社内外に与える影響、行為自体の悪質性など様々な事情を考慮して決定することになりますが、これらの事情に比して処分が重すぎる場合には、懲戒権の濫用(労働契約法15条)や正当な理由なき解任を理由とする損害賠償請求(会社法339条2項)を受ける可能性があります。もっとも、横領は犯罪行為でありますので、処分のベースとしては基本的には懲戒解雇又は解任になるものと考えられます。ただし、処分の検討を慎重に行うため、法務部門や上記(3)で記載した通り、弁護士等の専門家へ相談の上進めていくことが重要にはなってきます。
また、処分のタイミングですが、初動対応の段階で直ちに解雇や解任を行ってしまうと、ヒアリングを行いたい場合にヒアリングを行うことができず、事案の解明が困難になることが予想されます。そのため、上記(1)(2)の対応が十分に実施できるまでは処分を留保した上で、対応を進めていくことになるかと思います。
イ 損害賠償請求
横領された金銭等の分だけ会社に損害が生じているため、横領した者に対して、不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条)や不当利得返還請求(民法703条、704条)を行うことが考えられます。
もっとも、横領の事案では、横領した者が横領した金銭等を既に費消しているケースが多く、上記のような請求を行ったとしても実効性に乏しいことがままあります。上記(2)の証拠の収集において、横領した者が資産を有している情報がつかめた場合や別途専門家の力を借りて資産があることをつかめた場合などには、直ちに仮差押え等の民事保全等の手続きを進めるなど上記請求による被害の回復可能性を高める活動が重要になってきます。
ウ 刑事告訴
警察に被害届を出したり、告訴状を提出するなどして警察に捜査してもらうという方法も考えられます。警察の事案解明能力や証拠収集能力は、横領事案の解決には非常に有用ではありますので、こういった方法をとることも一案としてはあります。なお、事案によっては刑事告訴により横領した者が逮捕・起訴等されたことがニュース等で報道されるなどの事態になる可能性もありますので、このような可能性も意識しながら、刑事告訴を行うかどうかについては検討する必要があります。
他方で、被害金額が小さく、被害回復もされており、横領した者も反省するなどしている場合には、刑事告訴を行わないという選択もあり得ます。
なお、刑事告訴を行う場合には、公訴時効があることにも注意を要します。業務上横領の場合は、業務上横領行為が終了したときから7年間の公訴時効があります(刑法253条、刑事訴訟法250条2項4号、253条1項)。この期間を過ぎてしまった場合には、仮に検察官が起訴したとしても裁判官は免訴判決をすることにより、手続を打ち切ることになりますので、警察が取り扱ってくれないリスクや告訴の目的を達成できないリスクもありますので注意が必要です。
3. 社外リリースの検討
役職員個人が横領したケースにおいては、会社として組織的な犯罪を行っているわけではないので、社外に横領があった事実を公表しないという選択をとることも考えられます。他方で、会社として、不正・不祥事に対して厳正に対応するという企業の姿勢を示したり、会社の自浄作用が適切に機能していることを社外にアピールするなどの効果を期待して、会社として公表するという選択肢をとる場合も考えられます。
もっとも、横領が発覚したことについて社外に公表した場合、事案によっては、ニュース等で報道されるなどして、マスコミ対応や取引先対応を強いられてしまうことになり、そのような社外対応業務が増加することもあり得るため、諸般の事情を考慮した上で、社外公表をするかどうかを慎重に検討する必要があります。
4. 再発防止策の策定
(1) 不正のトライアングル理論
再発防止策を考える際には、組織内の不正が起こるメカニズムについて理解しておくことが重要です。この点、アメリカの犯罪学者ドナルド・R・クレッシー氏が提唱した不正のトライアングル理論が参考になります。この理論によれば、内部的な不正は、「機会」「動機」「正当化」という3つの要素が揃ったときに発生しやすいとされております。
「機会」がある場合とは、不正行為を行うための状況や環境が整っていることをいい、例えば、システム上操作ログが残らない仕組みになっている、社内決裁をとらずに出金可能である、機密情報へのアクセス制限をしていないなどの状況や環境があげられます。次に、「動機」がある場合とは、不正行為を行うための心理的な要因がある場合をいい、例えば、経済的に困窮している、借金がある、労働環境へのストレス、会社への不満などがある場合があげられます。最後に、「正当化」とは、自分の行為を正当化するための言い訳や理由があることをいい、例えば、「自分のことを適切に評価しない会社が悪い」と考えたりすることや「このくらいの不正であれば会社に影響がないだろう」と考えたりすることがあげられます。
上記3要素のうち、「動機」や「正当化」については、基本的に個人要因に起因する部分が多く、仕組みで解決することが困難な場合が多いです。そのため、不正防止のためには、基本的に「機会」の要素を発生させないということが極めて重要になります。以下、会社において横領が起こらないようにするためにどのようなことをすべきかについて、簡単にポイントを記載します。
(2) 横領の機会の排除
横領ができるような状況や環境を排除するという点がポイントになり、主に以下のような活動を実施することが考えられます。
ア 現金管理についての決裁プロセスの導入等ルールの整備
現金の管理(特に出金)について、誰からの承認も得ることなく、自己の裁量でできるような業務が属人化した環境は、横領行為を容易に行いうる環境であるといえます。したがって、現金管理については、上長の承認を必ず得なければならないという決裁プロセスにすることで、不正な出金については承認段階で発見することができるようになります。
このようなプロセスを整備しておくだけでも、横領のリスクを相当程度減らすことができます。
イ コンプライアンス教育
ルールを整備していたとしても、役職員に周知されなければ、横領行為を抑止することは難しいです。そのため、自社で整備しているルールの説明や他社における違反事例の紹介、自社における罰則等を説明することにより、横領行為を行うことの違法性や自社でそのような行為をしたとしてもすぐ発覚してしまい、厳しい処分を受けることになること等を十分に伝えることにより、コンプライアンス意識を醸成し、横領行為を抑止することが重要です
ウ 定期的な内部監査
アで定めたルールやその他会社が定めたルールに従った運用ができているかということや不透明なお金の流れはないかということなどについて定期的な監査を実施することも、横領の機会を排除するための有効な手段となり得ます。また、お金を取り扱う各システム上の操作ログや履歴などを保存する運用にしておき、定期的にこれらのログや履歴の確認を行うことも早期の発覚はもちろんのこと横領を行うこと自体の抑止につながるので、効果的であるといえます。
(3) 横領の動機・正当化の減少
上記のとおり、動機や正当化は個人要因のものが多く、仕組みで排除することが難しい場合が多いものであると考えられます。しかしながら、例えば、報酬インセンティブ設計や福利厚生の充実化などにより従業員のモチベーションを向上させること又は定期的な1on1や職場コミュニケーションを活性化させ、風通しの良い職場環境にすることにより、役職員が横領行為を行う動機を減少させることは可能であると思われます。
また正当化については、上記のコンプライアンス教育を徹底することにより、不正行為を行っても基本的に損しかないといった意識を役職員の中で醸成させることにより、正当化の減少を図ることができるかと思われます。
もっとも、上記のとおり、動機と正当化は個人要因の部分が大きいので、まずは機会の排除を行うことが肝要であると考えられます。
5. まとめ
以上のとおり、まずは横領行為が行われないような組織体制の整備を行うことが重要ですが、万が一横領行為が発覚した場合には、何よりも初動対応が重要になってきます。GVA法律事務所では、横領行為やハラスメントなどの調査を始めとする不正調査や不正を防止するための組織づくり、規程整備、コンプライアンス教育、監査対応など様々なご相談もいただけます。ご不明点やご相談などありましたら、お気軽にお問い合わせください。
以上