
(※2022年12月2日に記事内容をアップデートいたしました。)
■はじめに
会社の法務・総務に携わった経験のある方であれば、「登記懈怠(とうきけたい)」という用語を聞いたことのある方もいらっしゃると思います。
用語の意味としては、登記を申請する必要があるのにこれを怠っている状態をいいます。
株式会社をはじめとする法人については、円滑で迅速な取引のために、法人の名称や所在場所、代表者などを公示する登記制度が定められていますが、その登記制度の信用維持の観点から、登記をすべき事由に変更が生じた場合には、一定期間内にその登記を申請すべき義務が課されています。
原則として、変更が生じたときから2週間以内に登記申請を行う必要があります。
(登記申請期限について、一部例外もありますが、ここでは説明を割愛します。)
このように登記が義務付けられているため、登記義務に違反した場合には、「過料(かりょう)」というペナルティを課すことで、会社に登記を促しています。その結果、常に正しい内容が公示されるようにすることで、登記制度が維持されているのです。
今回は、「過料」とはそもそも何なのか、いくら払うことになるのか、誰が支払うのかなどについて見ていきたいと思います。
■過料とは?
そもそも、「過料」という言葉を聞き慣れない方もいらっしゃることと思います。
過料とは、行政上の秩序の維持のために一定の義務違反に対して課される金銭的制裁で、行政罰であり刑法や刑事訴訟法で定められる刑罰には該当しません。刑罰である「科料」とも別のものであるため、「過料」によって、いわゆる前科がつくというようなこともありません。
また、過料を支払わなかったとしても労役場に留置されるといったこともありませんが、違反者の財産に対して強制執行を受けるおそれはあります。
■登記懈怠から過料通知までの流れ
登記懈怠から過料が決定され、その通知がされるまでの流れは次のとおりです。
1.登記申請期限を超過した登記申請
登記懈怠は、登記を申請する必要があるのにこれを怠っている状態をいいますので、通常は登記申請をしてはじめて登記懈怠の事実を登記官(登記に関する事務を処理する権限を持っている法務局に勤務する法務事務官のことをいいます。)に知られることになります。
上記のように、登記申請がトリガーとなって登記懈怠の事実を登記官に知られるとなると、期限を超過してしまったら登記申請をしない方が良いと思われる方もいらっしゃるかもしれません。
しかしながら、登記懈怠の状態が長くなればなるほど、過料の金額も多くなる傾向もあります。期限の超過に気付いたら、可能な限り早く、登記申請することをおすすめします。
2.登記官から裁判所への通知
次に、登記官は、職務上過料に処せられるべき者があることを知ったときは、裁判所に通知しなければならないとされています。
登記の審査の際に、登記懈怠の事実を知った登記官は、登記事項証明書を添えて裁判所に知らせることになります。
3.過料の決定・通知
登記官から通知を受けた裁判所は、この登記懈怠について過料を課すか否か、過料の金額を決定します。
過料の決定がされると、裁判所から会社の代表者宛に「過料決定」という文書が送付されます。
■過料の支払義務は誰にあるのか?過料の金額は?
登記懈怠があった場合に過料の対象となるのは、会社ではなく、会社の代表者であるとされています。
代表者が複数存在する場合には、各代表者が登記懈怠の責任を負います。
また、既に代表者を退任している場合であっても、在任時の登記懈怠については過料が課せられる場合があります。
なお、代表権を有しない取締役については、登記申請の権限を有していないため、過料の対象にならないとされています。
裁判所から代表者宛てに「過料決定」という表題の文書が送られて来ますが、文書の冒頭部分には「会社法違反事件」と記載されているため、はじめてご覧になる方は驚くかもしれません。
ところで、気になる過料の金額ですが、
会社法の条文上は、「100万円以下」と定められていますが、これは上限の金額であり、実際に100万円もの過料に処されることは稀であると思われます。
過料の金額については、裁判所が決定しますが、明確な基準は明らかにされていません。
登記申請期限を超過した日数が長ければ長いほど、過料の金額も高くなる傾向があります。
具体的には、役員変更登記を2年程懈怠したケースでは、3万円の過料が決定されているものがあります。
■過料通知が来た場合の対応
過料通知があった場合、会社(代表者)としてはどのような対応になるのでしょうか。
まず、過料決定に不服があれば、通知を受け取った日から1週間以内であれば、異議申立てを行うことができます。異議申立てには、異議申立書とその理由を記載した陳述書、これを裏付ける証拠書類を提出します。
ただし、実際には、特別な理由がない限り、異議の申立てが認められることは少なく、「登記の手続を知らなかった」「忘れていた」「忙しかった」などの理由では特別な理由と認められません。
過料の徴収については、検察庁が行います。通常は通知から2か月程度したら、検察庁から通知がありますので、その案内にしたがって過料の支払いを行います。
また、今後同じようなペナルティを受けることがないように、ほかにも懈怠している登記がないかを確認し、社内での管理体制を見直し、再発防止策を講じておくことも重要です。
■選任懈怠について
登記懈怠と似たものとして、「選任懈怠」というものがあります。
「選任懈怠」は、役員の辞任や死亡、任期切れにより、役員の最低人数を下回ったにもかかわらず、後任者の選任や再選を行っていない状態を指し、登記懈怠と同じく過料の対象になります。
選任懈怠を解消するためには、株主総会を開催して役員を選任した上で登記を申請する必要があります。
任期が切れた役員を再び役員として再選することはもちろん可能ですが、その場合にも役員の選任・登記手続きは必要になります。
役員の任期は通常、会社設立時に作成した定款に規定しています。その任期は最長10年とする場合もありますので、弁護士や司法書士といった専門家と普段からコミュニケーションが取れているような会社以外では、知らぬ間に役員の任期が切れてしまい、その事実を見落としている場合が多く見受けられます。
また、役員が亡くなって相続が発生した場合、個人の相続の手続きを行ったものの、役員の死亡の登記や後任者の選任を失念していたというケースもよく見られます。
■過料以外にペナルティが発生することはないの?
登記懈怠や選任懈怠の場合、過料だけ支払っていれば問題がないかと言えば、そうとも限りません。
スタートアップ企業などが投資家から出資を受ける際には、一般的には投資契約書を締結しますが、これらの契約条項の中で、契約時点の登記記録の内容に相違がないことを表明・保証する条項が設けられることが通常です。
このようなケースにおいて、もし登記懈怠が存在する場合、契約時点の登記記録の内容に齟齬が存在することになり、表明・保証条項に抵触し、資金調達に影響する可能性があります。
また、一定期間登記がされていない会社・法人については、休眠会社のみなし解散の制度により、登記官の職権で解散登記がされることがあります。
この解散登記の前提として官報公告や法務局の通知がなされますが、所定の期間内に届出や登記を行わない限り、知らない間に会社が解散しているということも起こり得るため、注意が必要です。
登記懈怠・選任懈怠が長期に及ぶ場合には、上記のような問題に発展するほか、会社としての信用性にもかかわりますので、すみやかに対応を進めることをおすすめします。
■終わりに
登記懈怠や選任懈怠は法令違反にほかならないため、資金調達やM&A、上場審査や監査の点においても少なからず影響があります。
また、M&Aや上場審査とは無縁の会社であっても、企業としての信用性・コンプライアンスの観点からは回避すべき問題です。
登記が必要な場面としては、商号変更・本店移転・事業目的の変更・役員変更・代表者等の住所変更・増資・減資・新株予約権の発行など、様々なものがありますが、法務・総務が整備されていないスタートアップ企業や中小企業では、対応が追いついていない場合が少なくありません。
まずは、会社としては、役員の任期を管理することに加えて、登記が必要な場合をきちんと把握しておくようにしましょう。
自社だけで対応が難しい、本業に専念したいなど、リソースが限られている会社の場合には、専門家のサポートを受けながら整備を進めるのが良いでしょう。
GVA法律事務所では、コーポレートや商業登記についても相談いただけますので、ご不明点やご相談などありましたら、お気軽にお問い合わせください。
2021年6月2日 公開
2022年12月2日 更新