【弁護士解説】連載:起業時の法的課題とその対応方法 第1回 -実例で学ぶスタートアップ法務

執筆:弁護士 中牟田 智博メタバース / エンターテインメントチーム




1.はじめに

 新たなビジネスを立ち上げる際、多くの起業家が直面するのが「法的な問題」です。画期的なアイデアをもとに事業を開始しても、法規制に抵触したり、法的なトラブルに遭遇したりすると事業の発展に障害となります。本連載では、弁護士に寄せられた相談をもとにした架空の事例を通じて、起業家が遭遇しがちな法的課題と、それを乗り越えるための具体的な対応方法をご紹介します。

 前編となる今回は、ビジネスモデルの検討段階で対応するべき法的規制について解説します。

※下記の事例は、実際の相談をもとにしていますが、取り上げるビジネスモデルは架空のものであり、実在の人物や企業とは何の関係もありません。


2.事例:元アスリートA氏のマッチングサービス

(1)起業の背景

 元アスリートのA氏は、引退を機に培った人脈と知名度を活かしてビジネスを始めることを決意しました。A氏が着目したのは、コーチングを必要とするチームとアスリートとのミスマッチ問題です。

 現役アスリートは、競技によってはオフシーズンに収入が大幅に減少するため、一時的にコーチとして働きたいニーズも多く存在します。また、引退後も継続的にコーチとして活動したい元アスリートも少なくありません。その一方で、人手不足に悩むチームや部活動では、質の高いコーチを見つけることが困難な状況にあります。

(2)検討中のビジネスモデル

 A氏が弁護士に相談したサービスの概要は以下のとおりです。

  1. ユーザー登録:コーチを募集する一般ユーザーと、コーチを行うことを希望するアスリートがそれぞれサービスに登録する。
  2. マッチング:一般ユーザーがコーチ募集を掲示し、アスリートが応募することでマッチングが成立する。
  3. 継続契約:長期的なコーチ依頼の場合、ユーザーとアスリートが直接契約を締結し、直接に決済する。
  4. 単発契約:短期的な依頼の場合に利用できるサービス内通貨として、ポイントを発行する。一般ユーザーが事前にポイントを購入し、依頼の完了後にアスリートにポイントで支払う。アスリートはポイントを現金化して収入とする。

なお、この事例のように事業の運営を検討されているアスリートの方などには「アスリートビジネスサポートパック」をご用意しておりますので、ご興味のある方はご覧ください。
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3.なぜスタートアップにとってコンプライアンスが重要なのか?

 上記のビジネスモデルには、後述のとおり、実は適法性の観点でいくつかの問題点があります。しかし、A氏は「新しいサービスなので、とりあえず始めてみたい」と考えていました。

 確かに、まずは事業の成長に集中したいスタートアップが、時間とコストを割いてまで法規制に向き合う意義はどこにあるのか、というのはもっともな疑問です。ここでは、適法性の確保が事業の成長に与える影響について説明します。

(1)資金調達への影響

 投資家は事業の将来性を評価する際、あらゆる要素を検討のうえ投資判断をしますが、そこには当然にコンプライアンスの観点が含まれます。法的リスクが明確でない事業に対しては、投資判断が慎重になり、資金調達の機会を逃す可能性が高まります。

(2)レピュテーションリスクの回避

 新サービスが多くのユーザーを獲得すればするほど、法的問題が発生した際には会社の評判に悪影響となります。特にA氏の場合、アスリートは一般的に清廉なイメージがあり、また知名度も高い傾向にあるため、法的問題がSNS等での炎上につながるリスクがあります。

(3)M&Aや上場への備え

 起業家が直面する法的課題には、「後回しにしても取返しがつく問題」と「初期から対応しておかないと取返しのつかない問題」があります。これらの問題を見極めるにあたっては、弁護士などの専門家の意見を聴くことをお勧めします。

 「取返しのつかない問題」が最終的に顕在化するのは、M&Aや上場のときです。M&Aの際には、違法な事業や、必要な許認可または権利を保有していない会社は、買取価格を下げられ、場合によっては買収判断を見送られることになります。また、上場の際には証券取引所等の厳格な審査をクリアしなければならず、法的な問題のために上場を延期または断念するケースもあります。


4.潜在的な法的リスクの分析

 弁護士による検討の結果、A氏のビジネスモデルには、以下の法的リスクが存在することが判明しました。

(1)労働法の適用リスク

 単発のコーチ業務であっても、実質的にチームとアスリートとの間の雇用関係と判断される可能性があります。その場合、労働基準法、労働契約法、労働者災害補償保険法等が適用されることにより、気軽にコーチングスキルを提供できるというサービスの手軽さが損なわれ、ユーザー側にも労災保険料の負担が生じます。

(2)職業紹介事業の規制

 雇用契約の成立を仲介する行為は「職業紹介」に該当し、有料職業紹介事業として厚生労働大臣の許可を受ける必要があります。また、職業紹介に関して受け取る手数料にも所定の上限等の規制や、名義貸しの禁止、転職推奨の禁止など、様々な規制に気を配らなければなりません。

(3)前払式支払手段の規制

 サービス内での決済に利用できるポイントシステムは、資金決済法に定める「前払式支払手段」に該当する可能性があります。これに該当すると、財務局長への登録・届出や、発行済みポイント残高に応じた供託金の預け入れ義務が生じる場合があります。

(4)資金移動業の規制

 ユーザーがポイントを購入し、それを通じてアスリートに報酬を支払い、アスリートがポイントを現金化できる仕組みは、資金決済法が定める「為替取引」に該当する可能性があります。これに該当する場合は内閣総理大臣の登録を受ける必要がありますが、登録を受けるためには財産面・社内体制面で高いハードルがあり、現実的に新興企業が登録を受けられる可能性は低いです。



5.適切なサービス設計への道筋

(1)サービス設計上の課題の整理

 上記の規制はビジネスモデルの根幹にかかわるものであり、仮にサービスを開始してから対応を開始しようとすると、事業の成長にとって大きなロスにつながります。これを回避するため、初期のサービス設計の時点で、以下の点をクリアする設計が必要となります。

  1. 単発契約が雇用契約に該当しない仕組みの構築
  2. 継続契約の仲介が職業紹介に該当しない設計
  3. ポイントが前払式支払手段に該当しない仕組み、または規制の適用を回避できる設計
  4. 決済システムが為替取引に該当しない設計

(2)弁護士ができる具体的サポート

 上記の例のように、新規事業には複数の法令が複雑に絡み合う場合が少なくありません。専門家による事前のチェックにより、法的リスクを早期に特定し、実現可能な代替案を検討することで、ビジネスの成功と安定的な成長の基盤を築くことができます。

 具体的には、弁護士は下記のようなサポートをすることが可能です。

①適法性リサーチ

 政府の解釈指針、法案起草者による条文解説、判例等を総合的に調査し、また実務上の細かい論点等については規制担当官庁の所感を探ることで、適法なサービス設計の方向性を提示します。


②制度の活用

 前例のない新しい事業の場合、リサーチを行っても、法規制の適用範囲に含まれるのかどうかが明確にならないことも少なくありません。そのようなときには、グレーゾーン解消制度やノーアクションレター制度など、所管官庁に対して正式に照会を行う制度を活用することも選択肢の一つです。



6.まとめ

 起業を検討されている方は、ぜひ事業計画の初期段階から弁護士にご相談ください。法的知見を活用することで、より実現可能性の高いビジネスモデルの構築をサポートいたします。

 次回は、法人の設立や資金調達など、事業の開始以後に気を付けたい法的課題について解説します。

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