【弁護士解説】「特許を受ける権利」に関する解説と企業が備える対策について

執筆:弁護士 中田 佳祐メタバース / エンターテインメントチーム

 知的財産権の中でも、特許権は発明に関する権利として非常に重要な権利となります。そして、発明には多大な費用・設備が必要であることが多く、独力で発明に至ることは難しいため、複数人が発明に関与していることがほとんどで、発明の「特許を受ける権利」が誰に帰属しているか一見してわかりにくいものとなっております。

 しかし、研究開発型のスタートアップ企業等、先進的な発明がサービスの根幹部分に関与する場合、発明の特許権が誰に帰属しているか事前に把握しておかなければ、後々権利関係でトラブルになり、最悪の場合事業やサービスの停止に至る場合もあります。

 そこで、本記事では、「特許を受ける権利」の帰属がどのように決定するか基本的な部分について解説させていただきます。

1. 発明者の認定

●発明者主義

 わが国では、原則的に、発明者が「特許を受ける権利」を有する者となります(特許法29条1項(以下、法令名は略します。))。また、特許を受ける権利は、移転することができます(33条1項)。このように、特許を取得しうる者は発明者及びその承継人に限られる、とする考え方を発明者主義(※1)といいます。
 発明者及びその承継人以外の者が特許を出願した場合は、出願が拒絶され(49条7号)、仮に登録がなされたとしても、特許無効審判における無効理由となります(123条1項6号)。(※2)

●発明者とは

 そして、発明者とは、発明における技術的思想(解決すべき課題とその解決手段)の創作をした主体、すなわち①当該発明の技術的思想の特徴的部分に対し②創作的貢献(※3)が認められる者をいいます(※4)。これに対し、管理者として一般的な助言・指導を与えたにすぎない者(※5)はこれに該当しません。
 企業においては、原則的に発明を開発した研究者、技術者等(以下まとめて「従業者」といいます。)が発明者となります。

発明者=「技術的思想の創作」をした主体
①当該発明の技術的思想の特徴的部分に関し
②創作的貢献

分業をした場合

 もっとも、ある発明をするにおいて、従業者が独力で発明をなすことは稀で、複数の従業者が分業している場合が多いのが現状です。
 複数の者がチームになり、水平的に分業する体制がある場合、①技術的思想の特徴的部分に対し、②創作的貢献をした者が発明者となるため、そのような者が複数認められる場合には、その全員が発明者となり、特許を受ける権利を共有することになります(※6)(38条)。
 また、ある発明につき、途中まで関与した者が残部を他社に委託するような垂直的分業が認められる場合、発明の技術的思想の特徴的部分の創作的関与につき直接的にかかわった者が発明者となります。
 例えば、発明における技術的思想の特徴的な部分が新しい有用な物質(医薬成分)の創製にある場合に、当該発明に関与したXが共同発明者になるか争われた事案において、Xは物質の合成そのものを担当していたわけでなく、合成の方向性を示唆するまでの分析、考察等を示す事実もなく、Xが行った測定方法の工夫は公知の方法の基本的枠組を変更するものではないなどとして、Xの発明者としての貢献は認められず、Xの共同発明者性を否定した裁判例があります(※7)。

2. 特許を受ける権利

 特許権は登録により発生するものです(66条1項)。もっとも特許法は、登録される前の状態においてもある種の権利が観念できるものとしており、この権利のことを「特許を受ける権利」(33条)といいます(※8)。

 「特許を受ける権利」は後述する職務発明のような例外的な場合を除き、発明の完成と同時に発明者に帰属します。「特許を受ける権利」は、発明の実施を独占させるような権利ではありませんが、権利者が将来取得すべき特許権について、他社にライセンスすることを可能にする権利です(仮専用実施権(34条の2)、仮通常実施権(34条の3))。また、当然ではありますが、権利者が特許を出願することができることとなります。

 「特許を受ける権利」は第三者に譲渡することが可能であることが明文で定められております(33条1項)。そのため、発明者は状況によっては、自己が特許を有するよりも、より資力のある企業等に譲渡したほうが発明を有益に使用することが可能であると判断し、「特許を受ける権利」を譲渡する場合があります。また、発明者の経済状況によっては、発明後、すぐに対価が欲しいような場合も十分想定されます。「特許を受ける権利」はこのようなニーズに対応するために、発明者に柔軟な対応を可能にする権利であると言えます。「特許を受ける権利」が明文で定められているからこそ、投下資本回収の機会がより早い段階から保証されているという点で、発明者の権利が保護されていると言えるでしょう。

特許を受ける権利によってできること
①特許を受ける権利に基づいて取得すべき特許権のライセンス付与
②特許出願

3. 職務発明

 さて、発明は例外的な場合を除いては、十分な設備や人員、そして費用が必要となります。そのため、企業や研究機関が金銭を投じ、従業者に研究を行わせる場合が多いのが実情といえます。

 しかし、上記のように「特許を受ける権利」は、基本的には、発明者に帰属します。そのため、本来的には、企業や研究機関は特許権を取得するために、発明者から「特許を受ける権利」を譲渡又は登録後の特許権を譲渡してもらわなければなりません。社内で日々生ずる発明についてその都度従業者と契約を締結して「特許を受ける権利」の譲渡を受けることとなると、手続が煩雑となり、発明者によっては交渉が難航するなどのケースも想定されます。他方で、従業者による発明の貢献について相当の保護を図る必要があります。

 そこで、特許法は職務発明規定(35条)を設けています。

 すなわち、発明が「職務発明」に該当する場合、あらかじめ「特許を受ける権利」を取得する旨を定めておけば、企業や研究機関といった使用者が、従業者の発明につき、発生と同時に「特許を受ける権利」を原始的に取得することができるようになります(35条3項)。同時に従業者には相当の利益を受ける権利を規定しています(35条4項)。これにより、上記のような不都合性を解消しつつ、従業者の保護を図っています。

●職務発明該当性

 では、どのような場合に発明は、「職務発明」と認められるのでしょうか。
 特許法上、職務発明とは、「その性質上当該使用者等の業務範囲に属し、発明をするに至った行為がその使用者等における従業者等の現在又は過去の職務に属する発明」(35条1項)をいいます。
 もっとも、どのような場合、かかる要件を充足するかは明確ではありません。そのため、過去の裁判例から、どのような事項が職務発明該当性の判断要素となっているかを検討する必要があります。
 以下では、職務発明該当性の判断材料となる事例の一部を簡潔に紹介いたします。

①発明について、使用者から指示がある場合
 使用者の指示に基づいて、従業者が研究・開発を行い、発明がなされた事例において、職務発明該当性が肯定されています(※9)。

②使用者からの具体的指示はなかったが、職務の性質上、当該従業者により発明がなされることが前提となっていた場合
 使用者の技術部門の最高責任者としての地位にあるような者について、生産性向上に関する具体的任務を有していたものと認められるとして、使用者から発明をすべき具体的な指示や命令がなくとも、職務発明該当性が肯定されています(※10)。

③使用者の命令に反していたが、使用者の設備や労働力を使って発明をなした場合
 やや特殊な事例ですが、使用者からの命令には反していたが、勤務時間中に使用者の施設内において、使用者の設備を用い、他の従業員を労働力として用いて発明をなした事例において、職務発明該当性が肯定されています(※11)。

④使用者の設備や組織を使用することなく発明をなした場合
 そもそも、製造部門がないような会社で、発明者の対場も技術職とは無関係であり、発明に関し、会社の設備や組織を使わずに独自で発明をなした事例において、職務発明該当性が否定されています(※12)。

 以上の事例を見ると、使用者との指揮命令関係、金銭的・物的支援の有無、従業者の地位等の要素は職務発明該当性を検討する上での重要な判断要素になることが見て取れるでしょう。

職務発明該当性の判断要素の例
●使用者と従業者の指揮命令関係
●従業者に対する金銭的・物的支援体制
●従業者の地位

●使用者側の対策

 発明が職務発明に該当したとしても、使用者があらかじめ「特許を受ける権利」を取得する旨の定めを置いていなければ、当該発明の「特許を受ける権利」を原始的に取得することはできません。
 仮に、使用者が定めを置かず、何らの手当もしていない場合は、職務発明については、従業者等がその特許を受けた際に、使用者が通常実施権を有することになります(35条1項)。通常実施権とは、特許発明について業として実施をすることができる権利をいいます(※13)。もっとも、使用者側としては、通常実施権を取得するだけでは権利確保として不十分です。
 そのため、使用者としては、「契約、勤務規則その他の定めにおいてあらかじめ使用者等に特許を受ける権利を取得させることを定め」(35条3項)ておくことが重要になります。このような定めを置いた場合、「特許を受ける権利」が発生した時から、「特許を受ける権利」が使用者に帰属することとなります。このような定めが雇用契約書や社内規程等にない場合は、「特許を受ける権利」が当然に研究機関や企業に帰属することにはなりません。
 したがって、使用者においては、このような契約書・就業規則等の整備を行う必要があります。例えば、職務発明規程を策定するといった対応が考えられます。

 当事務所では、上記のような職務発明に関する契約書・社内規程等の整備を行っていますので、お気軽にご相談していただければと存じます。

. 共有

 上記のような職務発明規程が仮に整備されていない場合や、職務発明に該当しない委託関係にある研究者・技術者等が関与して発明がなされた場合等には、発明者が複数になり、「特許を受ける権利」が共有関係になることがあります。

 「特許を受ける権利」が共有状態である場合、特許出願をする際には全員共同で出願しなければなりません(38条)。

 また、出願後、特許権が共有状態になると、単独で特許発明を実施することは可能(73条2項)ですが、持分の譲渡や、専用実施権・通常実施権の設定について共有者の同意が必要となる等の制限(同条1項、3項)が生じてしまいます。

 そのため、可能な限り共有状態は解消したほうが望ましいと言えます。

 特許権の共有状態を解消するためには、特許出願の前から、あらかじめ「特許を受ける権利」を契約によってある者に移転させておく方法が考えられます。

. まとめ

 以上のように、発明者であっても、使用者の立場であっても「特許を受ける権利」の帰属には注意する必要があります。特に使用者となる企業や研究機関については、職務発明規程を設けるといった手当をしておくことが重要になります。そして、そのような手続きを怠っていた場合、権利を買い取る費用が発生したり、共有による権利行使の制限が生じたりといったリスクが生じかねません。

 また、特許権は事業やサービスの根幹をなす場合が多いため、特許権の帰趨が経営に大きく影響しかねません。特にこれから起業を考えている方やスタートアップ企業の方におきましては、初期にこのような特許権に関して整備を行うことは必要不可欠です。

 その前提として、そもそも「特許を受ける権利」の理解が重要になります。本稿において「特許を受ける権利」についてご理解いただくことで、広い意味での特許戦略を考えるきっかけとして頂ければ幸いです。


(※1)発明者主義とは、特許を取得しうる者は発明者及びその承継人に限られる、とする考え方を指します。このような考え方は発明者を保護することを通じて、自国の技術水準を高める傾向が強まるにつれ、現在においては普遍的な考え方となっています(中山信弘「特許法」第4版(弘文堂、2019)44~45頁)。

(※2)中山信弘・前掲注1)44頁。

(※3)東京地判平成18年1月26日判時1943号85頁。

(※4)田村善之=時井真「ロジスティクス知的財産法Ⅰ特許法」(信山社、2012)205頁。

(※5)田村善之=時井真・前掲4)206頁。

(※6)田村善之=時井真・前掲4)206頁。

(※7)田村善之=時井真・前掲4)207~208頁、東京地判平成18年9月8日判時1988号106頁=判タ1272号242頁。

(※8)中山信弘・前掲注1)167頁。

(※9)大阪地判昭和54年5月18日判例工業所有権法2113の54頁。

(※10)最判昭和43年12月13日民集22巻13号2972頁。

(※11)東京地判平成14年9月19日判時1802号30頁。

(※12)東京高判昭和44年5月6日判タ237号305頁。

(※13)特許権者は、当該特許発明について、他人が実施することを許諾することができます。このように特許発明を実施する権利を実施権といい、実施権は、法律で認められているものの他、任意に契約で付与することが可能となります。このような実施権許諾契約は、しばしばライセンス契約と称されています。
 実施権には、通常実施権と専用実施権が存在します。
 特許権を取得できなかった場合、契約で実施権を取得するという方法も考えられますので、使用者側は一つの手段として覚えていただければ幸いです。

監修
弁護士 箕輪 洵
(スタートアップ企業を中心に、上場企業から中小企業まで企業法務を幅広く対応。知的財産法を得意とし、特にメタバース法務、エンターテインメント法務に注力。)

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