【弁護士解説】連載:システム開発紛争の基本問題(4) プロジェクトマネジメント義務

執筆:弁護士 森田 芳玄AI・データ(個人情報等)チーム

連載:システム開発紛争の基本問題(1) 請負契約と準委任契約の区別の判断要素について(前編)はこちらから
連載:システム開発紛争の基本問題(2) 請負契約と準委任契約の区別の判断基準について(後編)はこちらから
連載:システム開発紛争の基本問題(3) 仕様の重要性についてはこちらから

1.はじめに

 システム開発業務を委託/受託するに際してトラブルに巻き込まれてしまうことは意外にあるものです。そのようなときに後悔しないように、本連載では事前に対処するべき事項や、実際にトラブルになってしまった際の対処法などをできる限り易しく解説していくことを目的としています。

 第4回目は、プロジェクトマネジメント義務について検討してみたいと思います。

2.契約の原則とプロジェクトマネジメント義務

 当事者間の取決めについては、基本的には口頭でも効力を有しますが(例外的に書面で締結しなければならないと法律で定められているものもありますが、システム開発に関する請負契約や準委任契約では口頭での約束も有効とされています。)、言った言わないの水掛け論にならないように契約書を取り交わすのが通例であると思われます。

 そして、契約書の条項に記載された内容については、基本的には公序良俗に反しない限りは有効なものとして当事者間を拘束することになります。それゆえ、契約書の内容を事前に確認することが重要となります。

 一方で、契約書に記載のない事項についてはどのように処理されるのかといいますと、民法などの法律に規定のある内容については、法律に基づき解決されることになります。たとえば、契約不適合責任の条項について契約書に記載がなくても、民法の該当する条項が適用されて解決されることになります。

 また、契約書にも民法などの法律にも明文の規定がないにもかかわらず、当事者間の義務として裁判実務上認められている義務もあります。今回説明するプロジェクトマネジメント義務もその一つということになります。

 プロジェクトマネジメント義務というものは法律に定義があるわけではないのですが、受託者(ベンダー)側が適切にプロジェクトの進捗管理をしたり、委託者(ユーザー)に必要な協力を促したりする義務ということがいえるかと思います(注1)。

3.システム開発契約の特殊性

 通常の請負契約の場合、契約締結時に作業してもらう内容を確定させれば、あとは受託者側の裁量で作業を進め、指定された期日までに完成させればよい、ということになるかと思います。たとえば、工事の請負契約であれば、最初に設計図や使用する素材などを確定させれば、基本的には委託者の方は業務の進め方にはいちいち注文を付けずに完成を待ち、完成後の成果物が設計図通りに完成しているかを確認すればよい、ということになるのが原則かと思います。

 しかしながら、システム開発の場合には、そのように進行することは極めてまれなのではないかと思われます。そもそも要件定義の工程については、委託者の方で主体的に関与しなければならないですし、受託者はシステム開発の専門家ではあっても、委託者が依頼しようとするシステムに関連する業界知識には乏しく、委託者からの適時・適切な協力がなければ、委託者の要望通りのシステムを完成させることは不可能に等しいからです。

 それゆえ、システム開発契約では、法律上の明文規定がないものの、当事者間のいわば信義則上の義務として導かれるものとして受託者側のプロジェクトマネジメント義務というものが裁判実務上も認められるに至っています。

 

4.委託者側の義務

 それでは、そのように受託者側にプロジェクトマネジメント義務が一方的に認められ、委託者の方はいったん受託者に依頼さえしてしまえばあとは何もしなくてよいのかというと、そういうことではありません。

 上述のように、システム自体が対象とする業界知識については受託者の方は持ち合わせていないため、委託者が積極的に情報提供などの協力をしなければシステムの完成は覚束ないものとなってしまいます。また、新規のシステム開発が委託者内の業務効率化などと結びついて行われることはよくあることですが、その際に社内での意思統一が行われないまま開発がスタートしてしまい、受託者からの問い合わせに十分に回答できないなどというケースもありがちです。

 したがって、委託者側には、要件定義の工程に主体的に関与するだけではなく、受託者に不足する業界知識などの情報提供や、必要な資料の提供、受託者からの確認事項に対する適切な回答などの協力義務があるとされています。

 そして、そのような義務を十分に果たしていないにもかかわらず、たとえば合意した納期限に完成しなかったなどという理由で、一方的に受託者側の責任だけを追及することはできないということになります。

 

5.プロジェクトマネジメント義務違反の効果

 それでは、プロジェクトマネジメント義務に違反した場合には、法的にどのような効果があるのでしょうか。基本的には、受託者のプロジェクトマネジメント義務についても、委託者の協力義務についても、システム開発案件が予定通りに進行せずに遅延している場面や完全にプロジェクトがとん挫してしまったような場面で問題となり得ることが多いのではないかと思います。

そして、これらの義務は契約書の条項には記載されていないことが通常であると思いますが、それでも一つの「義務」であるということには変わりませんので、違反した場合には債務不履行ということで、プロジェクトマネジメント義務違反であれば、委託者側が解除をしたり、受託者に対して損害賠償請求をしたりすることができるようになる、ということになります。

 他方で、委託者側にも協力義務が認められることになりますので、委託者が協力義務に違反した場合には、やはり同様に債務不履行責任を負うことになるということになります。

 ただし、実際の開発の現場では、様々な場面や開発工程において受託者のプロジェクトマネジメント義務と委託者の協力義務が複雑に絡み合い、一概にどちらか一方だけが一方的に違反している、ということは少ないのではないかと思います。よくある責任の押し付け合いというような局面になってしまうのですが、このような場合にはたとえば一方が他方に対して損害賠償請求をしたとしても、双方のそれぞれの義務違反の内容や程度などを考慮して過失相殺ということで認められる損害額が調整されるというような解決がなされることが多いと思われます。

 

6.まとめ

 以上のとおり、本稿ではプロジェクトマネジメント義務について解説しました。法律上の明文規定はないものの、受託者にはシステム開発が円滑に進行するように進捗管理をしたり、委託者の協力を促したりする義務が信義則上認められ、それを怠って漫然と開発を進めた結果としてプロジェクトがとん挫したような場合には、契約書に記載がない場合でも義務違反ということで債務不履行責任が認められることになります。他方で、委託者側においても、いったん契約を締結して受託者に開発を任せてしまえば、あとはシステムが完成するまでただ待っていればよい、というものでは決してなく、適切な時期に適切な内容の協力をしなければ、やはり開発がとん挫した場合の責任を負うことになります。つまり契約上の明文の規定に違反さえしていなければよい、ということにはならないということは念頭に置いておかなければならないことになります。


(※注1)過去の裁判例では、被告である受託者は、「注文者である原告のシステム開発へのかかわりについても、適切に管理し、システム開発について専門的知識を有しない原告によって開発作業を阻害する行為がされることのないよう原告に働きかける義務」を負っている、などと言及されている例もあります(東京地判平成16年3月10日判タ1211号129頁。引用に当たり一部固有名詞を執筆者において削除しています。)。

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