
1.はじめに
近年、スタートアップが最初に資金調達をする場面において、J-kissという手法が広く使われるようになりました。
そこで、本記事では、J-kissによる資金調達について、法律的な側面から解説していきます。
2.J-kissの特徴
⑴ J-kissの法律上の建付け
J-kissは、株式ではなく、新株予約権の一種になります。
スタートアップのシード期においては、一定の要件の下で優先株式に変更することができる「みなし優先株式」や、一旦借入金の形で調達をし、それを一定の要件を充足したタイミングで株式に転換する「コンバーチブルボンド」や「コンバーチブルノート」が多く使われていましたが、そこに新たな資金調達手段として組成されたのが、J-kissと言われる資金調達手法です。
前記のコンバーチブルボンドは、「新株予約権付社債」という仕組みを利用した資金調達手法になりますが、この手法による場合、性質は社債=負債ですので、実質的には将来的な株式への転換を見込んだ資金調達でありながら、貸借対照表上は負債の部に計上されてしまうことになる点で、発行会社側に不都合があると言われていました。
J-kissでは、「新株予約権」という形式がとられており、コンバーチブルボンドの負債性というデメリットの解消する手段として設計されています。
新株予約権とは、将来に株式を取得することができる権利をいいます。新株予約権者が、新株予約権の内容として定められたところにしたがって、この予約権を行使することによって初めて株式となる、というのが、新株予約権の仕組みです。
投資家は、新株予約権を得る対価として、発行価額に相当する金額を発行会社に払い込むことになります。この払い込まれた金額は、コンバーチブルボンドと異なり、貸借対照表上の純資産の部に計上されることになりますので、コンバーチブルボンドにおいて不都合とされていた部分が解消されることになります。
⑵ 定型性
J-kissについては、ひな形が公開されておりますが、このひな形にしたがって投資家と契約をすることにより、迅速な資金調達が可能となる、という思想で設計されています。
簡易迅速に資金調達をすることが可能ではありますが、他方で、J-kissの内容自体、複雑な部分もありますので、利用する際は、内容についてきちんと理解をしたうえで利用する必要があるかと思います。
3.J-kissの主な内容
J-kissは新株予約権であるところ、新株予約権を発行するにあたっては、行使価額や行使条件など、様々な事項を、その内容として定めることができます。
J-kissの場合、この新株予約権の内容は、投資契約の別紙1「発行要項」に定められていますので、この内容を理解することが重要です。
J-kissの発行要項では様々なことが定められていますが、大きく分けると、
・投資家が、保有するJ-kissを行使したら何株取得するのか?
・行使の際に投資家が払うべきお金はいくらか?
・行使の条件はなにか?
・合併や株式譲渡によるM&Aが発生した場合にはどうなるのか?
といったあたりが特に重要になりますので、以下では、これらについて概要を紹介したいと思います。
⑴ J-kiss行使により取得する株式数
J-kissの行使時に交付される株式数は、新株予約権の発行価額の総額÷「転換価額」とされています(1株未満切り捨て)。
ここでいう、「転換価額」については、以下の2つの算定方法のうちの、どちらか低い金額とされています。
① 総額が一定金額以上の資金調達が発生した場合、その資金調達における1株当たりの価額の80%相当額
② バリュエーションキャップとして設定された金額を、株式数(ストックオプションなどの新株予約権を含む)で除した金額
このうち②については、企業価値をバリュエーションキャップとして定めた金額と仮定した場合における、一株当たりの株価、と考えられます。
ここで、バリュエーションキャップについては、使用されるJ-kissのひな形によって、プレバリューかポストバリューかの違いがありますので、その点についても併せて確認が必要です。
また、新株予約権の割当日から18か月後の応当日(転換期限)以後については、上記のうち、②の金額が、「転換価額」となるとされています。
「転換期限」という語感から、転換期限後は転換ができなくなるような印象を受けるかもしれませんが、同日以降は転換ができなくなるものではありませんので、その点は注意が必要です。
⑵ 行使の際に投資家が払うべき金銭
投資家が保有するJ-kissを行使する場合に払い込むべき金額、すなわち行使価額は、J-kiss1つあたり1円とされています。
投資家は、J-kissを取得する時点、すなわち投資契約書を締結し、割当日として定められた時点において、J-kiss取得のための払込価額として一定の投資額を払い込み、行使の際に、J-kiss1個当たり1円を払い込むことによって、保有しているJ-kissを株式に変えることになります。
行使によって、J-kissが株式に変わることになりますので、行使の時点で、払込金額と行使価額を合わせた金額が、資本金・資本準備金の増加額として計上されることになります。
⑶ J-kiss行使の条件
J-kissの行使条件については、J-kissの割当日以降に発行会社が、総調達額が一定額以上の資金調達(発行要項の中では「次回資金調達」と表現されています。)を行うことが条件とされています。
ただ、この条件では、発行会社において次回資金調達が発生しない場合にはいつまでもJ-kissが行使できないことになってしまうため、上記の転換期限内に次回資金調達が発生しない場合においても、J-kissの発行価額の総額の過半数の保有者が承認した場合には、行使が可能とされています。
また、上記の転換期限の前に、M&Aが発生したような場合にも行使が可能とされています。
行使時期については、割当日の翌日以降、いつでも行使可能とされているため、同日以降、行使条件を満たすことになればいつでも、行使が可能ということになります。
以上のとおり、次回資金調達が発生した場合はJ-kissの行使が可能な状況になりますので、発行会社としては、次のエクイティファイナンスを実行する際に、J-kissの行使の有無について、保有者である投資家の意向を確認する必要がある点は注意が必要です。
⑷ 合併や株式譲渡によるM&Aが発生した場合のJ-kissの処理
J-kissが新株予約権のままの状態のときに発行会社にM&Aが発生した場合、保有者が取りうる対応としては以下の2つのオプションがあります。
① J-kissを行使して株式に転換する。
② J-kissを行使せずに、それを発行会社に買い取ってもらう。
以下、それぞれについて、概要を説明いたします。
① J-kissを行使して株式に転換する。
前記のとおり、行使条件として、M&A(発行要項上は「支配権移転取引等」と表現されています。)が発生した場合には、行使可能とされておりますので、J-kissを保有する投資家は、M&Aのタイミングで、権利行使をし、株式に変えることができます。
この場合の転換価額は、バリュエーションキャップを株式数で除した価額となりますので、この価額でJ-kiss取得時の払込額を割った数の株式を取得することになります。
② J-kissを行使せず、発行会社に買い取ってもらう。
この場合、発行会社の買取価格は、J-kissの発行価額の2倍に相当する金額とされています。
発行会社に買取のためのキャッシュがある場合にはこの手法もありうるところだと思います。この場合、M&Aの対価の額にも影響が生じると考えられますので、M&Aを実施する際には、発行しているJ-kissについてどのように対応するのか、保有者との調整が必要になります。
4.J-kissを利用するメリットとデメリット(注意点)
J-kissを利用するメリットとして考えられるのは、迅速に資金調達を受けられるという点が一つ考えられます。
株式で調達をする場合には、投資条件について個々に調整をおこない、また、株主間契約において株主間の利害調整を行う必要がありますが、J-kissによる資金調達の場合には、その内容について投資家側と発行会社側で認識が揃っていれば、最小限の項目の調整のみで資金調達を受けられるという点が、一つのメリットになります。
また、新株予約権の形態を取っているので、行使されるまでの間は株主が増えることはないため、株式で調達する場合に比べて、株主総会等の負担が軽減されるといえます。
加えて、J-kissによる投資がエンジェル税制の対象となったことから、投資家側にとってもメリットのある投資手法になりました。
注意点としては、株式ではなく新株予約権である点で、株式での調達の場合と比べて会計処理が変わってくることになりますので、この点は、税理士等に確認をしながら進める必要があるかと思います。
また、前記のとおり、内容が複雑な面がありますので、J-kissのひな形を修正しようとする場合には、修正内容によっては内容の整合性が取れなくなることも考えられます。そのため、修正を検討する際は弁護士に相談いただき、弁護士と二人三脚で進めることをお勧めいたします。
5.J-kissの主な活用場面
J-kissの主な活用場面としては、創業後、シリーズAまでのブリッジファイナンスとして利用するケースが考えられます。
ただ、発行要項の内容から考えますと、創業時に限られず、シリーズ間のブリッジファイナンスとして利用することも想定されるのではないかと考えます。
6.おわりに
本記事では、J-kissの内容について、その概要をご紹介いたしました。
弊所でもJ-kissによる資金調達のサポートや登記対応等も行っておりますので、お気軽にお問い合わせください。