はじめに
M&A(企業の合併・買収)と聞くと、多くの方が「会社を丸ごと買う(売る)」イメージを抱く方が多いのではないかと思います。
しかし、実際のM&Aでは、会社全体ではなく、特定の事業や店舗だけを譲渡・譲受する「事業譲渡」も広く用いられています。
事業譲渡は、会社の一部機能だけを柔軟に移転できる点が大きな魅力であり、スタートアップにおけるノンコア事業の切り離しや、中小企業の再編、資産整理の手法として活用されています。
本記事では、事業譲渡によるM&Aについて、株式譲渡との違いや、法律実務における注意点について、法律的な観点からわかりやすく解説します。
1. 事業譲渡とは
事業譲渡とは、会社の一部または全部の事業を、他の会社または個人に譲渡する取引をいいます。ここでいう「事業」とは、単なる資産の集合体ではなく、人・モノ・カネ・情報などを含めた、経済的な一体性を持つ組織的活動を指します。
事業譲渡の場合、「事業を譲渡する」といっても、形式上は、「事業を構成する個々の資産を譲渡する」という形式を取ることになります。
株式譲渡の場合、譲渡対象は対象会社の「株式」であるのに対し、事業譲渡の場合には、「事業を構成する個々の資産」である、という違いがあり、この違いによって、株式譲渡と事業譲渡は、根本的に異なることになります。
2. 事業譲渡と株式譲渡の異同
前記のとおり、事業譲渡と株式譲渡は、譲渡対象財産が「個別の財産」か、「株式」か、という違いがあり、この違いが、両者の根本的な相違となります。
株式譲渡の場合、対象会社から見れば、単に「株主構成の変動」にすぎません。そのため、対象会社の財産関係は、株式譲渡の前後において原則として異ならず、また、対象会社の経営状態も(株式譲渡に伴って経営陣が交代する以外は)大きく変動するものではありません。
このように、対象会社における従前の経営状態・取引状態には何らの変動も生じないのが、株式譲渡の利点であり、このようにシンプルな取引だからこそ、株式譲渡のスキームは一般的に多く取られているわけです。
一方で事業譲渡の場合、譲渡対象資産は、「事業を構成する個々の財産」となりますので、対象会社が保有する財産を一つ一つ、買収する会社が引き継ぐことになります。
「事業を構成する個々の財産」ということですが、この財産には様々なものがあります。機械・設備などの有体物、知的財産権などの無体物、取引関係、雇用関係、様々なものがあり、これらを個別に承継していくことが必要になるのです。
そのため、対象会社が保有している土地や建物が承継資産に含まれている場合には、その名義変更の手続も必要になります。
リース物件など、契約に従って使用しているものは、リース契約の当事者を、買収する企業に変更する必要があります。賃貸物件も同様です。
取引先との契約は、どうなるでしょうか?
契約は、特定の人と特定の人との間で締結されるものですから、事業譲渡に伴ってその契約を買収会社が引き継ぐ場合には、契約の当事者を変更する必要があります。
この場合、契約の一方当事者の意思だけで当事者を変更することはできませんから、その契約の他の当事者の承諾が必要になります。
このように事業譲渡の場合には、契約の承継のためには、原則として、当該契約の他の当事者の承諾が必要となることから、株式譲渡の場合に確認するべきチェンジオブコントロール条項については確認をする必要はないことになります。
雇用契約についても同様です。
対象会社に雇用されている方は、対象会社との間で雇用契約を締結しているわけですが、事業譲渡に伴って、その事業に主に従事していた従業員の方を買収会社側で引き継ぎたい場合には、その従業員の方と改めて、買収会社において雇用契約を締結することが必要です。
加えて、許認可の問題もあります。
その事業が許認可事業である場合、許認可を取っているのは対象会社ですので、その許認可を買収会社において承継することが必要になります。
その許認可が承継できるものであれば、承継の手続を取ることになりますが、場合によっては、買収会社側で新たに取得することが必要になることもあるでしょう。
この点も注意が必要です。
さらに、事業譲渡において重要なのが、「買収側において、その事業をスムーズに運営するための橋渡し」です。
事業は、個々の財産があれば誰でもできる、というものではなく、それをスムーズに運営するためのノウハウが非常に重要です。そのため、事業譲渡を行ったあと一定期間にわたり、対象会社から引継ぎを受ける期間を設定することが多いところです。
このように、事業譲渡の場合には、株式譲渡の場合と比べて、事業を構成する個々の財産を引き継ぐ点で、株式譲渡の場合に比べて、ディール実行後にやるべきことがかなり多くなります。
3. 「事業譲渡」の活用場面
以上のとおり、株式譲渡の場合に比べて、若干面倒な事業譲渡ですが、事業譲渡のスキームが活用される場面としては以下があげられます。
一つは、典型的な場面として、対象会社が複数の事業を営んでいる場合に、そのうちの一つの事業だけを譲渡する場合です。
これは株式譲渡では実現できないので、事業譲渡の手続によらざるを得ないといえます。
次に、対象会社が単一の事業を行っているが、株式の帰属が不明瞭で、株式譲渡で引き継ぐにはリスクが高いと判断した場合です。
株式譲渡の場合、譲渡対象資産は株式ですので、その株式がちゃんと売主に帰属しているかが非常に重要です。ところが、デューディリジェンスの過程において、株式の帰属が不明である、ということも往々にして起こり得ます。
売主に帰属していることが一定程度確からしい場合には、株式譲渡契約において株式が売主に帰属していることの表明保証によって、リスクを売主側に転嫁することで対応することもあり得ますが、株式がきちんと買い手側に帰属しないリスクを回避するために、事業譲渡の手段が選択されることがあります。
加えて、事業譲渡の場合には、負債を承継しない、という選択も可能です。
株式譲渡の場合には、「株式を譲渡する」というシンプルさの反面、対象会社の全てを譲り受けることになりますので、資産も負債もまるっと一緒くたに引き継ぐことになります。
事業譲渡の場合には、手続きの煩雑さはありますが、承継するものとしないものとを選別することができますので、負債を引き継がず、資産だけ承継するということが可能になるのも、事業譲渡の利点と言えるでしょう。
4. 「事業譲渡」の手続
事業譲渡については、以下の手続が必要です。
(1)事業譲渡契約の締結
事業譲渡は、売主と買主の間で「事業譲渡契約」を締結して実行されます。
事業譲渡契約の中では、譲渡の対象となる資産・契約・知財・従業員等や、譲渡対価および支払方法、表明保証条項・補償条項、クロージング条件等が定められることになります。
一般的に事業譲渡契約は、長文となり内容も複雑であることや、ディール全体のスケジュールなども考慮する必要がありますので、弁護士による確認を経ることをお勧めします。
(2)会社法上の手続
事業の全部又は重要な一部を譲渡する売り手側においては、事業の譲渡について、株主総会決議が必要となります。
また、反対株主による株式買取請求権も認められています。
もっとも、当該譲渡により譲り渡す資産の帳簿価額が当該株式会社の総資産額として法務省令で定める方法により算定される額の5分の1を超えない場合には、株主総会決議は不要になります。
事業譲渡をしようとする企業においては、事業譲渡のためにどのような会社法の手続が必要か、あらかじめ弁護士等の専門家に確認をしておくことが推奨されます。
買い手側においては、当該事業の譲受が、重要な財産の譲受に該当する場合には取締役会決議が必要になります。事業を譲り受ける際は、取締役会決議を経るのが一般的なように思われます。
(3)同意取得等の承継手続
前記のとおり、事業譲渡は個別の財産移転ですので、承継のために、取引の相手方の同意を取得する等の対応が必要となります。
5. 弁護士の役割
事業譲渡を行う場合、弁護士は、概ね以下のような支援を行います。
- スキームの適否判断、リスク説明
- 法務デューディリジェンス
- 事業譲渡契約書の作成・交渉
- 同意書・通知文の作成
- 会社法上必要な手続に関する支援
まとめ
以上のとおり事業譲渡は、承継対象を柔軟に選べる便利なスキームですが、契約・労務・許認可・税務といった個別論点が多く、法的な落とし穴も少なくありません。
だからこそ、事業譲渡を円滑におこなうためには、専門家を関与させることが有用といえます。
当事務所では、事業譲渡に関する法務DD、契約作成、交渉支援から、実行フェーズ・トラブル対応まで、幅広くリーガルサービスを提供しています。
事業譲渡をご検討の方、事業の譲受をご検討の方は、ぜひお気軽にご相談ください。