【弁護士解説】スタートアップ法務の全体像|アーリー期で対応すべき法的課題

執筆:弁護士 中牟田 智博

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1.はじめに

 前回の記事では、創業期〜シード期のスタートアップが対応すべき法的課題について解説しました。今回は、そのフェーズからさらに一歩進み、事業が本格的に立ち上がりはじめたアーリー期における法的課題を解説します。

 この時期は、採用活動の本格化、営業チャネルの拡大、そしてベンチャーキャピタル(VC)やコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)からの本格的な資金調達が視野に入ってくる段階です。それに伴い、対処すべき法的課題の幅も広がります。

 法的な課題を「後で対応しよう」「実際に問題となった際に対応すればいい」と先送りにしていると、問題が顕在化した後の対応コストは数倍に膨らむことが少なくありません。本記事を参考に、アーリー期に必要な法務対応を確認していきましょう。



2.営業の強化に応じた契約書の作成

 アーリー期は、プロダクトの市場投入が一段落し、営業活動が本格化するフェーズです。販売チャネルの多様化や外部リソースの活用が増えるにつれ、適切な契約書を整備することが事業を守る上で欠かせない対応となります。

(1)販売代理店契約

 自社の商品・サービスを代理店を通じて販売する際に締結するのが、販売代理店契約です。営業力を持つパートナーと組むことで、自社リソースを抑えながら販路を拡大できるメリットがある反面、契約内容を誤ると将来のビジネス展開を制約する可能性があります。
 特に注意が必要なのは、以下の点です。

  • 独占権の付与範囲:代理店に独占販売権を与える場合、その地域・期間・商品範囲を適切に限定しなければ、自社の直販移行や他のパートナーとの提携が困難になります。
  • 代理店の権限・業務の範囲:代理店として、契約締結権限まで保有しているのか、顧客を紹介するにとどまるのか、という点を明らかにした上で、どの業務まで代理店に行ってもらうのか、という点の線引が重要となります。
  • 競合品の取り扱い制限(競業避止条項):代理店が競合他社の商品も取り扱うことを制限したい場合、その旨を明確に規定しておく必要があります。
  • 契約解消のための条項:代理店が期待した成果を上げられない場合や、関係解消が必要になった場合に備え、中途解約条項や更新拒絶条項等を設けておくことが重要です。


(2)業務委託契約

 開発・マーケティング・デザインなど、多くの業務を外部の個人や会社に委託する機会が増えるアーリー期において、業務委託契約の整備は最優先事項の一つです。

 特に注意が必要なのは、以下の点です。

  • 成果物に関する知的財産権の帰属最も重要な事項です。
    前回の記事でも触れましたが、業務委託によって制作された成果物(プログラム・デザイン・コンテンツ等)の著作権は、原則として業務を実際に行った受託者に帰属します。契約書に権利譲渡や利用許諾に関する明確な条項がなければ、自社のコアプロダクトの権利が外部に残ったまま、という事態が生じるリスクがあります。
  • 偽装請負の問題:委託の実態が雇用に近い場合、いわゆる「偽装請負」として労働法上の問題が生じるリスクもあります。委託する業務の範囲・報酬形態などを明確にするとともに、会社が委託先に指揮命令をするものではないことを契約書で明確に定めておくことが重要です。
  • フリーランス保護法、取適法(旧下請法)への対応:委託者側がスタートアップ企業であっても、受託者が個人や一人社長であればフリーランス保護法が適用される可能性が高いです。また、一定の場合には取適法(改正前は下請法と呼びました。)も適用されます。これらが適用される場合、委託をする際ただちに取引条件を明示した書面(電磁的方法も可)を交付しなければなりません。その他にも、報酬支払期日の設定義務や、報酬減額の原則禁止などの様々な義務が課されます。



3.労務体制の整備

 採用活動が本格化するアーリー期は、労務リスクが急速に高まるフェーズでもあります。「まだ少人数だから」と労務体制の整備を後回しにしていると、未払い残業代請求や不当解雇訴訟などのトラブルに直結することがあります。


(1)就業規則等の社内規程の整理
 労働基準法では、常時10人以上の従業員を雇用する会社は、就業規則を作成し、労働基準監督署に届け出ることが義務付けられています(労働基準法第89条)。ただし、従業員数が10名未満であっても、早期に就業規則を整備しておくことをお勧めします。

 就業規則は単なる社内ルールの文書ではなく、懲戒処分や解雇を行う際の法的な根拠として機能します。就業規則に明確な根拠規定がないまま懲戒処分や解雇を行った場合、後に「無効」と判断されるリスクがあります。特に解雇が無効とされた場合、解雇期間中の賃金相当額の支払いを命じられる可能性があり、スタートアップにとって大きな経営上の痛手となります。

 就業規則のほか、以下の書類や社内規程も合わせて整備しておくことが望ましいです。

  • 秘密保持誓約書:退職者による情報漏洩リスクを防ぐために必要です。
  • 競業避止誓約書:在職中・退職後に競合他社への転職や同種事業の立ち上げを制限するために活用します。
  • 職務発明規程:従業員が業務上行った発明・創作の権利を会社に帰属させるために必要な規程です。これがない場合、従業員が生み出した技術的成果の権利が会社に帰属しないことがあります。


(2)各種協定の実施(フレックス制、裁量労働制等の導入)

 優秀なエンジニアや専門人材の確保・定着には、柔軟な働き方を支える制度が競争力の鍵となります。フレックスタイム制や裁量労働制は、従業員の自律性を高め、生産性向上にも寄与しますが、法的な手続きを正しく踏まなければ、制度として有効に機能しないどころか、未払い残業代の請求リスクを招くことになります

 各制度の導入に必要な手続きの概要は以下の通りです。

  • フレックスタイム制:就業規則への規定、労使協定の締結、および場合によって労働基準監督署への届出が必要です。
  • 専門業務型裁量労働制:対象となる業務(システムエンジニアや研究開発職等)が法律で限定されており、労使協定の締結と労働基準監督署への届出が必要です。
  • 企画業務型裁量労働制:対象となる業務および労働者の属性が法律で限定されています。対象となる労働者の個別同意、労使委員会による決議・届出が必要です。

制度設計の段階から弁護士・社会保険労務士に相談することで、手続きの不備によるリスクを未然に防ぐことができます。


管理監督者の範囲の検討

 労働基準法における「管理監督者」に該当する労働者については、残業代や休日手当などの規定が適用されません。ただし、管理監督者に該当するかどうかは、肩書ではなく、職務内容・責任と権限・勤務態様・待遇などの実態から判断されますので、「部長だから残業代は必要ない」といった考え方はできません。

 一方、スタートアップにおいては、CEO直下の組織の長と同格以上の立場にあり、経営上の重要事項に関する企画立案等を担当するものについては、その地位にふさわしい待遇がなされていれば、一般的には管理監督者に含まれるとされています。いわゆるプロジェクトリーダーなどは、これにあたる場合があります。1
 上記のような観点で、労働者の待遇の設定や、残業代などの支給の要否を判断する必要があります。


4.ストックオプションの発行

 高額な現金給与を支出することが難しい時期でも、優秀な人材を確保するために強力なインセンティブを提供したいスタートアップに適した手段が、ストックオプション(SO:Stock Option)です。ストックオプションとは、あらかじめ定められた価格で会社の株式を取得できる権利であり、将来の株価上昇による利益を従業員と共有する仕組みです。

ストックオプションの発行には税務・法務上の複雑な設計が伴います。要件の充足漏れは、後から修正できないケースが多く、発行設計の段階から専門家の関与が不可欠です。


(1)税制適格SO

 税制適格SOとは、租税特別措置法に定める一定の要件を満たすことで、税制上の優遇措置を受けられるストックオプションです。優遇措置の内容は次の2点です。

  • 給与課税(本稿執筆時点で最大55%)ではなく譲渡所得課税(一律約20%)と扱われる
  • 権利行使時には課税されず、株式を売却した時点で課税される

 権利者にとっては、特に後者の課税の繰り延べは切実な問題です。もし権利行使時に課税されてしまうと、株式の売却益が手元に入る前に、多額の課税負担を負うことになりえるからです。

 要件を一つでも満たさなければ「税制非適格」となるため、設計段階でのチェックが極めて重要です。なお、基本的に税制適格SOは社内の人材にしか付与できませんが、一定の条件(社外高度人材に対するストックオプション税制、 https://www.meti.go.jp/policy/newbusiness/stockoption.html )を満たせば、社外の人材についても付与対象に含まれます。

(2)有償SO

 有償SOとは、ストックオプション自体に適正な価格(公正価値)を設定し、付与対象者がその価格を支払って取得するストックオプションです。無償で発行される税制適格SOとは異なり、付与時に一定のコストが発生するため、受け手のコミットメントを担保しやすいという特徴があります。

 有償SOの主な活用場面としては、以下が挙げられます。

  • 税制適格SOが付与できない協力者(社外高度人材の要件を満たさない社外アドバイザー・業務委託先等)への報酬として付与したい場合
  • 税制適格SOの年間行使限度額を超える高額なインセンティブを提供したい場合
  • 特定の業績目標や株価目標の達成など、より柔軟な権利行使条件を設計したい場合

 発行条件の設計によって有償SOの「公正価値」をコントロールすることも可能ですが、公正価値の算定が適切でない場合、税務リスクが生じることがあります。設計にあたっては、公認会計士・税理士との連携が不可欠です。

 なお、税制面については、有償SOを行使し、株式を取得した際に課税は発生せず、取得した株式を譲渡した際に譲渡所得として課税されることとなります。



5.優先株による資金調達

 アーリー期以降は、ベンチャーキャピタル(VC)やコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)などから、より多額の資金調達を行うことになります。既存の株主の持株比率の希釈化を抑えつつ、必要な額の出資を受けるために利用されるのが、優先株式です。前回の記事でJ-KISSや普通株による初期調達について解説しましたが、優先株式を用いた本格的な調達では、より複雑な契約交渉が発生します。

 優先株式は、投資家に普通株式より有利な条件を付与する代わりに、より高いバリュエーションでの資金調達が可能になるというメリットがあります。一方で、条件交渉を誤ると、経営の自由度を損なうリスクも伴います。

(1)投資契約書

 投資契約書においては、発行する優先株式の内容や発行株数・払込金額などの基本事項に加え、「表明保証条項」が重要となります。表明保証とは、「紛争などの法的問題がない」「財務情報に虚偽がない」「知的財産権に問題がない」等を保証するものです。表明保証に違反があった場合、投資家から損害賠償を請求されるリスクがあります。このため、投資前に自社の法的・財務的な状況を正確に把握し、リスクがあれば適切に開示しておくことが重要です。

(2)株主間契約書

 株主間契約書は、投資家と経営株主の間の権利義務関係を定める契約です。投資家が会社の経営にコントロールを及ぼすための条項(オブザーバー権、重要事項の事前承認権など)や、共同売却権(経営株主だけが株式を売り抜けることを防止する権利)などが定められます。

 経営へのコントロール権を渡すことは、信頼できる投資家が相手であればよいですが、経営判断の機動性や柔軟性を損なうおそれも伴います。その投資家にどのような役割を期待するのかを見極めながら、慎重に設計する必要があります。

(3)財産分配の合意書

 財産分配の合意書(買収にかかる株主分配等に関する合意書などと呼ばれることもあります。)は、会社のM&AやIPO等のエグジット時に生じた対価を、投資家・経営株主の間で分配することにつき定めるものです。

 この合意書では、強制売却権(ドラッグ・アロング権)が定められることが一般的です。これは、M&Aの実行に多くの株主が賛成しているのに、少数の株主が株式を手放そうとしない場合に、強制的に売却に巻き込むための条項です。経営株主にとっても有用となり得る条項ですが、経営株主が反対しているにもかかわらず投資家がM&Aを強要できる内容にならないよう注意が必要です。

(4)優先株式の設計

 優先株式の内容として投資家に有利な条件が設定されることが一般的ですが、エグジットを見据えた場合に重要となる規定が「参加型か非参加型か」という点です。

  • 非参加型:エグジット時に、投資家は優先分配額を受け取った後、残余財産の分配には参加しません。
  • 参加型:投資家は優先分配を受け取った上で、残余財産についても持株比率に応じた追加分配を受けます。

 参加型の場合、投資家の取り分が大きくなる一方で、創業者・経営株主の手取りは大幅に減少します。現在の日本のスタートアップ投資では「1倍・参加型」のケースが多くを占めますが、あくまでも契約当事者間で交渉し決定すべき事項です。エグジット時の想定シナリオをもとに、弁護士のサポートを得ながら交渉に臨むことが重要です。



6.この記事のまとめ

 今回は、アーリー期のスタートアップが対応すべき法的課題を4つのテーマでまとめました。事業の成長フェーズに合わせて、先手を打って整備を進めましょう。

テーマ主な対応事項
営業強化に応じた契約書の作成創販売代理店契約の適切な設計、業務委託契約における知財権の帰属明確化
労務体制の整備就業規則・秘密保持誓約書・職務発明規程の整備、フレックス制・裁量労働制の適法な導入、管理監督者の範囲の検討
ストックオプションの発行利用規税制適格SOの要件充足確認、有償SOの適正な価値算定
優先株による資金調達投資契約・株主間契約の条件交渉、財産分配ルールの設計、優先株式の設計

 


7.弁護士への相談ポイント

 弁護士への相談は、「問題が起きてから」ではなく、「問題が起きる前」が原則です。特に以下のタイミングは、早期相談の効果が大きい局面です。

タイミング特に相談すべき内容
代理店・外部委託先の開拓前創販売代理店契約・業務委託契約のリーガルチェック、知財権帰属条項の確認
従業員の採用を本格化させる時業就業規則・雇用契約書・秘密保持誓約書・職務発明規程の作成
柔軟な働き方制度を導入する前フレックス制・裁量労働制の法的手続きの確認、管理監督者の範囲の検討
ストックオプション発行の検討時税制適格SOの要件確認、有償SOの価値算定・発行設計
VC・機関投資家との資金調達交渉時投資契約・株主間契約・財産分配の合意書の条件交渉、優先株式の設計

 アーリー期の法務対応は、単なるリスク回避にとどまらず、将来のIPOやM&Aを見据えた「経営の礎」を築く重要な取り組みです。「まだ早い」と思った頃が、ちょうどよい相談のタイミングです。


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  1. 厚生労働省通達(令和6年9月30日、基発0930第3号)「スタートアップ企業で働く者や新技術・新商品の研究開発に従事する労働者への労働基準法の適用に関する解釈について」 ↩︎

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