はじめに:なぜ「調査」と「保証」が必要なのか?
M&A(企業の合併・買収)においては、取引の成立前に「対象会社が本当に信頼できるか?」を確認することが極めて重要です。
そのために行われるのが「デューデリジェンス(Legal Due Diligence)」であり、そのうち法務分野のデューデリジェンスが法務DDです。そして、DDの結果をふまえて、取引契約書の中でリスクの担保や責任を明確にするのが表明保証(Representations and Warranties)です。
これらは「事前調査」と「契約上の約束」として一対で機能し、買い手のリスクを管理する核心的な法的仕組みです。
本記事では、M&A初心者の方にもわかりやすく、「法務DD」と「表明保証」がどう連動し、どのような法律的意義を持つのかを丁寧に解説します。
1. 法務デューデリジェンス(法務DD)とは?
(1)目的:リスクの可視化と契約交渉の準備
「法務DD」とは、買い手が売り手の会社の法的状況を調査するプロセスです。
これにより、例えば、以下の点を精査します。
- 株式の発行・帰属状況は?
- 締結済みの契約において過度に売り手が不利な条件はないか?
- 契約上の問題(CoC条項や通知義務等)はないか?
- 事業・サービスの適法性に問題はないか?
- 知的財産権の帰属や管理に問題はないか?
- 許認可の取得や法令遵守状況はどうか?
- 労務管理体制、未払残業代や労務問題の有無や程度はどうか?
- 知的財産権、個人情報の管理状況は適切か?
- 訴訟やトラブルの有無は?状況やリスクの程度はどれ程か?
調査結果により、取引の「実行可否」や「価格の妥当性」、「契約条件(前提条件、保証事項や補償条項)」が調整されます。
(2)調査の手法
- 資料リスクエストシートによる資料及び情報の提供要求
- バーチャルデータルーム(VDR)における開示資料及び情報の確認
- 質問票(Q&Aシート)の共有
- 経営陣・担当者へのインタビュー実施
- 弁護士によるリスク評価レポートの作成
必要に応じて中間報告(中間評価レポート)を実施することもあります。ここでは、主に取引の実行の可否にかかわる、クリティカルな問題の有無を明らかにすることがあります。
2. 表明保証とは何か?
(1)定義:契約当事者の「事実に関する保証」
M&A契約における「表明保証(Reps & Warranties)」とは、売り手または買い手が取引契約時点及びクロージング時点での事実関係を保証する条項です。例えば、以下の事項を保証します。
- (株式譲渡の場合)売り手は対象株式を適法かつ有効に保有している。
- 事業運営に必要な許認可を取得、登録又は届出をしており、適用のある法令を遵守している。
- 事業遂行に必要な知的財産権を適法に保有しており、侵害されていない。また、第三者の知的財産権を侵害していない。
- 対象会社が当事者となる重要な契約は適法かつ有効に存続していて、債務不履行事由はなく、また、CoC条項等のM&Aに起因する契約への重大な悪影響はない(又は既にカバーされている)。
- 従業員との雇用関係は法令に準拠しており、未払残業代はない。
- 対象会社を当事者とする、訴訟や行政機関の調査等は継続しておらず、またそのおそれもない。
上記は一例であり、表明保証条項はDDの結果をふまえて(DDで検出されたリスクを加味して)、個別に調整します。
(2)法的意味:違反があれば契約違反・損害賠償へ
表明保証が事実と異なると「表明保証違反」として、損害賠償や契約解除の対象になります(民法第415条、709条等)。 取引契約書上は「補償条項(Indemnity Clause)」とセットで規定されるのが一般的です。
3. 法務DDと表明保証の関係:補完と緊張の構造
(1)法務DDは「実態調査」、表明保証は「契約上の担保」
両者の関係を端的に言えば、法務DDは売り手や対象会社の実態を把握する手段であり、表明保証は実態を契約上で担保する条項です。
つまり、「調べたこと」と「約束されたこと」が組み合わさって、買い手のリスクはコントロールされます。
(2)調査で見つかったリスクは、契約で調整される
例えば、法務DDで未登録の商標や体制の不備が判明した場合:
- 売買価格の調整
- 表明保証の強化
- 商標登録の完了や適切な体制の整備をクロージング条件に追加
といった形で、契約上の調整が図られます。
4. 実務での連携:表明保証は法務DDで「削る」もの?
▼ 誤解されがちな実務慣行:
「法務DDでチェックしたから、その項目の表明保証は削除してよい」と売り手側から提案されることがあります。
▼ 法的に正しい姿勢:
しかしながら、法務DDで判明したリスクにこそ、逆に明確な表明保証・補償条項が必要です。表明保証は将来のトラブルに対する「担保」であり、契約責任を明確化するための機能を持つものなので、検出されたリスクこそ契約書でカバーをすべきです。
法務DDは「保証事項を削るための作業」ではなく、検知したリスクをもとに「保証事項を設計及び明確化する作業」なのです。
5. 表明保証の構造とリスク調整の手法
(1)保証の限定方法
売り手にとって過剰な負担とならないよう、例えば、以下のような限定が行われることがあります。
- 知りうる限り(to the best of seller’s knowledge)
- 重要性基準(materiality)
- 開示例外(Disclosure Scheduleによる開示)
- 補償上限(キャップ)・最低金額(バスケット)
(2)表明保証保険(W&I保険)の活用
近年では、買い手が表明保証保険(Warranty & Indemnity Insurance)を利用し、売り手の責任を限定するケースも増えています。
6. 弁護士の役割:契約リスクの翻訳者
法務DDと表明保証の両方において、弁護士は次のような重要な役割を担います。
| フェーズ | 弁護士の役割 |
| 法務DD | リスクの洗い出し、報告書作成、対応策の助言 |
| 表明保証 | 契約条項の設計・交渉、補償条項のリスク調整 |
まとめ:M&Aにおける真の安心は「調査+契約」の組み合わせ
M&A取引においては、「法務デューデリジェンスで調べたこと」と「表明保証で約束したこと」が合わさって初めて、買い手の法的リスクが適切に管理されます。
初心者の方こそ、以下の点を意識して進めてください:
- 法務DDでリスクの有無や内容を明確にすること
- 表明保証でそのリスクの責任を整理・明確化すること
- 弁護士の関与により、調査と契約が一貫した設計になること
安心できるM&Aの実現のために、早い段階から法務専門家への相談をおすすめします。


