【弁護士解説】宇宙天気と宇宙関連ビジネス

執筆:弁護士 藤村 亜弥 (宇宙・航空チーム)

1.はじめに

 NASAによる月面探査計画「アルテミス」が本格始動し、日本でも13年ぶりに宇宙飛行士選抜試験が開催されるなど、今後宇宙ビジネスは世界的に盛り上がりを見せることが予測されます。

 ここでは、人類が宇宙ビジネスを実施・検討するにあたり、不可欠な考慮要素となる「宇宙天気」の概要についてご紹介させていただきます。宇宙天気予報の推進・高度化については、総務省における令和4年9月16日付の宇宙関係予算上の施策資料でも最初に取り上げられており、今後より注目が集まる分野になると考えられます。

2.宇宙天気とは

 宇宙天気とは、太陽活動によって引き起こされる宇宙空間における天気のことをいいます。

 人類にとって太陽は不可欠な恩恵をもたらしてくれるものですが、それと同時に太陽の強大なエネルギーは人類にとって悪影響をもたらすものでもあります。

 例えば、太陽は人体に有害なX線や紫外線、高温の電離気体(プラズマ)などを放出しており、太陽風と呼ばれる電気を帯びた気体の流れが地球方向に放出された場合、その磁場の流れによっては、地球の防護壁である大気や磁場を抜けて人類の活動に大きな影響をもたらす場合があります。具体的には、人工衛星の誤作動、電気回路のショートや宇宙飛行士の被ばく問題があげられています。

 実際に、1859年に起きた観測史上最大の磁気嵐である「キャリントン・イベント」では、太陽風がヨーロッパ及び北米全土の電報システムを停止させ、通信線に火災を引き起こし、ハワイやカリブ海の沿岸等世界中でオーロラが観測される程度のものであったとされています。ほかにも、2003年10月に発生した太陽フレアでは、数十基以上の人工衛星が機能を停止・喪失させられる被害を受けました。

 太陽の活動は自然現象であり、太陽風や太陽フレアの発生自体を防ぐことは現状の人類には難しいものではありますが、太陽の活動情報を前もって知ることで、被害を最大限予防することは可能になります。そのため、宇宙関連ビジネスにおいて宇宙天気予報の存在は重要なものとなることが期待されます。

 現在、国立研究開発法人 情報通信研究機構 電磁波研究所 宇宙環境研究室(NICT)では、太陽フレア・プロトン現象・地磁気擾乱・放射線帯電子・電離圏嵐・デリンジャー現象・スポラディックE層の7項目について、予報と現況を公開しています。

3.宇宙関連ビジネスへの影響

 今後、衛星ビジネスや宇宙旅行等、宇宙ビジネスが盛んになるにつれて、太陽の活動が人類の社会生活に及ぼす影響も大きくなることが予想されます。

 現状、想定されている宇宙関連ビジネスへの影響として、NICTは以下の6つを例示しています。

                                   (「電波伝播と電離圏効果」NICT)

  1. 短波通信の障害

     航空や船舶無線、放送で使用されている短波通信は、プロトン現象により通信障害を引き起こす可能性があります。特に地震や台風などの自然災害の多い日本において、防災無線が機能しなくなることは甚大な被害を引き起こす可能性があります。

  2. 航空機の航路変更

     太陽フレアの発生により、衛星測位に誤差が生じ、無線通信が使用できなくなり、乗務員の被ばくの危険性も高まることから、航空機が航路変更を余儀なくされる可能性があります。
     特に、極航路(南極や北極などの上を通過する航路)では、大陸間の移動時間が短縮できるというメリットがある一方で、太陽の影響を受けやすいというデメリットがあるため、極域航路を迂回するなどの対応が必要になり、移動時間がずれ込むことによる機会損失も考えられます。

  3. 人工衛星の障害

     近年、世界中で多くの人工衛星が打ち上げられており、通信・放送・地球観測・宇宙観測など様々な面で人類の生活に関わっています。大気圏外にある人工衛星は、太陽活動の影響を極めて大きく受けるため、衛星内部の帯電を引き起こし、それが人工衛星の誤作動や故障の原因となります。

     人工衛星が故障した場合、通信・放送をはじめ、当該衛星が観測していた幅広い分野で影響が生じることになります。また、衛星の開発費用、運用費用、軌道にのせるまでにかかる費用は多額であるため、太陽フレアにより当該衛星が故障すると、金銭的にも大きな被害が生じることになります。

  4. GPSの誤差

     GPSを利用した衛星測位では、複数の衛星からの電波を元に位置を測定しています。太陽の活動によって衛星からの電波の受信が遅れることにより、測位についても正確な数値が測れなくなる可能性が生じます。

     その場合、私たちがスマートフォン上でGPS地図アプリが使用できなくなることに加え、カーナビが使用できなくなることにより、救急車や消防車などの人命に関わる障害が生じる可能性があります。

  5. 宇宙飛行士などの被ばく

     宇宙空間にある国際宇宙ステーションや月面・火星などで有人活動を行う場合、宇宙放射線の影響は大きなものとなります。宇宙放射線は最悪の場合生命にも関係するため、NASAでは、宇宙飛行士の放射線量を24時間体制で記録し、必要に応じて船外活動の停止やシェルターへの避難等を指示しています。

     今後、民間での宇宙旅行が進むと、民間人であっても宇宙放射線の被ばくの危険性にさらされる可能性が高くなります。民間宇宙旅行者の場合、24時間単位で体内の放射線量を測定する機会があると確定しているわけではないため、宇宙天気予報の存在がより重要なものになってきます。

  6. 送電施設のトラブル

     地磁気の乱れにより、地上の送電施設に障害が生じて停電が起こる可能性があります。現代では、日常生活のほとんどを電力に頼っているといえますので、大停電が起こった場合には、生活への支障も大きくなることが予測されます。

 近年、自動運転やドローンなど、人力のみによるのではなく機械の力を使った新しいサービスが誕生しています。そのような機械を動かすために衛星から取得するデータは不可欠であると考えられるところ、太陽活動によりそれらのデータに影響がでると、サービスへの影響が甚大なものとなる可能性があります。

4.現状の取り組み

 昨今の宇宙関連ビジネスや衛星データビジネスの盛り上がりに伴い、宇宙天気予報の必要性も高まっております。

 総務省国際戦略局宇宙通信政策課では、「宇宙天気予報の高度化の在り方に関する検討会」が開催されており、太陽活動が社会インフラへ及ぼす影響とその効果的な対処についても検討が行われています。同検討会の報告書には、「極端な宇宙天気現象がもたらす最悪のシナリオ」が掲載され、それに基づいた国家レベルの危機管理に向けた提言がまとめられています。より詳細に、宇宙天気の脅威について知ることができますので、是非ご参照ください。( https://www.soumu.go.jp/main_content/000820488.pdf

 また、同検討会では、太陽活動による社会的影響を考慮した新たな予報・警報基準の導入についても検討されています。

 現状の気象業務法では、「この法律において「気象」とは、大気(電離層を除く。)の諸現象をいう。」(第2条第1項)とされており、宇宙天気は対象外とされています。そのため、宇宙天気予報に関して新たな予報・警報基準の導入にあわせ、宇宙天気の根拠となる法整備も必要になろうかと考えています。

 GVA法律事務所でも、法的な側面から同検討会に意見を提出いたしました。弊所では引き続き宇宙天気の在り方について検討していく所存です。

5.おわりに

 以上のとおり、宇宙天気及び宇宙天気予報は、私たちの生活と切り離せないものになっていくことが予測されます。

 「最悪のシナリオ」のような大規模な太陽活動は、100年に1回程度の周期で発生するとされていますが、あくまでも自然現象でありいつ発生するか予測することは難しいものです。社会インフラへの被害を最小限に抑えることができるよう、より活発な検討が求められます。本稿がみなさまの宇宙天気に対する興味・関心の一助となりましたら幸いです。

 

 GVA法律事務所では、契約関連法務、レギュレーションのリサーチやアドバイス、その他宇宙・航空分野に関する幅広いサポートをさせていただいております。

 宇宙ビジネスの法律に関するご相談がございましたら、お気軽にお問い合わせいただければと思います。

監修
弁護士 本間 由美子
(企業法務において、幅広い分野で法務サービスを提供。 学生時代にITベンチャー企業に参画し法務部門を担当した経験有。 GVA法律事務所入所後は、分野にとらわれず様々な側面から企業の躍進と理念実現をサポート。機械学習ベンチャーの社外監査役として同社IPOに貢献。近時は、宇宙・航空チームのリーダーとして、特に同業界における法務サポートに注力。)

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