
執筆:弁護士 森田 芳玄(AI・データ(個人情報等)チーム)
1.はじめに
SNSが生活の一部となった昨今では、企業・個人を問わずインターネットトラブルに巻き込まれる可能性が飛躍的に高まっています。本連載では、そのような場合にどのような対策を取ることができるのか、できる限りわかりやすく解説することを目的としています。
第1回目の今回は、インターネットトラブルに遭った場合の対策について概観いたします。なお、各手続の詳細については機会を改めて解説することを予定しています。
2.インターネットトラブルに遭った場合にしたいこと
インターネットトラブルには、おおむね次のような種類に分けられるかと思います。
・インターネット上で誹謗中傷を受けた
・インターネット上でプライバシーや肖像権を侵害された
・インターネット上で業務妨害を受けた
いずれの場合にも、被害を受けた側として行いたいことはおおむね次の2つに分けられると思います。
すなわち、上記のような被害を受けているインターネット上の書き込みを削除してほしいという要望と、受けた損害を賠償してほしいという要望です。
以下では、それぞれの場合に、どのような手続を進めていくべきか解説します。
3.書き込みを削除してほしい場合
それでは、問題となっている書き込みを削除してほしい場合には、何をすればよいのでしょうか。
(1)任意の削除請求
まず、最初に考えられるのは、任意の削除を求めるものです。任意の削除というのは、問題となっている書き込みがされているサイトの管理者が、請求者の求めに応じて自分の判断で(すなわち任意に)削除するというものです。
これは、サイトの管理者のメールアドレスがわかっている場合にはメールで行ったり、問い合わせフォームや削除依頼専用のフォームがある場合にはそこから申請をしたりして行うものです。
法的な手続ではないため、サイトごとに削除申請のための様式や記載事項が定められたりする場合もありますし、反対に何もない場合もあります。基本的には記載事項等が定められている場合には、それに則って申請を行いますが、そのような定めがない場合でも、削除してほしい書き込みの特定と削除してほしい理由を明記することが重要になります。
このような任意の削除請求は、もっとも簡便な方法ではありますが、当然のことながら削除するかしないかは管理者の裁量にゆだねられていますので、削除が認められれば手っ取り早いのですが、管理者に削除する義務があるわけではありません。したがって、どれだけ削除すべき根拠を挙げても削除に応じてもらえない可能性もあります。
(2)法的手続による削除請求
任意の削除請求は、ほとんど費用もかからない簡便な方法なのですが、これに応じてもらえなかった場合には、つぎに法的手続を検討することになります。
法的手続としては、削除を求める仮処分手続と削除を求める訴訟があります。
仮処分とはその名のとおり、仮の処分を求める手続であり、その後に本案訴訟(いわゆる通常の訴訟)が予定され、そこで請求が認められることによって確定的になるものです。ただし、そうではあるのですが、一般的には仮処分で削除が認められれば、サイトから問題となっている投稿が削除されることになるため、本案訴訟に至らずに目的が達成されることが多いようです。また、仮処分手続は、仮の処分であるかわりに決定が出されるまでの期間が訴訟よりも短いという利点もあります。
したがって、削除請求における法的手続としては、仮処分手続を行うのが主流となっているといえるかと思います。
4.損害賠償を請求したい場合
他方で、実際に生じてしまった損害を賠償してほしいという場合はどうすればよいのでしょうか。ちなみに慰謝料請求というものも、精神的な苦痛を慰藉するための損害賠償請求ということですので、損害賠償請求の中には慰謝料請求も含まれます。
この場合、そのようなインターネット上の書き込みを行った人物がすでに特定できている場合には、その人物を相手取って訴訟を提起すればよいということになりますが、誰が書き込みを行ったか特定できない場合は問題となります。
というのも、裁判所は、被告となる相手方を特定しないままの訴訟というものは原則として受け付けないので(そもそも住所がわからなければ訴状を被告に送達できません。)、誰が書き込んだのかについて特定する必要が出てくるためです。
このため、まずは発信者情報開示請求を行わなければならないことになります。これは「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」(一般的に「プロバイダ責任制限法」と呼ばれています。)に規定されているものであり、インターネット上に書き込んだ人物の住所や氏名などの情報(すなわち発信者情報)を、書き込みされたサイトの管理者やプロバイダに対して開示を求める請求になります。
しかしながらここで更なる問題があり、匿名掲示板などでは、管理者の方でも書き込んだ人物の住所・氏名などは把握していないのが通常です。しかしながら、書き込まれた方としては、匿名掲示板に書き込まれたという情報しかありません。そこで、まず匿名掲示板などの管理者に対して当該書き込みに係るIPアドレス(簡単にいうとネットワークにつながっている機器に割り当てられた住所のような役割を果たす識別番号)の開示請求をしなければなりません。そうやって開示されたIPアドレスから、当該書き込みを行った人物が使用しているプロバイダを特定することができるようになりますので、今度はそのプロバイダに対して書き込んだ人物の住所や氏名などの情報の開示を求めることになるわけです。
すなわち、本来の損害賠償請求をするための前の段階で、サイト管理者とプロバイダの2回に分けて開示請求をする必要があることになります。しかも、これらも通常は仮処分や訴訟のような法的手続を行うのが一般的であり、請求すれば必ず開示されるようなものではなく、開示の前提として、書き込まれた情報によって権利侵害が発生しているか否かが判断されることになります。
このように、損害賠償請求については、その書き込んだ本人に対する請求をする前の段階で、本人を特定するための手続も必要であるという点は留意が必要です。