外国人が日本国内で採用活動をする際の法務的な注意点

弁護士 小野田 健生 、タイ法弁護士 (外国法事務弁護士) Poom Kerdsang国際チーム

1. 採用活動の方法

日本で人材を採用する場合、外国企業が活用できるサービスは大きく分けて「公的機関による支援」と「民間サービス」の二つです。

1-1. 公的機関による支援

最も代表的なのは、厚生労働省が管轄するハローワーク(公共職業安定所)です。ハローワークは全国各地に設置されており、すべての職種を対象に求人・求職のマッチングを無料で行っています。求人票を提出することで、幅広い人材層にアプローチできるほか、労働保険関係の手続きに関する窓口としても機能します。

ハローワークでは、原則として日本語での対応が必要です。外国語対応が可能な窓口も存在しますが、全ての窓口ではないため注意が必要です。

1-2. 民間の人材紹介サービス

日本では、多数の民間人材紹介会社(有料職業紹介事業者)が活動しており、登録型の人材紹介や、経営幹部を対象とするエグゼクティブサーチ型の紹介が一般的です。多くは成功報酬型で、採用が決まった際に紹介料を支払う仕組みです。

日本では職業安定法に基づく許可制が敷かれており、これにより、紹介事業者は一定の法的規制を受け、求人企業は透明性の高いサービスを受けやすいといえます。

1-3. その他の求人チャネル

新聞や業界誌、転職情報誌といった紙媒体のほか、インターネットの求人サイトや自社ウェブサイトを通じた募集も広く行われています。英米と同様にオンライン求人が主流となりつつありますが、日本では、特に地方において依然としてハローワークを通じた募集が強く機能しており、公的支援と民間サービスの両輪を活用することが効果的です。


2. 日本における採用活動の法的枠組み

2-1. 総論

日本でも「契約の自由」は基本原則ですが、採用活動においては多くの法的制約が存在し、完全に自由に採用活動を行えるわけではありません。

また、日本の雇用制度は「長期雇用を前提とした労働者保護」を基本思想としています。企業側が一方的に雇用を終了することは困難であり、特に整理解雇や能力不足を理由とする解雇は厳しい制約を受けます。以下では、個別法や判例に基づく規制内容について説明します。

2-2. 採用時の制限(男女雇用機会均等法、労働施策総合推進法)

採用活動は自由に行えるのが原則ですが、一定の制限が存在します。例えば、男女雇用機会均等法は、性別を理由とする募集制限を禁止し、労働施策総合推進法9条は、原則として採用時に年齢制限を設けることを禁止しています。なお、採用時に年齢制限を設けることはできませんが、定年制を設けることは禁止されていません。

2-3. 解雇制限(労働契約法)

前述の通り、日本の雇用制度は「長期雇用を前提とした労働者保護」を基本思想としています。労働契約法16条により、解雇には客観的に合理的な理由と社会的相当性が必要とされ、裁判例でも厳格に判断されています。いったん雇用した人材は簡単には解雇できない点に注意をする必要があります。

また、採用段階においても特徴があります。国によっては、内定やオファーレターの法的拘束力が限定的である場合もありますが、日本では、判例上、内定が「始期付解約権留保付労働契約」として拘束力を持つとされています。すなわち、内定を出した時点で労働契約が成立し、就労開始のときまでにやむを得ない事由が発生した場合にのみ、内定を取り消すことができます。そのため、企業が経営上の理由で一方的に内定を取り消すことは、違法とされるリスクが高いです。

このように、日本の雇用は内定段階から強い拘束力があり、解雇にも厳しい規制がかかる仕組みになっています。外国企業が日本で採用活動を行う際には、この根本的な制度の違いを理解しておくことが不可欠です。


3. 求人広告・求人票と労働条件明示義務

3-1. 求人時の明示義務

求人広告や求人票においては、労働条件を明示することが義務付けられています(職業安定法第5条の3)。具体的には、業務内容、賃金、労働時間、業務内容や就業場所の変更の範囲、有期労働契約を更新する場合の基準などを記載しなければなりません。

また、労働者が希望すれば、書面交付だけでなく電子メールやSNSを通じた明示も可能ですが、出力して書面化できることが条件となります。

求人票の記載と実際の労働条件に相違がある場合、トラブルの原因となるだけでなく、虚偽広告と判断されれば6か月以下の懲役または30万円以下の罰金が科される可能性があります(職安法第65条)。



4. 労働条件通知と採用契約

4-1. 労働条件通知書の交付義務

採用が決定した際には、使用者は労働者に対し労働条件通知書を交付しなければなりません(労基法第15条)。必須記載事項には、労働契約の期間に関する事項、労働時間、賃金、休暇、解雇事由などが含まれます。パートタイムや有期契約の場合は、昇給や退職金の有無、契約更新の基準といった追加事項も明示する必要があります。

4-2. 外国との比較

国によってはオファーレターによる簡潔な条件提示で足りる国もありますが、日本では詳細な条件を記載した書面が不可欠です。加えて、労働条件を変更する際には労使の合意が必要であり、企業側の一方的変更は許されません。外国企業が採用契約を結ぶ際には、詳細な条件をあらかじめ文書化することが求められます。


5. 雇用保険・労災保険等の手続き

5-1. 雇用保険の適用要件

従業員を雇用する場合、原則として雇用保険と労災保険が適用されます。労災保険は労働者を雇用している全ての場合に加入義務が生じ、雇用保険は、週20時間以上勤務し、31日以上の雇用見込みがある場合に加入義務が生じます。役員や親族従業員については、実態によって適用可否が判断される点に注意が必要です。

5-2. 労働保険の成立手続き

事業を開始し労働者を雇用する際には、「労働保険関係成立届」を所轄の労働基準監督署に提出する必要があります。その後、雇用保険適用事業所設置届や被保険者資格取得届をハローワークに提出しなければなりません。これらの手続を怠ると、遡及保険料の徴収や追徴金の徴収が行われる可能性があるため、外国企業にとっては初期段階から制度を理解し、専門家へ相談することが重要です。


6. 就業規則の整備

6-1. 作成義務

常時10人以上の労働者を雇用する事業場では、労基法第89条に基づき就業規則の作成・届出が義務付けられています。就業規則には労働時間、賃金、退職、服務規律などを定める必要があり、企業運営における基本規範となります。

就業規則の作成義務がない場合であっても、労使間のトラブルを未然に防ぐためには、早い段階から就業規則を作成しておくことが重要です。

6-2. モデル就業規則の活用

厚生労働省はモデル就業規則を公開しており、日本語版のほか英語、中国語、ベトナム語などの外国語版も整備されています。これを参考にしつつ、自社の実情に合わせてカスタマイズすることもできますが、思わぬ失敗を避けるために、日本法に精通した専門家に作成を依頼するのが良いでしょう。


おわりに

日本では労働者保護が強く、企業に詳細な明示義務や各種届出義務を課す点が特徴です。特に、日本の雇用は契約締結時点から強い拘束力があり、解雇も厳しい規制を受けることに注意が必要です。以下、日本で採用活動をする際の注意点をまとめます。

  • 性別や年齢による差別的な募集の禁止
  • 内定は「始期付解約権留保付労働契約」として、法的拘束力が生じる
  • 解雇には「客観的に合理的な理由と社会的相当性」が必要とされる
  • 求人の際には労働条件の明示が必要
  • 雇用契約締結時には、一定の法定記載事項を記載した労働条件通知書を交付する必要がある
  • 雇用保険や労災保険の加入義務
  • 就業規則の作成義務が生じる可能性がある

スタートアップが日本市場で成功を収めるためには、採用段階からこれらの制度を意識して、コンプライアンス体制を整えることが不可欠です。そのためには、日本の法制度を熟知した専門家の協力を得るのが重要です。

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