はじめに:M&A契約の核心「表明保証」
M&A(企業の合併・買収)は、売り手と買い手の間で株式や事業を譲渡する契約行為です。特に、株式譲渡契約(Share Purchase Agreement)や事業譲渡契約(Asset Purchase Agreement)といった契約書には、取引の成否を左右する重要な法的要素が数多く含まれます。
その中でも、特に注目すべきなのが「表明保証(Representations and Warranties)」と呼ばれる条項です。これは、契約当事者が「事実関係についての一定の保証を行う」ものであり、後のトラブルや紛争の回避に不可欠な役割を果たします。
この記事では、M&Aの初心者の方に向けて、「契約書の構成」と「表明保証」の法的意義・実務上のポイントを分かりやすく解説します。
1. M&A契約書の基本構成とは?
まず、M&A契約書(本項では株式譲渡契約を例とします。)には、一般的に以下のような条項が含まれます。
定義条項
契約で使用される用語を明確に定義し、解釈のブレを防ぐための条項です。
譲渡対象の特定
- 対象株式または資産の内容
- 売買価格および支払い方法
- クロージング日
前提条件
表明保証条項
- 売り手・買い手の権利や事実に関する保証
- 対象会社の法的状況(契約関係、許認可・法令順守、知的財産権の帰属、労働関係、情報管理、訴訟・トラブルの有無等)
誓約事項等
- クロージング前後の当事者の行動義務や制限事項
- 要承諾契約にかかる承諾の取得
- 独占交渉義務
補償条項
- 表明保証違反や契約違反があった場合の損害賠償・補償のルール
契約解除・終了
- 契約の解除事由とその手続き
一般条項
準拠法・裁判管轄
- 適用される法律と、万一の紛争時における解決手段
2. 表明保証とは何か?法的な意味と目的
(1)定義と機能
「表明保証」とは、契約当事者が取引に関する一定の事実を、契約時点およびクロージング時点において真実であると保証することを意味します。一例として次の事項が対象となります。
- 「対象株式は適法かつ有効に保有されており、譲渡に制限はない」
- 「対象会社は、必要な許認可を取得、登録又は届出を実施しており、適用のある法令を遵守している」
- 「対象会社は重大な訴訟や行政処分の対象となっていない」
- 「対象会社が当事者となる重要な契約は適法かつ有効に存続しており、債務不履行事由はない」
- 「財務諸表が正確に反映されている」
- 「知的財産を適法に保有しており、侵害されていない」「第三者の知的財産権を侵害していない」
- 「労務管理体制に関して労働関係法を遵守しており、未払残業代はない」
(2)法的意義
民法上、契約締結にあたり誤った情報提供や沈黙により相手方が損害を被った場合、不法行為責任(709条)や債務不履行責任(415条)を問われる可能性があります。
しかし、M&A契約ではこれを契約上で明示的に整理し、「何が真実であると保証されているのか」「違っていたらどう補償されるのか」を明文化することにより、法的責任を明確化し、紛争を予防する役割を果たします。
3. 表明保証の種類と主な内容
M&A契約では、売り手と買い手がそれぞれ表明保証を行う場合がありますが、特に売り手側の表明保証が重要です。
| 分野 | 内容の例 |
| 株式 | 適法かつ有効な保有・譲渡制限の不存在、担保設定の有無 |
| 許認可 | 必要な許認可が取得済みかつ有効期限内である |
| 契約 | ・締結済みの契約において過度に不利な条件がない ・譲渡制限(CoC条項)がないこと又は既にカバーされている ・債務不履行事由はない |
| 財務 | 財務諸表の正確性、簿外債務の不存在 |
| 労務 | ・適法な雇用契約、未払残業代等の不存在 ・労務紛争の不存在 |
| 訴訟 | 係属中または予見される訴訟・行政調査の不存在 |
| 知的財産 | 適法な知的財産権の所有、ライセンス契約の状況、第三者による侵害リスク等 |
買い手による表明保証(例)
- 資金調達能力があること
- 法令上の障害がないこと
- クロージングに必要な社内承認を得ていること
4. 表明保証違反が発覚した場合の法的効果
表明保証の内容が実際と異なる場合、「表明保証違反(Breach of Warranty)」として以下のような対応が可能となります。
(1)損害賠償請求(Indemnity)
契約違反に基づき、相手方に損害の補填を請求することが可能です。契約書には「補償条項」としてその手続きや金額の下限・上限・期間などが定められます。
(2)契約解除(重大な違反の場合)
表明保証違反の内容が重大な場合は、契約解除の対象となることもあります。たとえば、重要な許認可が未取得であった、重大な債務が隠れていた等の場合です。
(3)価格調整(Purchase Price Adjustment)
クロージング前に違反が発覚した場合は、売買価格の減額や支払条件の変更が交渉されることもあります。
5. 表明保証の限定と調整方法(実務的リスク管理)
売り手側にとって、過剰な表明保証は将来の損害賠償リスクを過大に抱える原因になります。そのため、実務上は以下のような限定が交渉されます。
| 調整手法 | 内容 |
| 知りうる限り(Best Knowledge) | 売主が「知りうる限り」に限定して保証する |
| 重要性基準(Materiality) | 取引全体に影響を及ぼす場合に限定 |
| 補償期間(Survival Period) | 表明保証の有効期間を設定(例:2年間) |
| 損害額の下限(Basket) | 一定額以上の損害でないと補償しない |
| 補償額の上限(Cap) | 補償の総額に上限を設ける(例:売買価格の30%) |
6. 弁護士の役割:表明保証を設計し、リスクを可視化する
弁護士は、単に契約書を作成するだけではなく、次のような実務支援を行います。
- 法務デューデリジェンスに基づき、必要な表明保証を精査
- クライアントの業種・取引スキームに応じて条項をカスタマイズ
- 交渉において、保証の範囲・責任の限定を戦略的に整理
- 補償条項との整合性を担保して契約全体を設計
表明保証は、契約書全体の中でも最も専門性が求められる部分であり、弁護士の介在により法的リスクを最小限に抑えることが可能となります。
まとめ:契約書=「安心の設計図」、表明保証=「信頼の基礎」
M&Aにおける契約書は、単なる取引の確認書ではありません。それは、将来のトラブルを防ぎ、当事者間の信頼と安心を支えるリスクマネジメントです。
そして、その中核をなすのが「表明保証」条項です。
表明保証によって、「事実に関する共通認識」が形成され、契約違反があった際の「責任範囲」が明確になり、補償条項を通じて「金銭的な救済」が確保されます。
M&A初心者の方にこそ、「契約書と表明保証」の重要性を理解し、信頼できる弁護士の支援を早期に受けることを強くおすすめします。
当事務所では、M&A契約に精通した弁護士が、法務デューデリジェンスから契約書の設計・交渉支援まで一貫して対応いたします。
M&Aをご検討の際はぜひお気軽にお問い合わせください。


