はじめに:M&Aの基本スキーム「株式譲渡」とは?
M&A(企業の合併・買収)にはさまざまな手法がありますが、最もシンプルかつ実務的によく用いられるのが「株式譲渡」です。
これは、会社そのものではなく、「会社の株式」を売買することです。過半数の株式を譲り渡すことで、対象会社の支配権を移転することとなります。
中小企業の事業承継、ベンチャー企業のイグジット、グループ再編など、幅広い場面で利用される一方で、法的な構造やリスク、手続の重要性は意外と知られていません。
本記事では、M&A初心者の方向けに、株式譲渡によるM&Aの基本的な仕組みから、契約上の留意点、法的リスク、弁護士の役割まで、わかりやすく解説します。
1. 株式譲渡によるM&Aの基本的な仕組み
(1)定義と概要
株式譲渡とは、対象会社の株式を保有する株主が自己の株式を、第三者に譲渡(売却)する取引のことです。
会社の経営権は、株式の過半数(または3分の2以上)を保有する者が実質的に握るため、過半数の株式を譲り渡すことによって対象会社の「支配権」が移転することになります。
- 売主:現在の株主(一般的には創業者やオーナーであることが多い)
- 買主:新たな経営者、事業会社、投資ファンドなど
- 対象:発行済株式の一部または全部
(2)株式譲渡の特徴
| 項目 | 内容 |
| 法人格の維持 | 契約主体である当事者に変更はないため、取引契約を結び直すことが原則不要(CoC条項の例外あり)です。 |
| 雇用関係 | 会社は同一法人として存続するめ、従業員との雇用関係も原則継続されます。 |
| 資産等の引継ぎ | 会社のすべての資産・負債も引き継がれる。 引継ぎにかかる別途の手続きが不要なため、事業譲渡に比して、これらの移転に要する手続きが簡易的といえます。 |
2. 株式譲渡の流れと法的手続
実際のM&A実務では、株式譲渡は以下のような流れで進みます:
(1)基本的な流れ
- 秘密保持契約(NDA)の締結
- 意向表明書(LOI)・条件シートの作成
- デューデリジェンス(法務・財務・税務等の調査)
- 株式譲渡契約書(SPA)の作成・締結
- クロージング(対価の支払、株主名簿の書換など)
- 統合対応(PMI等)
(2)必要な法的手続
- 株式譲渡契約書の締結(書面)
- 株券発行会社の場合は株券の交付
- 株主名簿の名義書換(買主が株主となるための要件)
※許認可事業の場合は、別途行政庁への届出・承認が必要になることがあります。
3. 株式譲渡契約書(SPA)の重要条項と法的留意点
株式譲渡契約書(Share Purchase Agreement, SPA)は、M&Aにおいて最も重要な契約書の一つです。 以下では、主な条項とそれぞれの法的意味・実務上の注意点を解説します。
(1)譲渡対象・対価に関する条項
- 譲渡対象となる株式の種類・数・取得日
- 対価の金額と支払方法(現金、分割、アーンアウト等)
(2)表明保証条項(Reps and Warranties)
売主が契約及びクロージング時点で保証する事項を列挙し、後日真実でないことが発覚した場合に損害賠償等の請求を可能にする条項です。
- 株式の正当な保有と譲渡可能性
- 株式譲渡に必要な手続きの履践
- 訴訟・債務・契約違反の不存在
- 許認可の取得・維持状況
- 法令遵守状況
- 財務諸表の正確性
- 事業の遂行に必要な知的財産権の帰属、第三者の知的財産権の非侵害
- 重要な契約において、M&Aが解除事由とならないこと(CoC条項がないこと)、又は当該事項について既にフォローがされていること。
- 労働関係法令を遵守し、労務紛争や未払債務が存在しないこと。
- 情報管理体制が適当であること。
(3)補償条項(Indemnity)
売主が表明保証違反等によって買主に損害を与えた場合の、損害賠償の範囲・方法・上限額などを定める条項です。
- キャップ(補償の総額に上限額を設定します。)
- バスケット(少額損害は免責し、一定額以上の限り賠償請求できることとします。)
- 補償期間(補償請求可能期間を区切ります。)
- 表明保証の例外設定(DDの過程で開示された情報など、すでに開示された情報については免責する内容です。)
(4)クロージング条項(前提条件)
- 契約成立に必要な前提条件(CP:Condition Precedent)
- 株式譲渡に必要な手続の履践
- 許認可の取得
- CoC条項の手当
- 従業員への説明完了 等
(5)競業避止条項・引き抜き防止条項
- 売主が一定期間、同業で事業を開始したり、従業員を引き抜いたりしないよう規定します。
- 競業避止に関して、公正取引委員会ガイドラインに従った期間・地域・内容の合理性が必要となります。
(6)キーマンロック条項
- 事業上重要な人物について、クロージングから一定期間(最低在籍期間)内に退職した場合、取引価格の減額や返還を定めます。
4. 株式譲渡のメリットとデメリット
(1)売主側のメリット
- 契約関係や許認可を維持したまま譲渡可能
- 従業員・取引先への影響を最小限に抑えられる
- 資本譲渡により資金化(キャッシュアウト)しやすい
(2)買主側のメリット
- 法人格・事業の一体性を維持したまま取得可能
- 対外的な信用や営業基盤をスムーズに承継できる
(3)デメリット(主に買主側)
- 簿外債務・訴訟・契約違反等のリスクも引き継がれる
- 過去の違法行為・不祥事の責任を問われることもあり得る
このため、法務デューデリジェンスと表明保証の精緻な設計が不可欠です。
5. 弁護士の役割:株式譲渡の安全性を確保する専門家
株式譲渡によるM&Aにおいて、弁護士は以下のような役割を担います:
| フェーズ | 弁護士の役割 |
| 初期検討段階 | スキーム選定(株式譲渡 、事業譲渡 or その他)、各スキームを選定した場合の法的リスク説明 |
| 調査段階 | 法務デューデリジェンス(株式・契約・訴訟・許認可・労務・知財等) |
| 契約書作成・レビュー | SPA作成・レビュー、表明保証・補償条項等の各規定の設計 |
| 交渉支援 | 契約条項の交渉代行 |
| 実行段階 | クロージング支援(株主名簿書換、通知文作成、登記確認) |
| PMI支援 | 統合プロセスにおける規程の整備、契約書ひな形の統合、DD過程で発見された各法務課題の対応 |
まとめ:株式譲渡M&Aの成功には「契約」と「調査」が鍵
株式譲渡は、M&Aの中でも手続が比較的簡易で、実務上よく用いられる手法です。
しかし、実際には「会社の全部を引き継ぐ」行為であるため、事前のリスク調査(法務DD)と契約書設計によるリスク調整が不可欠です。
M&A初心者こそ、以下の点を意識して進めてください:
- 株式譲渡の構造を正しく理解する
- 表面に出ない法的リスクを調査で洗い出す
- 契約書でリスクを可視化・調整する
- 弁護士など専門家を早期から活用する
当事務所では、株式譲渡を含むM&Aに関する契約書作成、法務デューデリジェンス、交渉支援まで一貫してサポートしております。
初めてのM&Aをご検討中の企業様や個人事業主様も、ぜひお気軽にご相談ください。


