【弁護士解説】業務委託を締結する上で起こり得るトラブル事例と未然に防ぐ方法

執筆:弁護士 田中 伸二 

1 はじめに

 近年、業務の複雑化・専門化、多様な働き方が進み、事業者(会社)が外部の専門家や事業者に対して、事業者の行う業務のうち、特定の業務を委託することが増えてきています。

 事業者が業務委託を用いる理由は様々考えられますが、雇用契約においては、賃金以外にも社会保険料などの福利厚生費がかかりますが、業務委託の場合にはこれらの人件費を削減できることや、必要なときだけ専門性を有する外部人材を活用できること、が主な理由と考えられます。

(参照:周燕飛(2005)「企業別データを用いた個人請負労働者の活用動機の分析」https://www.jil.go.jp/institute/discussion/documents/dps05003.pdf

 事業者にとって、業務委託契約は、人件費を抑えながら、専門性の高い業務等を行う人材を効率よく確保できるため、業種を問わず広く利用されています。

 このように様々な業種において広く利用されている業務委託契約ですが、業務委託契約に関する理解が不十分であったり、契約内容や実施方法に関して不明瞭な点があったりすることで、トラブルに巻き込まれてしまうことが往々にしてあります。

 本記事では、一般的な業務委託契約の内容から、事前に対応しておくべき事項や、具体的なトラブル事例、対処法などについて、弁護士の視点からできる限り分かりやすく解説していくことを目的としています。

 なお、システム開発紛争に特化した解説を行っている弊所の記事もございますので、ご参照下さい。(【弁護士解説】連載:システム開発紛争の基本問題(1) 請負契約と準委任契約の区別の判断要素について(前編)

 

2.業務委託契約とは

 私人間の契約関係に適用される民法には、「業務委託」契約という名称の契約については規定されていません。そこで、一般的に「業務委託」契約については、民法に規定されている「請負」契約(民法第632条)または「準委任」契約(民法第656条)(弁護士などに法律行為を委託する場合には「委任」契約となります(民法第643条))のいずれの契約に該当するかが問題となるとされています(請負契約と準委任契約の違い、請負契約と準委任契約のどちらであると判断されるかという判断要素については、コチラの記事で詳細に解説されていますので、ご参照ください。(【弁護士解説】連載:システム開発紛争の基本問題(1) 請負契約と準委任契約の区別の判断要素について(前編)

 民法においては、「業務委託」契約が規定されていませんが、一般的に、事業者(個人・法人両方を含む。)が、自己の行う業務内容について、外部の第三者(個人・法人の両方を含む。)に対して委託する契約のことをいいます。

 この点、事業者と発注事業者間の業務委託に関して主として個人事業主の保護について定めた法律ではありますが、「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」において「業務委託」とは、

①「事業者がその事業のために他の事業者に物品の製造(加工を含む。)又は情報成果物の作成を委託すること。」(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律第2条第3項第1号)

②「事業者がその事業のために他の事業者に役務の提供を委託すること(他の事業者をして自らに役務の提供を受けさせることを含む。)。」(同項第2号)

のいずれかに該当するものをいうと定義されているのが、参考になります。(参照:特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(フリーランス・事業者間取引適正化法等)(令和5年度法律第25号)、https://www.mhlw.go.jp/content/001101537.pdf

3.業務委託契約書に記載すべき事項

 業務委託契約書に特に記載すべき事項としては、以下の通りとなります。

記載すべき事項

記載すべき事項の内容

委託業務の内容

 業務内容については、役務の提供などの行為を契約の目的としているのか、成果物の納品などを契約の目的としているのか、業務委託契約の性質が問題となることがあるため、業務の性質について、準委任型・請負型、またはその両方の性質を含む混合型のいずれであるかを明記する必要があります。
 また、委託者側からすると、委託業務の内容に「付随関連する一切の業務」を定めることも考えられます。他方で、受託者側からすると、上記のような定め方ですと、業務が広範になるため、できるだけ業務内容を特定することが必要となってきます。

個別契約の定め

 契約締結の段階では、具体的な作業内容や仕様等について明確に決めることができない場合もあるため、別途の個別契約において、業務の具体的内容、作業期間、委託料・費用、支払方法、支払期限などについて定めることにより、フレキシブルに対応することができるようになります。
 委託料の支払を定める場合には、行われる取引の内容および事業者間の資本金の額により、下請代金支払遅延等防止法(以下「下請法」といいます。)の規制対象となる場合があります。規制対象となる場合には、「給付を受領した日」または「役務提供委託の場合は、下請事業者がその委託を受けた役務の提供をした日」から起算して、60日の期間内において支払期日を定めることとされています(下請法第2条の2第1項)。そのため、締結する業務委託契約が下請法の規制対象となっていないか、注意が必要となってきます。

仕様等

具体的な役務提供の方法や成果物の作成についても、当事者間において齟齬がないように、書面により仕様等を指定する必要があります。
 また、業務を行っていくなかで、仕様等の変更に伴う契約条件の変更が必要となってくる場合もありますので、協議をベースに仕様等の変更を行うことができるように規定するとよいでしょう。
 指定された仕様等の内容自体に過誤があった場合に、委託者と受託者どちらに責任があるのか、責任の所在を明確にすることも必要となってきます。

成果物にかかる権利の取扱い

 納品される成果物自体に生じる知的財産権や委託業務遂行の過程において生じた知的財産権について、委託者と受託者のどちらに権利が帰属するのか明確にする必要があります。
 知的財産権の一つである著作権は、法の一般原則によると、原則として著作者に帰属しますので、受託者に権利が帰属することとなります。そのため、委託者に帰属すると規定する場合には、著作者に認められる著作者人格権を行使しない旨の規定を定めることが必要となってきます。

再委託

 法の一般原則によると、請負型の場合には原則再委託が可能ですが、準委任の場合には委託者の承諾を得ることが必要となってきます(民法第656条、第644条の2第1項)。
 そのため、再委託を禁止する場合にはその旨、請負型の場合におきまして、事前承諾を得た場合に限り受託者による再委託を認める場合には、事前の書面による承諾が必要である旨、また、受託者の再委託先との連帯責任を明記することなどが考えられます。

秘密保持義務

 委託業務を行うにあたり、委託者・受託者の双方において営業上又は技術上の情報などを相手方に開示することがあります。
 この場合に、上記の情報を第三者に対して開示できないように定める必要があります。
 秘密情報として保護したい情報の範囲について規定することや、法令上開示義務が生じる場合であっても、相手方に対して事前通知を行う義務を規定したり、契約が終了した場合や相手方からの要請時に秘密情報の返還・破棄を行う義務を定めることが必要となってきます。

4.よくある業務委託契約におけるトラブル事例8選と防止法・対処法

⑴ 業務委託契約書を作成していない

 主に、受託者側のトラブルとなりますが、契約書を作成しておらず、実際に業務を行ったにも関わらず、報酬の支払を拒否されるという事例があります。

 このような場合には、契約書がないことから、報酬の支払を受けることは難しいですが、「営業の範囲内において他人のために行為をしたとき」には、「相当な報酬」の支払を求めることができるため(商法第512条第1項)、委託者との間でのメールなどのやり取りログなど、実際に業務を行っていたことを示す証拠を収集したり、契約は当事者の合意で成立するため、委託者からの委託の申出と、受託者からの申込みの了承を示すことができるやり取りログなどの証拠を収集することが重要となってきます。

⑵ 業務内容の不特定

 業務内容が不特定であったことから、委託者と受託者における行う業務内容の認識にズレがあり、委託者の側としては受託者の行った業務が不十分であるのに業務に応じてくれず、契約の目的を達成することができないといったことや、また、受託者の側としては業務を行ったにもかかわらず、業務が不十分であり、契約の履行を十分に行っていないとして追加の作業を求められることがあります。

 業務委託契約書において定めることは勿論必要ですが、契約を締結する時点においては、詳細業務内容についての規定をもうけることが難しい場合もあると思います。

 そのような場合には、業務を細分化した上で、各業務の具体的な業務内容について記載した個別の契約書を取り交わすという方法もあります。

⑶ 報酬の支払

 報酬の支払について、トラブルが起こることがあります。

 委任型において、報酬を請求するには、特約が必要とされています(民法第648条第1項)。

 そのため、報酬に関する規定を定めることが必要となります。

 また、請負型においては、仕事の結果に対して報酬を支払うこととされています(民法第632条)。

 そのため、成果物について、どのような状態であれば、仕事が完成したといえるのか、ということを定めていない場合には、委託者の側から仕事が完成していないから報酬は支払うことはできないと、報酬の支払を拒否されるという事例があります。

 仕事の完成やどのような成果物を納品すれば報酬の支払を受けることができるのか、という点を具体的に定めることも大事ですが、それに加えて、委託料の金額、支払期限、支払方法等について契約書に明示的に定めることも重要となってきます。

 なお、上記の記載すべき事項においても述べましたが、行われる取引の内容および事業者間の資本金の額により、下請法の規制対象となる場合がありますので、この点についても注意が必要となります。

⑷ 業務の完了

 業務委託契約においては、何をもって委託業務が完了したといえるのか、トラブルになることがあります。

 そのため、成果物の納品などが必要となる業務委託契約の場合には、業務委託契約書において、委託者の定める検査基準に従い検査を行い、検査に合格したときには、検収が完了し、これにより委託業務が完了したとする規定を定めることが重要となってきます。

⑸ 権利の帰属(知的財産権)

 上記の記載すべき事項においても述べましたが、納品される成果物自体に生じる知的財産権や委託業務遂行の過程において生じた知的財産権について、委託者と受託者のどちらに権利が帰属するのか、問題になる場合があります。

 このような場合に、著作権について委託者に帰属すると定める場合には、著作権のみを委託者に帰属するとするのではなく、翻訳権、翻案権(著作権法第27条)及び二次的著作物の利用に関する原著作者の権利(著作権法第28条)を含んだ権利についても帰属する旨定めることが必要となってきます。

⑹ 偽装請負

 業務委託契約として締結しているにもかかわらず、実態として労働者派遣に該当する場合には、偽装請負にあたるとされています。

 労働者派遣とは、「自己の雇用する労働者を、当該雇用関係の下に、かつ、他人の指揮命令を受けて、当該他人のために労働に従事させること」(労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律第2条1号)をいいます。

 そのため、受託者が雇用する労働者が委託業務を行う場合において、委託者が直接指揮命令を行うことは偽装請負となります。

 偽装請負であると指摘を受けないためにも、指揮命令をしなくてもすむように、受託者が行う委託業務の内容について、具体的に定めることが必要となってきます。

⑺ 中途成果物の帰属

 業務委託契約が期間途中で終了した場合における中途成果物が、委託者と受託者のどちらに帰属するのかというのが問題になる場合があります。

 このような場合に備えて、業務委託契約書において中途成果物の取扱いの規定を定め、また、委託者に中途成果物が帰属する場合には、受託者としては、対価の支払を受けることができるようにするために、対価を支払うことを条件に中途成果物を引渡すとの規定を定めることが必要となってきます。

⑻ 成果物の第三者の権利侵害

 業務委託契約において、受託者が委託業務の遂行過程において、第三者の知的財産権などを侵害したとして、第三者から損害賠償請求などをされるなどの紛争が生じることがあります。

 そのため、委託者側としては、受託者に対して、一切権利侵害を行っていないことを保証することを求めたり、紛争が生じた場合には、受託者の責任と費用において、紛争を解決するとの規定を定めることが必要となってきます。

5.業務委託契約のトラブル事例を事前に防止する方法

⑴ 契約書のリーガルチェックを弁護士に依頼すること

 まずは、業務委託契約書の作成の段階から、弁護士によるリーガルチェックを受けることが重要になってきます。

 業務委託契約書を作成する際に、市販の雛形やインターネット上にある雛形を利用することがあるとよく聞きます。

 一から作成することは難しいため、雛形を利用することが一概に良くないということはできませんが、業務委託契約の内容は各事業者によって内容は千差万別といえます。

 そのため、弁護士などの法律の専門家に対して、行うことを考えている業務委託契約の内容、委託者であるのか受託者であるのか、といった内容を伝えて、それぞれの業務委託契約の内容に適した業務委託契約書をカスタマイズして作成することで、事前に紛争の予防をすることができます。

⑵ 協議条項を規定すること

 委託者・受託者の定例会議の開催や、受託者に対する報告義務を契約の内容として、密接なコミュニケーションをはかること、業務の進捗について報告を受けることにより、委託者と受託者との間の委託業務内容に関する齟齬を解消することが重要となってきます。

 コミュニケーションをはかることにより、例えば、業務の進捗状況を把握することができ、成果物の納品期日に間に合うのか否か、委託者側としても納品に間に合わないというのが事前に分かることで納品期日について変更するなどの対応をとることも可能になります。

 定例会議の開催などにつきましては、上記トラブル事例としても記載しました、偽装請負と捉えられないように、直接指示命令を行うのではなく、あくまでも対等な関係による会議を行うことを意識しましょう。

⑶ 具体的な業務内容ごとに契約を締結すること

 契約締結段階において、業務の個別具体的な内容が決まっていないにもかかわらず、業務委託契約が締結される場合もあります。これにより、契約内容が不十分であり、上記トラブル事例が生じてしまうということがあります。

 契約締結段階において、具体的な契約内容を詰め切れていない場合には、その時点において決まっている契約内容について、段階ごとに業務を行っていくような形にして、個別契約書や注文書をその都度交わして行っていくという方法も考えられます。

6.既にトラブルが起きてしまっている場合はどうすれば良いか?

⑴ トラブルが起きてしまった場合の初動対応

 上記で解説しましたトラブル事例以外のトラブルが発生することも考えられます。

 その際に当事者間で話し合うのも大事ですが、話合いが平行線となり、トラブル解決の糸口が見えてこない場合も多くあります。

 そのような場合には、業務委託契約書を取り交わしている場合には当該契約書などの資料を持参して、すぐに弁護士に相談しましょう。

⑵ トラブルを終わらせるための流れ

 トラブルの解決方法としては、弁護士が代理人となり、相手方と任意交渉を行うことや、民事訴訟を提起することが考えられます。

 また、弁護士に依頼することで、業務委託契約書に記載されていない事項についても、法の一般原則によるとどのような主張を行うことができるのか、幅広く検討することができ、広い解決策の提案を受けることができる場合もあります。

 そのため、トラブルが起きてしまった場合には、できるだけ速やかに弁護士に相談することをおすすめします。

7.法律相談でスピーディーな解決と防止を

 弊所では、起きてしまったトラブルへの対応は勿論、同じトラブルが起こらないように契約書のリーガルチェック、契約レギュレーションの提案などを行っています。

 新規の方は、初回30分無料で法律相談を承っていますので、不明点やご相談がある場合には、お気軽にホームページよりお問い合わせください。

監修
弁護士 森田 芳玄
(都内の法律事務所にて主に企業法務に携わったのち、2016年GVA法律事務所入所。現在は、企業間紛争、労務、ファイナンス、IPO支援、情報セキュリティ法務を中心としたさまざまな企業法務案件に携わる。情報処理安全確保支援士。ITストラテジスト。システム監査技術者。)

執筆者

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