【弁護士解説】デューディリジェンスと表明保証条項について

執筆:弁護士 鈴木 景M&Aチーム

1.はじめに

 M&Aの場面では、買い手候補となる企業において、売り手企業のデューディリジェンスを行うことが、一般的であるといえます。
 このデューディリジェンスは、主にビジネス・財務・法務の観点から行われるもので、弁護士や公認会計士などの専門家を交えながら、一定の期間内に行われます。
 また、デューディリジェンスとは別に、最終契約の中で、売り手側に一定の事実の存在・不存在を保証させる「表明保証条項」を設けることが多くあります。
 例えば、事業が法令に違反していないことや、簿外債務・偶発債務の不存在などが、表明保証条項に記載されています。

 デューディリジェンスも、表明保証も、どちらも「会社の状態」に関するものである点で共通しています。

 すなわち、デューディリジェンスは、その実施の時点において、会社がビジネス・財務・法務の観点からどのような「状態」にあるのかを把握するために行われます。
 また、表明保証は、最終契約の締結時点とクロージングの時点における「会社の状態」について保証する旨の規定であり、通常、表明保証違反に対しては損害賠償義務が課せられます。

 このような共通点があることを考えれば、表明保証条項を最終契約で規定しておけば、デューディリジェンスを行う必要はないのではないかとも思えます。
 または、デューディリジェンスをして、会社に内在するリスクを把握したのであれば、表明保証条項は規定しなくてもよいのではないか、とも思えます。
 しかしながら、一般的には、デューディリジェンスを実施したうえで、表明保証条項も規定する、という二段構えの対応を取ることが多いのが実情です。

 今回の記事では、このデューディリジェンスと表明保証の関係性について整理してみたいと思います。

2.デューディリジェンスの目的と機能

 デューディリジェンスの目的は、大きく分けて、「取引の実行の可否の把握(ディールブレイクの要因があるかどうか)」「取引の対価に影響するような事象の把握」「取引実行後のアクションの把握」の3つが考えられます。

 一点目の「取引の実行の可否の把握(ディールブレイクの要因があるかどうか)」ですが、例えば、新たに取得することが難しい許認可の承継のためにM&Aを実施するような場合に、許認可の取得が確実に行うことができるか不安定であることが発覚した場合や、事業継続の要となる知的財産権に関して安定的に利用できる状態にないなど、M&Aを実施しようとした目的が達成できない場合には、「取引を行わない」という判断をせざるを得ないこともあり得ます。

 また、二点目の「取引の対価に影響するような事象の把握」ですが、例えば、会社の状況を精査したところ、多額の未払い残業代が確認できるような場合や、近い将来に退職金などで会社資産が流出することが予見できるような場合には、これらの金額を対価に反映する必要がある場合もあります。

 これらの事象は、表明保証条項によってはヘッジが難しい類型のリスクといえます。
 すなわち、表明保証条項は、会社の一定の状態を保証し、この保証が真実ではない場合に損害賠償請求をすることができる旨の条項ですが、これはあくまでも事後的な金銭的救済措置にすぎません。そのため、M&A取引を実行したものの目的を達成できない場合には、表明保証違反では十分な救済を得ることができません。
 また、取引実行後に予見しえない資産の流出があった場合、事案によっては表明保証条項違反に基づく損害賠償請求を行うことが可能な場合もありますが、裁判の結果、損害の範囲が限定されることもあり得ますし、そもそも相手方に資力がない場合には十分な救済を得ることができません。
 このように、事前に把握しておかなければ回避できないリスクもあり、表明保証条項だけでは不十分であるため、この観点から、デューディリジェンスは必要であるといえます。

 三点目の「取引実行後のアクションの把握」ですが、これは、例えば契約主体の変更が解除事由となっている(いわゆる「チェンジオブコントロール条項」)取引契約などがある場合には、対象会社サイドに、解除権を行使しないよう交渉していただく必要があります。
 また、解除事由となっていなくても通知義務が課せられている場合には、対象会社サイドに、相手方に通知をしていただく必要があります。
 その他にも、例えば現時点で法令に違反する可能性のある事象が対象会社に生じている場合に、取引実行後に対象会社にてその事象の是正を行っていただく必要がある場合もあります。
 これらは、対象会社に対してデューディリジェンスを実施しなければ判明しえない事象であることから、この観点からもデューディリジェンスの実施は必要であるといえます。

 加えて、デューディリジェンスは、経営判断の合理性を担保する、という目的も持ち合わせています。
 すなわち、将来の予測にわたる経営上の専門的判断に委ねられている事項については、経営判断原則に基づいて、注意義務違反の有無が判断されることになりますが、その経営判断の前提となった事実の認識に不注意な誤りがないこと、及び意思決定の過程・内容が取締役として著しく不合理でないことのいずれの要件をも満たす場合には、取締役に善管注意義務違反が成立しないと考えられています。
 デューディリジェンスにより、対象会社に対して一定の調査を行うことは、M&A取引の場面における、経営判断の前提となる事実の認識及び意思決定の過程における合理性を担保するために有用であり、その観点からも、実施が必要と考えられています。

 以上のとおり、デューディリジェンスは、「取引の実行の可否の把握(ディールブレイクの要因があるかどうか)」、「取引の対価に影響するような事象の把握」、「取引実行後のアクションの把握」という3つの機能に加え、経営判断の合理性の担保という機能も備えていると考えられます。

3.表明保証条項の目的と機能

 表明保証条項は、契約締結日及びクロージング日において、会社や売主が一定の状態にあること、又はないことを保証する旨の条項です。
 例えば、売主が対象会社の株式を適法に所有していること、実施している事業が法令に違反していないことや、簿外債務が存在しないことなどが、表明保証の対象として規定されます。
 この条項は、前提条件に組み込まれることで、表明保証に違反していないことが取引の前提となる(表明保証に違反していることが発覚した場合、買主は、取引をしないことを選択できる)、損害賠償条項の条件となることで、事後に表明保証に違反していることが発覚した場合に損害賠償の対象となる、という形で、最終契約において一定の効果を生じるための要件として規定されることになります。

 表明保証条項の法的性質については、議論があるところではありますが、「契約上定められた当事者の合意に基づく損害担保契約」と考えるのが一般的とされています。
 この場合、その要件と効果は、契約の解釈により決定されることになるため、契約における定め方が非常に重要ということになります。

 この表明保証条項ですが、その機能の一つとして、「リスクの分担機能」があるとされています。
 すなわち、表明保証条項を設定することにより、売主は、「表明保証に記載した事項について、それと異なる事実が発覚した場合のリスク」を負担し、買主は、「表明保証により前提とされていない事実が発生した場合のリスク」を負担することになります。
 このように、表明保証条項が、対象会社に関するリスクのうち売主が負担するべきものと買主が負担するべきものとを分配している点を捉えて、表明保証の「リスクの分担機能」と言われています。

 この表明保証条項があることにより、買い手としては、対象会社の状況について網羅的な調査を行う時間と費用を削減しながら、取引の実行を行うことができます。
 また、売り手としても、表明保証条項に関するリスクを引き受けることにより、買収金額を一定程度高く保持したまま、早期に対象会社を売却することができます。
 一般的に、デューディリジェンスは1カ月程度の短期間に行われることになりますが、このデューディリジェンスによっても把握しきれないリスクを、表明保証条項によって売主に分担することによって、取引を円滑に行うことができるようになるわけです。
 この点で、表明保証条項は、デューディリジェンスを補完するものといえます。

4.デューディリジェンスと表明保証条項に基づく損害賠償請求との関係

 では、表明保証条項がデューディリジェンスを補完するものであるとして、デューディリジェンスの実施により、表明保証条項に基づく損害賠償請求が制限される場合があるのでしょうか?
 言い換えれば、デューディリジェンスの実施によって買主が、表明保証条項違反を知っていた、又は知り得た場合には、損害賠償請求は制限されるのでしょうか?

 この点について言及した裁判例として、東京地裁平成18年1月17日判決があります。

 

 本裁判は、表明保証違反に基づく損害賠償が請求された事案ですが、これに対し、被告側が、当該表明保証に違反する事実を知っていたか、知らなかったとしても知らなかったことについて重大な過失があるから損害賠償義務を負わない旨を主張しました。

 

 これを受け、裁判例では、「原告が被告らが本件表明保証を行った事項に関して違反していることについて善意であることが原告の重大な過失に基づくと認められる場合には、公平の見地に照らし、悪意の場合と同視し、被告らは本件表明保証責任を免れると解する余地があるというべき」であると判示しています。
 この事案では、結果として、上記「悪意」と「重大な過失」は否定され、表明保証違反による損害賠償請求が認められましたが、上記の判示によれば、買主において、表明保証に違反する事実について、デューディリジェンスを通じて知っていた、あるいは知らなかったとしても知っていたことと同視しうるほどの場合には、表明保証条項に基づく損害賠償請求が制限されることもあり得ることとなります。

 

 他方で、前記のとおり、表明保証条項は、契約において定められた当事者間の合意に基づく規定であり、当事者の合理的意思に基づき解釈をするべきところ、裁判所の前記判示については、表明保証条項違反に基づく損害賠償請求に関し、契約上、当事者の主観が要件とされていない場合にまで当事者の主観を考慮して損害賠償請求の可否を考慮している点で、当事者の意思解釈を超えているのではないか、との指摘がされているところでもあります。

 

 とはいえ、上記のような裁判例の存在や、いまだ当事者の主観的な要件が表明保証違反の責任に与える影響について確定的な解釈が定まっていないことを考え合わせると、これらの点については契約書上で手当てをしておくことが望ましいところです。

 

5.おわりに

 本稿では、デューディリジェンスと表明保証条項について、その機能と目的、関係性について概観いたしました。
 本記事が、M&Aに関係する皆様のお役に立てましたら大変幸いです。

執筆者

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