はじめに
近年、中小企業オーナーによる「会社の売却」が増加傾向にあります。後継者不在への対応、事業の選択と集中、成長戦略の一環など、売却の理由は様々です。
一方で、「会社売却」と一言で言っても、その方法やスキームは様々です。
本記事では、会社を売却したいと思った方に向けて、「会社を売却する際の法的ポイント」をわかりやすく解説します。
1. 会社売却における2つの代表的なスキーム
中小企業における会社売却の場面では、大きく分けて、以下の2つの方法が、一般的に用いられます。
(1)株式譲渡
株式譲渡は、会社オーナー(株主)が、自身が保有する対象会社の株式を、買い手に譲渡する方法です。
特徴としては、単に株主が変動するだけであるため、法人格に変動がない点です。
そのため、原則として、契約関係や許認可関係をそのまま維持することが可能であり、売主・買主共に、手続的な負担が比較的少ない手法という点がメリットです。
他方で、対象会社の法人格がそのまま維持されることになりますので、潜在的な債務や訴訟リスクがある場合に、それを買主側がそのまま引き継ぐことになる点が、買主側にとってデメリットとなるところです。
買主側としてはその点を考慮し、会社売却の場面で締結する「株式譲渡契約」の中で、一定の事項を売主側に保証してもらう「表明保証」という条項を設けることにより、上記デメリットを回避することが多いところですが、表明保証の条項に違反した場合、売主側としては損害賠償請求を受けるリスクがありますので、その点は注意が必要です。
また、前記のとおり、原則として契約関係などが維持されることになりますが、契約書の中には、株主などの支配関係が大きく変動した場合を契約の解除事由として定めるチェンジオブコントロール条項が定められている場合があります。
この場合、株式譲渡を実行すると契約が解除される可能性があるため、対象会社にとって重要な契約についてこのようなチェンジオブコントロール条項が定められていないかを確認し、もし定められている場合には、チェンジオブコントロール条項に基づき解除をしない旨の合意書や覚書を交わすことをクロージングの前提条件とすることが考えられます。
(2)事業譲渡
事業譲渡は、対象会社の特定の事業や資産のみを譲渡する方法です。
特徴としては、対象会社が保有する資産や事業を、個別に承継する点です。対象会社と買い手企業との間には、親子関係は発生しません。
メリットとしては、対象会社が保有する資産を個別に承継することができるため、買い手にとっては承継したい資産のみを承継することとし、承継の必要がない負債を引き継ぐこともなく、また、潜在債務や偶発債務も引き継がなくてよい点が挙げられます。
デメリットとしては、資産の個別承継になるので、契約を承継するにあたっては契約の相手方からの同意を個別に取得することが必要になります。そのため、仮に契約の相手方の承諾が得られない場合には契約を承継することができず、買い手側が想定していた事業運営が困難になるおそれがあります。
また、従業員の雇用契約についても、個別に同意を得たうえで再契約を締結することが必要となるため、人的リソースの移行に時間と労力を要する点も課題となります。
さらに、不動産や知的財産などの登記・登録が必要な資産については、名義変更の手続が別途発生しますし、許認可の取得も改めて行わなければなりません。
このように手続きが煩雑になりがちな点が、株式譲渡と比較した際の事業譲渡の大きなデメリットといえます。
手続が煩雑となる、ということは、売り手においても、買い手側が円滑に承継できるよう手伝いをする必要がある、ということになりますので、この点は売り手においてもデメリットといえます。
加えて、事業譲渡の対価は、対象会社に帰属することになりますので、これを株主に還元するためには別途手続が必要となる点も、デメリットといえるかもしれません。
2. 売却の流れと法的手続の全体像
以下では、会社売却に関する典型的なフローについて、法務的なチェックポイントも交えて紹介します。
(1)意向の整理・専門家への相談
会社の売却をしようと思ったら、まずは、売却理由・希望時期・売却対象(株式か事業か)などを整理し、弁護士、税理士、FA(ファイナンシャルアドバイザー)などの専門家に相談をされるのがよいでしょう。
会社の本来の価値を適正に評価してもらうためには、事前に社内の体制や情報を整理しておくことが重要です。財務諸表にその価値が適切に反映され、またコーポレート面でも法務や内部統制に不備がない状態にしておくことで、買い手との交渉もスムーズに進みやすくなりますし、結果として、スムーズ・スピーディな会社の売却を実現することにもつながります。
期間としては、概ね半年~2年ほどは、準備期間として見ておいた方がよいでしょう。
(2)秘密保持契約(NDA)の締結
M&Aの具体的な検討に入る際、まず、買い手候補との間で秘密保持契約(NDA)を締結します。
買い手は、売り手企業と同様の事業領域に関心を持っているケースが多く、開示した情報が意図せず競業に利用されるリスクもゼロではありません。
最悪の場合、M&Aが破談となった後に、開示した情報をもとに買い手が同様のビジネスを立ち上げる、といった事態も起こり得ます。
こうしたリスクを回避し、自社の情報資産を守るためにも、機微な情報を開示する前にNDAを締結しておくことが不可欠ですし、また、自社の利益を守るために必要な条項が規定されているかどうか、弁護士に依頼して確認をしておくことが有用です。
(3)買い手からの意向表明(LOI等)
NDAの締結の後、買い手から「意向表明書(LOI)」が提示されるのが一般的です。
LOIには、一般的に、買い手が想定している買収スキーム、想定買収価格、スケジュール、今後の進め方(デューディリジェンスへの協力義務等)などが記載されます。
場合によっては、一定期間ほかの買い手候補と交渉を行わないよう求める「独占交渉」の要請が含まれることもあります。
売り手にとっては、買い手の真剣度や条件の妥当性を見極めるうえで、非常に重要な判断材料となります。
一般的にLOIは、規定の一部についてのみ法的拘束力を有する者として締結することが多いところですが、どの範囲に法的拘束力が生じるのかを明確に理解しておくためにも、必要に応じて弁護士に確認をすることも有用です。
(4)デューディリジェンス(法務・財務等)
LOIが締結され、買い手が本格的に検討を進める段階に入ると、買い手企業は、売り手企業に対し「デューディリジェンス」を実施します。
これは、売り手の企業にどのようなリスクや問題が潜んでいないかを、買い手側が事前に調査・確認するプロセスで、M&Aにおける重要なステップです。
デューディリジェンスには、契約書や許認可、訴訟リスクなどを確認する「法務デューディリジェンス」や、財務諸表や資金繰り、税務リスクを確認する「財務・税務デューディリジェンス」などがあります。
また、買い手企業側の意向次第では、人事・労務を個別に切り出して社労士等に依頼をしたり、ITや環境などの観点から調査が行われることもあります。
この調査の結果次第で、そもそもの買収事態の見送りや、買収価格の見直しや契約条件の修正が求められることもあるため、売り手としては、買い手からの資料要求に対し正確な情報を提供することが重要です。
また、通常デューディリジェンスは1か月程度の短期間に行われますので、リクエストされた資料については速やかに出せるよう、事前に社内の整理を進めておくことがスムーズなM&Aにつながります。
法務デューディリジェンスの場合、多くの場合は買い手側が起用する弁護士によって資料リクエストや質問がされることになります。
この場合、質問やリクエストされた資料の内容について法律的な専門性が高く、売り手側の理解が困難な場合もあり得ます。
そのようなことが懸念される場合には、売り手側においても弁護士を起用し、必要に応じて買い手からのリクエストや質問を「翻訳」してもらうことも有用といえるでしょう。
(5)最終契約の締結
デューデリィジェンスの最中に並行して、又はデューディリジェンスが完了したのち、当事者間で「最終契約」の条件交渉が開始されます。
買収の形態によって、「株式譲渡契約」や「事業譲渡契約」などの契約書が作成され、当事者間で合意がなされます。
最終契約では、譲渡対象や対価、クロージングの条件やスケジュールだけでなく、売り手側の表明保証や誓約事項、違反時の損害賠償や競業避止義務など、売り手側に対する制約となりうる条項が規定されることが多くあります。買い手としては、期限が限られているデューディリジェンスでは対象会社に対する全てのリスクを把握することは困難であるという観点、また、発見されたリスクを回避する観点から、このような規定が設けられることが一般的です。
これらの点は、売り手が将来にわたって責任を負う内容が含まれる可能性があるため、契約内容を十分に理解し、必要に応じて交渉することが重要です。
この段階では、法務の専門性が極めて高くなるため、弁護士の関与は不可欠と考えられます。最終契約以外の段階については売り手ご自身で進められていても、最終契約だけは、弁護士に関与させることを強くお勧めしています。
間違っても、仲介業者から提出されたものをそのまま確認せずに締結しないよう、慎重に契約を進める必要があります。
(6)クロージング(引渡しの実行)
M&Aの取引では、契約の締結はゴールではなく、契約締結後に、契約にて定められた条件がすべて整って初めて、取引の実行である「クロージング」に進みます。クロージングとは、買い手が代金を支払い、売り手が株式や事業を引き渡すことで、法的にも実務的にも、M&A取引が完了する重要なステップです。
最終契約には通常、「クロージングの前提条件」が定められています。この前提条件には、例えば、対象会社において必要となる機関決定(株主総会決議や取締役会決議)が行われていること(その証左として、議事録が買い手に交付されていること)、重要契約の承継に関する契約の相手方の同意の取得などが含まれます。また、デューディリジェンスの過程で判明した法務・財務上の不備について、その是正が条件となることも珍しくありません。
こうした条件をクリアしていくためには、契約締結後も弁護士等の専門家と連携しながら、丁寧に準備を進めることが有用と考えます。
まとめ
会社の売却は、創業者やオーナー経営者にとって極めて重要であり、また、多くの方にとって一度限りの意思決定となるケースが多いと思われます。また、実際の取引金額も数千万円から数億円、場合によっては数十億円規模に及ぶ大きな取引となり、金額的にも非常にインパクトが大きいといえます。
このように金額的にも心理的にもインパクトの大きいM&Aについて、納得のいく取引を行うためには、各段階での判断を慎重に行い、適切なリスク管理を図ることが不可欠といえるでしょう。特に、法的リスクの見極めや契約条項の精査、交渉過程での適切な対応は、後のトラブルや損失を未然に防ぐうえで極めて重要な要素となります。
そのため、経験と知見を有する専門家の助言を得ながら、戦略的かつ計画的にプロセスを進めることが有用と考えます。
当事務所は、売り手様・買い手様双方の立場において、数多くのM&Aを支援しており、各局面に応じた適切なサポートをご提供いたします。会社売却をご検討の際は、ぜひお早めにご相談いただくことをお勧めいたします。