タイの民商法改正について 最低株主数の変更等

執筆:弁護士 藤江大輔国際チーム

2022年9月14日、タイの民商法の改正に関する法案が国会で承認されました。タイの民商法は、日本における民法と商法(又は会社法の一部)を合わせたような内容となっており、現地法人の事業運営の全てに関連する非常に重要な法律です。

そこで今回は、法律上要求される株主数の変更を始めとして、今回の民商法改正について、主要な点を解説していきます。なお、この改正民商法は、同年11月8日に官報に掲載されており、2023年2月7日から効力を生じるとされています。

1.    最低株主数の変更(1097条)

日本と異なり、タイ法は、株式会社の株主数の下限を法定しており、現行のタイ民商法では、株式会社には最低3名の株主が必要だとされています。そのため、タイで事業展開する合弁企業においても、合弁当事者に加えて1名の株主(1株だけ保有する株主でも可)を加えなければならない状況が続いていました。

この点について、改正法は、最低株主数を3名から2名に変更しました。これにより、企業はより柔軟な株主構成を採用することが可能になります。なお、株主が2名未満になった場合は、裁判所による解散命令の発動事由(第1237条)に該当するため、改正法下でも日本のような一人株主は認められません。

3名の株主を用意しなければならないことが、少なからず実務的な負担になっていたことは事実です。そのため、株主を2名に変更することを検討する会社も少なくないかもしれません。しかし、ここには少し注意しなければならない点があります。

タイの判例には、会議の性質上、株主総会には少なくとも2名以上の株主(代理人含む)が出席しなければならないと示したものがあります。この考え方を確認するように、改正法では、株主総会の定足数に関するルールも変更されています(第1178条)。これによれば、株主総会は、少なくとも2名の株主(代理人含む)が出席しなければならず、かつ出席株主が有する株式の合計が会社資本の 4 分の 1 以上でなければならないとされています。このため、仮に株主数を2名に変更した場合に、一方の株主が株主総会への出席を拒否してしまうと、開催要件を満たすことができず、株主総会の開催に不都合が生じるおそれがあります。

他方で、タイには、BOI認可法人等で見られるように、実質的な完全子会社と言って差し支えない株主構成で、上述のような株主間の利害対立を強く懸念する必要がない会社も数多く存在します。このような場合は、最低株主数の変更に伴って株主数を2名にすることで、株主総会等の実務上の負担を軽減することが可能です。

2.    取締役会のオンライン開催(第1162/1条)

2020 年4月19日の勅令、同年5 月 12 日付のデジタル経済社会省の告示、及び直近の公開会社法の改正等により、オンライン会議の実施が認められたことを受けて、改正法では、取締役会のオンライン開催が明示的に規定されました。これまでも取締役会のオンライン開催は実務上認められていましたが、これを民商法上も確認したものと考えられます。オンライン開催される取締役会に出席した取締役は、出席者として定足数にカウントされ、通常どおり議決権を有します。

2020 年4月19日勅令によれば、取締役会をオンライン開催するには、以下の要件を充足しなければならないとされており、これは民商法改正後も同様です。

  1. 参加者の本人確認(出席確認)を事前に行うこと

  2. 参加者が、通常投票、匿名投票ともに実施できるようにすること

  3. 書面で議事録を作成すること

  4. 非公開会議の場合を除き、会議中、音声録音、又は音声録音と映像録画の両方で記録すること

  5. 参加者のログファイルを保管すること

上記に加えて、取締役会をオンライン開催するには、デジタル経済社会省が作成したセキュリティ基準を満たすことも必要な条件とされていますが、ZOOMやGoogle Meetsなど、オンライン会議に実務上広く利用されている既存のソフトウェアについては、同セキュリティ基準を満たすことが確認されています。

なお、本改正は取締役会のオンライン開催を明示的に認めたものですが、本改正前の段階で、タイ商務省事業開発局(DBD)は、上記基準を満たすオンライン会議は、取締役会のみならず、株主総会においても認められると回答していました。しかし、改正法には株主総会のオンライン開催について明文がないため、この点を踏まえつつ、今後の動向を注視する必要があります。

3.    株主総会の招集公告の廃止(第1175条)

現行のタイ民商法は、株主総会を開催するには、少なくとも7日前(特別決議の場合は14日前)までに、各株主に対して書面で通知するとともに、当該招集通知を新聞に掲載しなければならないと定めていました。

 

改正法は、無記名式株券を発行している場合を除き、この新聞掲載義務を廃止しました。招集通知の新聞掲載は、これまでやや形式的に行われていたに過ぎない実態がありましたが、このプロセスが省略可能となったことで、株主総会の招集手続が簡易化されることが予想されます。

 

ただし、ここにも注意すべき点があります。法令上の義務が撤廃されても、会社の付属定款上で株主総会の招集プロセスが定められている場合があるためです。特に、DBDが公開している付属定款雛形を利用して会社の付属定款を登記している場合は、定款の中で「招集通知を新聞に掲載しなければならない」と規定していることが少なくありません。そのため、まずは自社の付属定款を改めて確認した上で、新聞掲載の省略可否を判断する必要があります。

 

自社の付属定款に招集通知の新聞掲載に関する定めがある場合は、例えば次回の定時株主総会において、この定款を変更する決議を得ることで、運用を変更することが可能です。ただし、定款の変更には、株主総会の特別決議(4分の3以上の賛成決議)が必要で、かつ14日間以上の招集期間が必要になる点に注意して下さい。

4.    吸収合併の新設(1238条)

現行のタイ民商法は、組織再編について「新設合併」という方法しか認めていません。新設合併とは、合併当事者となる会社の法人格を消滅させた上で、新たに会社を設立し、その新会社に消滅会社の権利義務を承継させる手法です。しかし、一度全ての会社を消滅させ、新規に別法人を設立しなければならないというスキームの特性上、手続きが煩雑になりがちであり、積極的にこの方法が利用されていたとは言い難い状態が続いていました。

 

改正法は、上記の新設合併に加えて、合併当事者の一方(存続会社)の法人格を維持した上で、他方当事者(消滅会社)が消滅する「吸収合併」という手法を新設しました。一方の合併当事者が存続できるという点は、タイにおける組織再編に対して有力な選択肢を与えることになります。その手続については、新設合併と同様の規定が多く用いられていますが、改正法に規定されている手続の概要は以下のとおりです。

  1. 存続会社及び消滅会社の双方で、株主総会における特別決議を得る。

  2. 上記(1)の決議日から14日以内に、特別決議の登記、新聞掲載、及び債権者に対する通知(債権者の異議申立期間は1ヶ月以内と定める)を行う。

  3. 決議日から6ヶ月以内(1年まで延長可)に、存続会社の社名、事業目的、定款、資本金、役員構成等について、存続会社の株主総会で決議を得る。

  4. 上記(3)の決議から7日以内に、消滅会社の事業、資産、書類、帳票等の引き渡しを行う。

  5. 上記(3)の決議から14日以内に、合併登記を行う。

また、改正法には、新設合併又は吸収合併に反対する株主に対し、株式買取請求権を与えることで、反対株主の利益を保護する仕組みも盛り込まれました。合併に反対する株主がいる場合、会社は、当該株主が保有する株式を買い取る者を手配することが求められます。この買取価格について、反対株主と買取人との間で合意に至らない場合は、株式価値を算定する第三者によって価格提示がなされます。

まとめ

今回の民商法改正の主要な点は以上のとおりです。改正内容の一部については、これまでの実務を確認的に規定した内容に過ぎないものの、今回の改正によって新たに可能となった選択肢もあります。より効率的な現地法人の運営を行うために、自社付属定款の見直しなど、本改正に伴う変更を是非ご検討ください。

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