【弁護士解説】連載:起業時の法的課題とその対応方法 第2回 -実例で学ぶスタートアップ法務

執筆:弁護士 田中 伸二メタバース / エンターテインメントチーム




1.はじめに

 新たなビジネスを立ち上げる際、多くの起業家が直面するのが「法的な問題」です。画期的なアイデアをもとに事業を開始しても、法規制に抵触したり、法的なトラブルに遭遇したりすると事業の発展に障害となります。本連載では、弁護士に寄せられた相談をもとにした架空の事例を通じて、起業家が遭遇しがちな法的課題と、それを乗り越えるための具体的な対応方法をご紹介します。

 後編となる今回は、法人の設立や資金調達、事業運営中に発生し得るトラブルなど、事業の開始以後に気を付けたい法的課題について解説します。

※下記の事例は、実際の相談をもとにしていますが、取り上げるビジネスモデルは架空のものであり、実在の人物や企業とは何の関係もありません。


2.事業の開始(法人の設立)

 前編でビジネスモデルの適法性をクリアした元アスリートのA氏は、弁護士に次のように相談しました。

 「いよいよ会社を設立して事業を開始したいです。会社を設立するためには何をすればいいですか。」

(1)会社を設立する際に必要な事項

  1. 定款認証
     会社を設立するには、まず会社の「定款」を作成する必要があります。定款とは、会社の基本的なルールを定めたもので、いわば「会社の憲法」です。
     記載すべき事項は会社法で定められています。また、定款を作成後、公証役場において、公証人による認証を受けなければなりません。
  2. 設立登記
     会社は、法務局で「設立登記」を行うことによって、法的に存在が認められます。株式会社の場合、設立登記を申請するためには、発起人による出資、設立時取締役の選任、印鑑登録といった手続を完了させ、必要書類を法務局に届け出る必要があります。
  3. 株式に関する取り決め
     仮に、A氏が友人B氏と2名で会社を設立し、株式を50%ずつ保有するケースを考えてみましょう。実は、この株式の持ち方は非常に危険です。 会社の最高意思決定機関である株主総会は、原則として過半数の賛成(重要事項の場合は3分の2以上)がなければ議決できません。そのため、株式を50%ずつ持ち合う設計をした場合、どちらか一方が反対しただけで会社の意思決定が完全にストップしてしまう、いわゆる「デッドロック」の状態に陥るリスクがあります。さらに、もしB氏が会社を去った場合、経営に関与しない人物が議決権の半分を保有し続けるという事態にもなりかねません。
     このような事態を防ぐために、以下の二つの対応が必要となります。
    1. A氏の持株比率を高く設定しておくこと
      持株比率は、最初の定款認証の時点で決定しておく必要があります。例えば、A氏が67%以上の議決権を保有していれば、単独でほとんどの株主総会決議を成立させることができ、事業運営のスピードと安定性が確保されます。将来、資金調達や新たな役員の参加によって自身の持株比率は低下していくのが一般的であり、一度低下した比率を上げるのは困難です。そのため、創業者は初期段階でできるだけ高い持株比率を確保しておくことが、長期的な経営の安定につながります。
    2. 創業者株主間契約を締結すること
      B氏が会社を辞める際には、保有する株式をA氏に譲渡するよう、あらかじめ契約で定めておくことが重要です。その理由は、たとえ少数株主であっても経営に無関係な人物が議決権を保有することは不安定要素となること、そして将来の資金調達の際に投資家への株式付与の障害になりうること、が挙げられます。創業者株主間契約を締結しておくことで、事業運営の安定性を高め、資金調達の自由度も確保できます。

3.事業の拡大(資金調達と雇用)

 事業計画が固まったA氏は、弁護士に次のステップについて相談しました。

 「事業を拡大するために、投資家から資金を調達し、従業員を増やしたいと考えています。」

(1)資金調達のときに必要なこと

  1. 資金調達の方法と留意点
     資金調達の方法は、大きく分けて銀行などからの「融資(デット・ファイナンス)」と、株式や新株予約権の発行による「出資(エクイティ・ファイナンス)」があります。スタートアップが事業を成長させていく上では、エクイティによる資金調達が重要な選択肢となります。
     エクイティ・ファイナンスを検討する際は、以下の点が重要です。
    1. 基本的な条件の交渉
      資金調達額の基準となる一株当たりの価値(株価)や、経営権を維持するために何%の株式を投資家に付与するかを慎重に検討する必要があります。
    2. 経営権を過度に制限する契約条件の回避
      投資家との投資契約交渉では、投資家が自らに有利な取締役選任権や拒否権などを要求することがあります。創業初期の段階で過度なコントロール権を投資家に与えると、その後の迅速な意思決定に悪影響を及ぼす場合が少なくありません。

 これらの交渉を弁護士がサポートすることで、将来におけるM&Aや上場(IPO)を見据えた適切な契約内容にすることが可能となります。

  1. 優先株式の設計
     より多くの資金を調達するため、投資家に対して通常より多くのリターンを約束するなど、特別な権利を付与したいわゆる「優先株式」を発行することがあります。優先株式は会社法の範囲内で多種多様な設計が可能であり、会社の状況と投資家のニーズに合わせて最適な種類株式を設計する際にも、弁護士が専門的な知見を提供します。
  2. 登記
     エクイティ調達により新たに株式を発行した場合、法務局での変更登記が必要です。商業登記は司法書士に依頼することが一般的ですが、投資契約の交渉から登記申請までを弁護士が一貫してサポートすることで、スムーズな手続が実現できます。

(2)従業員を増やすときに必要なこと

 事業が拡大するにつれて、業務委託契約ではなく、従業員を直接雇用する必要性も高まります。

  1. 雇用契約と知的財産権
     雇用契約を締結する際は、労働基準法をはじめとする各種法令の遵守はもちろんですが、長期的な視点では「従業員が生み出した知的財産権の帰属」が極めて重要になります。
     従業員が行った発明や創作に関する特許権等は、法律上、当然に会社のものになるわけではありません。これらの権利を会社に帰属させるためには、雇用契約書や就業規則において、その旨を明確に定めておく必要があります。また、権利を会社に帰属させるだけでなく、発明などで功績のあった従業員には公正な対価を支払う仕組みを整備することも、従業員の開発意欲を維持する上で不可欠です。
  2. 社内規程の整備
     常時10人以上の従業員を使用する会社は、労働基準法に基づき「就業規則」を作成し、労働基準監督署に届け出る義務があります。
     また、勤務態度の悪い従業員などに対して懲戒処分や解雇を行う場合、就業規則にその根拠となる規定があり、かつ規定に定められた厳格な手続を踏む必要があります。適切な手続を経ずに行われた処分は後に無効と判断されるリスクがあり、特に解雇が無効とされた場合は、解雇期間中の給与相当額の支払いを命じられる可能性があります。
     弁護士は、就業規則をはじめとする各種規程の作成から、それらの規程に則った具体的な労務対応まで、幅広く相談に応じることが可能です。


4.事業運営で生じるトラブルと対応

(1)取引先とのトラブル

 A氏は、ある日、困った様子で弁護士に相談に来ました。

 「サービスの新機能の開発を外部の会社に発注していましたが、完成前に開発が頓挫してしまいました。仕方なく他の会社に改めて発注したため、開発の遅れと追加費用で多大な損害が出ています。損害賠償を請求したいです。」

 このようなトラブルが発生した場合、いきなり訴訟を提起するのではなく、段階的な対応を取ることが一般的です。まず、弁護士に相談して法的な論点を整理した上で、当事者である会社間で交渉を行います。それで解決しない場合は弁護士が代理人として任意交渉を行い、最終的に訴訟などの法的手続に進むことになります。

 また、取引先とのトラブルはどのような会社でも起こり得るため、トラブル発生を予防する観点から、契約によるリスクヘッジが何よりも重要です。市販の契約書ひな形をそのまま使うのではなく、取引の実態に合わせてカスタマイズされているか、自社に不利な条項はないかなど、契約を締結する前に弁護士にリーガルチェックを依頼することが最も効果的な予防策といえます。

(2)誹謗中傷への対応

 元アスリートとして知名度のあるA氏は、新たな問題に直面しました。

 「『A氏は現役時代から反社会的勢力との繋がりがあった』という根も葉もない噂をインターネット上に書き込まれてしまいました。ユーザーや取引先からの問い合わせが鳴りやまず、非常に困っています。書き込みを削除させ、できれば損害賠償も請求したいです。」

 このような誹謗中傷は、経営者の知名度が高かったり、事業が成長したりするほど、風評被害の影響が大きくなります。

  1. 初動対応:証拠保存
     裁判手続を利用して書き込みを削除するためには、権利侵害の事実を裁判所で立証する必要があり、証拠の保存が何よりも重要です。
    1. 保存形式
      「印刷が不鮮明」などの理由で再提出を求められる場合に備え、紙への印刷とデータ(PDF等)の両方で保存します。
    2. 保存内容
      単なるスクリーンショットだけでは不十分な場合があります。投稿日時、投稿者名、投稿内容、添付画像などを漏れなく保存し、その投稿があったウェブサイトのURLも必ず記録しておく必要があります。
  2. 削除請求の手続
     ウェブサイトの管理者やサーバー会社に対し、主に以下の3段階で削除を求めていきます。
    1. 任意の削除請求
      まず、裁判外で弁護士が管理者に対し、該当する投稿の削除を求める交渉を行います。
    2. 削除仮処分命令申立
      相手方が任意での削除に応じない場合、弁護士が裁判所に迅速な削除を求める「仮処分」を申し立てます。
    3. 削除請求訴訟
      仮処分が認められない場合などは、弁護士が裁判所に削除を求めて正式な訴訟を提起します。
  3. 損害賠償請求の手続
     投稿者に損害賠償を請求するには、誰が投稿したのかを特定する必要があります。そのため、削除請求とは別に、裁判手続である発信者情報開示請求や非訟手続である発信者情報開示命令等によって発信者本人を特定することが必要になります。
     以下は、各プロバイダに対して発信者情報開示請求を行った後、投稿者本人に対して損害賠償請求を行う場合の流れとなります。
    1. IPアドレスの開示請求
      まず、サイト管理者などに対して、投稿に使われたIPアドレス等の開示を求めます。
    2. 契約者情報の開示請求
      次に、開示されたIPアドレスを元に、携帯電話会社などの接続プロバイダに対して、投稿者の住所・氏名といった契約者情報の開示を求めます。
    3. 損害賠償請求訴訟
      投稿者が特定できたら、その人物を被告として損害賠償請求訴訟を提起します。

 発信者情報開示請求には、プロバイダが通信記録(ログ)を保存している期間という時間制限があります。例えば、国内の主要携帯電話会社のログ保存期間は約3ヶ月とされており、X(旧Twitter)ではIPアドレスの開示が直近60日以内に限定される傾向にあります。裁判手続にかかる時間も考慮すると、投稿からごく短期間(場合によっては2週間〜2ヶ月以内)で手続を開始する必要があるため、経験豊富な弁護士のサポートが不可欠です。 なお、削除請求に特化した解説を行っている弊所の記事もございますので、ご参照下さい(【弁護士解説】削除請求の基本)。

(3)一般民事

 事業が軌道に乗ってきたA氏は、プライベートな問題についても弁護士に相談しました。

 「近々結婚を考えています。最近、某二刀流選手が婚前契約を締結したと話題になりましたが、私も締結した方がよいのでしょうか。」

 婚前契約とは、結婚後の財産管理の方法や、万が一離婚した場合の財産分与などについて、結婚前に夫婦となる男女間で締結する契約です。

 経営者にとって特に重要なのが、離婚時の財産分与における「株式」の取扱いです。婚前契約がない場合、婚姻中に価値が上昇した資産は、それが経営する会社の株式であっても、原則として夫婦で2分の1ずつ分け合う財産分与の対象となります。これにより、離婚によって元配偶者に会社の株式の一部を強制的に手放さなければならなくなる可能性があり、経営に関与しない人物が大株主となるリスクが生じます。

 こうした事態を防ぐため、婚前契約によって株式を財産分与の対象から除外しておくことは、経営の安定にとって非常に重要です。また、投資家の観点からも、経営株主の離婚は潜在的な経営リスクと見なされるため、婚前契約を締結しておくことは資金調達の面でも有利に働く可能性があります。

 このように、婚前契約や、従業員の横領(刑事事件と、被害弁償を求める民事の損害賠償請求)、事業所の賃貸借トラブルなど、一見会社経営とは直接関係ないように思える「一般民事」の問題も、経営に大きな影響を及ぼすことがあります。社内に法務担当者がいても、こうした幅広い分野に対応するのは困難な場合が多いため、いつでも相談できる弁護士を確保しておくことは、会社の重要な経営基盤といえます。

5.まとめ

 前編・後編を通じて、起業家が直面しうる様々な法的課題とその対応方法について解説しました。

 ビジネスモデルの適法性検討から、会社の設立、資金調達、日々の事業運営で発生するトラブル対応まで、事業のあらゆる段階で法的な視点は不可欠です。

 事業計画の初期段階から弁護士と連携することで、リスクを未然に防ぎ、トラブルが発生した際にも迅速かつ適切に対応することが可能になります。

 弊所では、多数のスタートアップの顧問として、会社設立から新規ビジネスの立ち上げ支援、新規ビジネスのローンチ、IPOといったスタートアップ支援に取り組んできた経験と知見を活かし、この度、これから新規ビジネスを始めようと考えている、あるいは既に始められている現役アスリートの方や引退されたアスリートの方に向けて、よりご利用いただきやすい法律顧問プランとして、『アスリートビジネスサポートパック』をご用意しておりますので、ご興味のある方はご覧ください。

 
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