1.はじめに
近年、第三者委員会という言葉を目にする機会が多くなりました。従来は組織の不祥事が発覚した場合には、組織内部で調査の上、必要に応じた措置や対策を講じるのが一般的だったと思います。
しかしながら最近は、不祥事についてのステークホルダーに対する説明責任がより重視されるようになり、会社内部の調査では調査の客観性を確保できないとして、より中立な立場での調査を求められることが多くなりました。そこで、組織内部での調査であったとしても外部の専門家が参加したり、完全に外部の専門家だけで構成される第三者委員会による調査が期待されるようになりました。
また、IPO(新規株式公開)を検討する企業においては、上場審査を進めるに際して企業における法令遵守(コンプライアンス)の状況やその体制についても厳しく審査されることになりますが、かりに企業内部において過去に法令遵守に疑義が生じるような事象がある場合には、当該事象についての適法性について客観的な評価を行う必要があります。その場合にも外部の専門家による調査としての第三者委員会が活用されることが広まっています。
本稿では、日本弁護士連合会(日弁連)の「企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン」(以下「日弁連ガイドライン」といいます。)を踏まえた第三者委員会の運用のポイントについて解説したいと思います。
2.第三者委員会が必要とされる背景
第三者委員会とは、明確な定義があるわけではないのですが、組織から独立した外部の専門家のみによって構成される委員会形式の調査形態を指すものとされます。最近ではとくに日弁連のガイドラインに準拠して行われるものを指すのが一般的です。
上述のとおり、これまでは組織の不祥事が発生した場合、組織内部での調査を踏まえて対応するのが一般的であったと思われます。しかしながら近年、組織(とくに会社)は、たんに自社の利益を追求するのみではなく、株主、投資家、消費者、取引先、従業員、債権者、地域住民などといったすべてのステークホルダーに対する責任ある行動をとることも求められる(企業の社会的責任:CSR)という考え方が広く浸透してきています。それゆえ、不祥事が発生した場合にたんに自社内だけで調査して終わりにするのではなく、客観的な調査を行ったうえでそれをステークホルダーに説明する責任が求められることになりました。
また、SNS等の発達により、企業不祥事に対する無責任な対応は瞬時に拡散することになり、そこで形成される批判的な世論が、企業業績や企業の信頼に深刻かつ致命的な影響を及ぼすリスクが格段に高まっている中で、第三者による客観的な調査とその公表が不可欠になってきています。
以上のような背景もあり、組織とは関係のない外部の第三者のみで構成される調査形態としての第三者委員会が益々注目されるようになったものと思われます。
3.内部調査委員会と第三者委員会の違い
基本的には、外部の委員のみで構成されているのが第三者委員会であり、組織内部の役職員も構成員に入っているのが内部調査委員会とされています。ただ、近年では、外部の専門家のみで構成されていても、日弁連ガイドラインに完全に即したものを「第三者委員会」と称し、日弁連ガイドラインに一部のみ準拠したものは「特別調査委員会」(外部調査委員会)などと呼ばれる例もあります。
・内部調査委員会の特徴
内部調査委員会は、規模が小さい不祥事、組織内部の不祥事で対外的な影響の軽微な不祥事などの場合に向いています。
① 内部の役職員を構成員(の一部)とするので迅速に組織しやすい
② コスト面でも第三者委員会よりも抑えることができる
③ 調査結果を公表することはあまり想定されていない
・第三者委員会の特徴
規模が大きい不祥事、対外的な影響の大きな不祥事などの場合に向いています。
① 組織外の専門家のみで構成されるので調査の客観性が確保できる
② コスト面では内部調査委員会よりも高くなる
③ 調査結果を公表することが前提となっている
4.不祥事が見つかった場合の第三者委員会運用のフロー
(1)どのような調査組織形態とするかの検討
不祥事が発覚した場合、まずはその状況をできる限り正確に把握することになります。そのうえで、その事案の性質と、上記のような内部調査委員会、第三者委員会の特徴などを踏まえてどのような調査組織とするべきか検討することになります。その際には顧問弁護士などの専門家に助言を求めることも考えられます。場合によっては、日弁連のガイドラインには一部準拠しない形での特別調査委員会とする選択肢もあり得ると思います。
(2)構成員の選定
第三者委員会は、組織外部の委員のみで構成されることが原則ですので、取引関係のない弁護士や会計士などの専門家から選定することになります。したがって、顧問弁護士は基本的には第三者委員会の委員にはならないことと解されていますが、過去に一度でも取引関係があった場合には不可、というわけではないとされています。また、社外役員は必ずしも委員になってはならないとされておらず、むしろ委員になることが適切な場合もあり得ます。
(3)調査対象・計画等の指針の策定
第三者委員会が組織されると、つぎに調査対象や調査期間などを第三者委員会と調整することになります。調査対象(範囲)については、不祥事の起きた組織側としては狭く設定しがちですが、それだとステークホルダーの理解が得られない(逆効果になる)こともあり得ます。したがってステークホルダーの納得が得られる適切な調査範囲の設定が重要となります。調査の過程で当初設定した調査対象の範囲を広げる必要性が生じることも十分にあり得ます。
その意味では、今回問題となっている不祥事と類似する過去の事象に対しても調査を及ぼすべき場合もありますし、場合によっては親会社や子会社などのグループ会社全体をも対象とすることが適切な場合もあり得えます。
調査期間は事案の軽重により決められることになるかと思いますが、例外的な場合を除いてあまり長すぎるのは適当ではなく、3か月くらいが一つの目安となるのではないかと思われます。
(4)第三者委員会による調査の実施
第三者委員会の場合には、基本的には委員会に調査を全面的に委ねられることになり、組織側は関与できません。ただし、組織の方で事務局を設置したり、委員会の求める資料などの手配や役職員をヒアリングする場合の調整などをすることはむしろ積極的に要請されることになります。
(5)第三者委員会による調査報告書の作成
調査報告書の作成についても第三者委員会の裁量に委ねられています。したがって、原則として、事前に委員会が作成している報告書を組織側が確認したうえで不都合な内容を変更することを要請するなどということは当然のことながら認められません。
(6)調査結果・提言の報告とそのフォロー
第三者委員会から、その調査結果と今後の再発防止策などの提言に関する報告を受けることになります。
その後、その再発防止策を実行に移す段階についてのフォローを第三者委員会の委員(の一人)が行うかどうかについては、事前事後の取決め次第になりますが、必ずしも禁止されるものではないとされています。
5.第三者委員会運用の留意点
・そもそも不祥事が起きた場合には第三者委員会(日弁連のガイドラインに完全に準拠した方式)を採用しなければならないか?
上述のとおり、不祥事の性質や規模に応じて内部調査委員会と第三者委員会は選択的に採用するべきであると考えます。また、日弁連のガイドラインに一部準拠しない特別調査委員会という選択肢もあります。
ただし、日弁連のガイドラインに準拠していないのに「第三者委員会」と呼ぶのは、ステークホルダーの誤解を招きかねないため避けるべきです。
・第三者委員会の構成員はどのような人物を選定すればよいか?
第三者委員会の場合、3名以上の委員を選定するものとされています。また、複数の弁護士を選定する場合には、それぞれ異なる事務所に所属する弁護士を選定するのがよいとされています。規模の大きな案件の場合には4名以上とすることも検討するべきです。
事案の性質により、弁護士のほか、学識経験者、ジャーナリスト、公認会計士などの専門家が加わることが望ましいとされていますが、それらに限られるものではなく、また先ほど述べたとおり、社外役員も必ずしも選任できないというわけではないとされています。
・第三者委員会の報酬はどのように決められるか?
日弁連ガイドラインによると、時間制を原則とするとされています。成功報酬型の報酬体系は、組織の期待する調査結果を導こうとする動機につながりやすいためとされています。
・第三者委員会の調査にはどのように協力すればよいか?
事務局の設置をする、委員会の求めに応じて必要な資料を速やかに提供する、役職員のヒアリングの調整を行うなどが考えられます。また、調査対象となる資料が破棄されたり隠匿されたりしないように、そのような行為を行った場合には懲戒処分の対象となり得ることを周知するべき場合もあります。
・第三者委員会の調査報告書はインターネット上で公開する必要があるか?
第三者委員会の報告書であったとしても必ずしもインターネットで誰もが見られるように公開することまでは求められていません。開示対象とするべきステークホルダーは、ケースバイケースで判断されるものとされています。
ただ、上場企業の有価証券報告書の虚偽記載や、製品の品質問題のような不特定多数の消費者に影響を及ぼすような不祥事の場合には、インターネット上での全面的な開示が適切であるものとされています。
・第三者委員会の調査報告書は一部非開示とすることはできるか?
公的機関による捜査や調査に支障を与える可能性がある場合や、関係者のプライバシー、営業秘密の保護等の必要の場合には、一部非開示とすることも認められます。ただし、非開示とする理由を開示しなければならないとされています。
なお、調査報告書の作成者はあくまで第三者委員会なので、委員会の意向を無視して非開示とすることは許されず、委員会との調整が必要となります。
・第三者委員会にパワハラの調査を依頼するにあたり、併せて責任追及の判断もお願いしたいができるか?
第三者委員会はあくまで事案の客観的な究明とその評価を調査することが目的の組織であるため、関係者の法的責任追及を直接の目的としていません。そのため、関係者の法的責任追及は別組織とすべき場合が多いとされています。
・調査対象の事象に関連して訴訟が提起された。引き続き調査委員会の委員の弁護士に訴訟代理人を依頼できるか?
利益相反に該当する可能性があるほか、第三者委員会の中立性に反することになることから基本的には依頼することは適当でないものと解されています。
・会社が取締役の責任追及をしたいと考え、第三者委員会の委員とは別の弁護士に依頼して訴訟提起をする予定であるが、その際に第三者委員会の収集した資料を提供してもらえるか?
元々会社にあった資料を利用することは可能ですが、第三者委員会が調査の過程で収集した資料等については、原則として第三者委員会が処分権を専有するとされています。したがって、提供してもらえないと考えていた方がよいと思われます。