【タイ リーガルコラム】海外への出向(2)

【タイ リーガルコラム】海外への出向(2)

弁護士 藤江 大輔/Daisuke Fujie

弁護士 靏 拓剛/Takuma Tsuru

 

【タイ リーガルコラム】海外への出向(1)へ

 

日本の企業が、例えばグループ内のタイ法人や、提携先タイ企業に、従業員を出向させるケースは数多く、出向の法律関係についてきちんと理解しておくことは重要です。そこで、今回は、前回に引き続き、タイへの出向について取り上げていきます。前回は出向までの社内手続についてまとめましたので、今回は、出向期間中の労働契約関係がどうなるか、どのようなことに気をつけなければならないかについて説明します。

 

出向者の労働契約関係

出向は、従業員(出向者)が自分の雇用先の企業(出向元)に在籍したまま、他の企業(出向先)の従業員となって、出向先との間でも労働契約関係に入って業務に従事することを言います。そのため、出向期間中には、
■出向者と出向元
■出向者と出向先
という2つの労働契約関係が同時に生じます。

 

ただし、この2つの契約関係は、重複するわけではありません。おおまかに言えば、
■労務提供に関するものは出向先と契約関係
■労務提供に関するもの以外については出向元との契約関係
に、分別されることとなります。

 

タイに従業員を出向させる場合を想定して、これを就業規則の適用関係に置き換えるとすると、概ね、以下のような振り分けでルールが適用されることとなります(以下、出向元を「日本法人」、出向先を「タイ法人」と想定して話を進めます)。
■業務を行う場面に関連する事項(服務規律、勤務管理など)はタイ法人の就業規則
■それ以外(退職、出向元への復帰など)は日本法人の就業規則

 

もっとも、具体的な場面で、日本法人とタイ法人のどちらのルールが適用されるかについて、臨機応変に判断していくのは難しいものです。そこで、一般的には、出向に先立ち、日本法人とタイ法人が、これについて協議し、その内容を出向契約に定めておきます。また、法人同士の契約が直接的に従業員にも適用されるわけではありませんから、その内容をきちんと説明したうえで承諾を得ておくことになります。

 

ただし、たとえ出向契約を締結し、出向者の承諾を得ていたとしても、その内容が、出向者にとって極めて不利なものであったり、出向の本質(籍を残したまま他社で一時的に就労させる)や具体的な就労の実態と乖離するようなものであったりすると、後々、トラブルとなったときに、予想外の事態に陥ることにもなりかねません。

 

そのため、出向契約を締結する場合は、出向者の不利益の程度、出向の本質や実態と一致しているか等について、前述のおおよその基準を前提として、出向元と出向先の労働条件の違いを踏まえつつ、検討する必要があります。以下では、そのいくつかの労働条件について概観しておきます。

 

 

賃金について

まず、出向者にとって最も関心が高いのが、賃金についての取り決めです。基本給、各種手当や賞与といった賃金については、日本法人が払うとすることも、タイ法人が払うとすることも、いずれもあり得るところです。したがって、日本法人とタイ法人のどちらが賃金を支払うかは、基本的には、出向契約で事前に決定しておくべき事項になりますが、以下のとおり、注意しなければならないことがあります。

 

まず、出向期間中に支払う賃金については、その支払義務者を日本法人とタイ法人のいずれとするにせよ、その支給基準や項目は、できる限り出向者の賃金に不利益な変更を生じさせないためにも、日本法人の賃金規程によることを原則とすべきです。また、タイ法人での賃金の内容が、日本法人で就労を継続した場合よりも低下するときには、その差額を日本法人が補填して支払うことが原則になるでしょう。この点、現実的には、出向者には生活のための現地通貨が必要ですので、日本法人とタイ法人の双方から賃金支給を受けるという運用が多いように思います。

 

次に、出向者からすると、籍が日本法人に残っている以上、「日本法人が賃金についてきちんと責任を持ってくれているはずだ」と期待するのが通常です。そのため、賃金不払などのトラブルがあった場合には、タイ法人だけでなく、日本法人も紛争に巻き込まれて責任を問われる余地があります。したがって、タイ法人で支払われる賃金額や従業員の就労状況等について定期的に確認して、トラブルを予防する運用が望ましいところです。

 

また、賃金の基準が日本法人ルールであるならば、割増賃金の支給率についても、日本法人の基準によることが原則であると考えられます。しかし、タイ国の法令(労働者保護法)上、割増賃金支給率は、時間外労働については1.5倍以上、休日労働については2倍以上、休日時間外労働については3倍以上で計算すべきこととされており、日本の法令(労働基準法)で定められている割増賃金支給率よりも高い割合となっています。

 

一般論として法律で定められた割増賃金の支給率は、当事者の合意によって勝手に変更することができない性質のものです(強行法規)。したがって、いくら日本法人の基準によって割増賃金の支給率を計算すべきとはいえ、タイ国内の労働については、タイの基準を下回って計算することには、リスクがあると考えるべきでしょう。いくら日本法人、タイ法人、出向者との間で明確に合意していたとしても、後々割増賃金に関するトラブルが生じたときに、裁判所がタイの労働保護法を適用し、その支給率に従って割増賃金を算定する可能性があるためです。

 

 

労働時間・休日・休暇について

労働時間、休日、休暇は、いずれも労務提供に関する事項なので、タイ法人の規定に従って処理されるのが原則です。したがって、タイへの出向の場合、当然ながら、タイ国における労働時間、休日、休暇のルールについてきちんと把握しておくことが重要です。

 

タイの労働者保護法では、法定労働時間は、1日8時間、週48時間が上限とされており、休日は、原則として1週間あたり1日以上とされています。有給休暇は、勤続1年以上の従業員に対して年6日以上与えることとされており、日本よりも低い下限が設定されています。そのため、タイのルールをそのまま適用してしまうと、休日の減少(労働時間の増加)や有給休暇の減少という点において、出向者にとって不利益になる可能性があります。そこで、出向者については休日や有給休暇の日数を増やして不利益自体を減らすことや、補償により金銭的に不利益を解消することを検討しておく必要があります。場合によっては、出向命令自体が無効とされる可能性がありますので、注意してください(詳しくは、2020年5月1日付のコラム【海外への出向(1)】をご参照ください)。

 

 

安全配慮義務について

安全配慮義務は、労務提供に関連して使用者に課せられる義務なので、原則として、出向者が労務提供する相手であるタイ法人が負うことになります。タイ国の法令(労働安全・衛生・環境法)でも、使用者には、従業員が安全で衛生的な労働形態及び労働環境にあるように監督すべき義務や、従業員が生命、身体、精神及び健康衛生上の危険にさらされないようにすべき義務が課せられています。この義務に違反して従業員が怪我をしたり精神疾患を発症したりした場合、タイ法人は、民事上の損害賠償責任等を負います。

 

もっとも、日本法人は安全配慮義務から完全に解放されるわけではなく、一定の範囲内で引き続き安全配慮義務を負っているという考え方があることには注意しておくべきです。つまり、主としてタイ法人が安全配慮義務を負っているにしても、日本法人もその責任を問われる余地が残ります。そのため、タイ法人での業務が過重なものでないか、タイ法人の労働環境や労務管理に問題がないか、タイ法人のヘルスケア体制が整っているかなどは、日本法人側から積極的に確認し、出向者の安全を守るため臨機応変に行動していかなければなりません。

 

 

服務規律及び懲戒について

労務提供がタイ法人でなされる以上、服務規律及び懲戒などに関するルールは、原則としてタイ法人のルールが適用されることとなります。

 

なお、タイでも、就業規則で服務規律(懲戒事由)と懲戒処分の内容を定めておくのが一般的です。それゆえ、出向者がタイ法人の服務規律違反行為に及んだ場合、タイ法人は出向者に対して、タイ法人の就業規則の定めに従い、懲戒処分を行うことができます。また、タイ法人での服務規律違反行為が日本法人における一定の懲戒事由(例えば、名誉や信用の毀損)に該当する場合には、日本法人も、日本法人の就業規則の定めに従い、従業員に懲戒処分を行うことができます。

 

ただし、同一の理由により日本法人とタイ法人が二重に懲戒処分を行うことは、過重な処分となってしまう可能性がありますので、実際の場面では、日本法人とタイ法人が協議し、どちらかだけが懲戒処分を行うようにするなどの調整を図る運用が望ましいと思われます。

 

 

役員出向の場合

出向者がタイ法人の役員となるいわゆる役員出向の場合は、タイ法人の従業員となる通常の出向と異なり、タイ法人との契約関係は労働契約関係(雇用契約関係)ではなく、委任契約関係となります。つまり、通常の出向のように二重の労働契約関係が生じることはなく、タイ法人が出向者に対し労働法上の権利や義務を負うことはありません。

 

役員出向期間中の賃金の支払については出向契約で定めるのが通常であり、その場合に少なくとも日本法人での賃金額を確保すべきことは通常の出向と異なりません。ただし、タイ法人から全部又は一部の支払をする場合、その支払は正確には「賃金」ではなく「報酬」の支払となります。そして、役員報酬の支払をするためには、日本の会社法上もタイの民商法典上も、株主総会の決議が必要とされていますので、株主総会の決議を経て報酬について決定されているか事前に確認しておく事が必要です。

 

労働時間、休日や休暇については、役員は従業員ではないので、原則として、タイにおいても労働法による保護の対象とはなりません。ただし、出向者にとって不利益とならないよう配慮すべきことは、通常の出向の場合と同様です。

 

服務規律や懲戒については、タイ法人での役員としての業務執行(委任事務の処理)が、日本企業への労働でもあるという見方ができますので、日本企業との関係において懲戒事由がある場合に、日本企業が懲戒処分を行うことは可能と考えられます。

 

 

まとめ

以上、今回は、海外に出向期間中の労働契約関係について、重要な点を幾つかピックアップして整理しました。出向中の労働契約関係をどのようにするかは、企業のみならず出向者にとっても極めて重要な事項です。それゆえ、タイで適用される労働法令、文化の差異や出向者のタイでの生活環境等を調査すること、その調査を踏まえて出向者に不利益とならないような設計をすること、出向者に対してきちんと説明して承諾を得ておくこと、日本法人とタイ法人が適宜連絡を取り合って問題等を共有できる状態にしておき、実際も定期的に連絡を取り合って問題等を共有していくことが重要です。リソースの問題もありますし、出向が必要となってから出向が行われるまでの期間が短いことも多いと思いますので、完璧な準備をしておくことは大変かもしれません。特に調査やこれに基づく設計は、いざ出向を命じる段階となってから進めるのでは間に合わない可能性もあります。後々トラブルが生じることを予防し、現にトラブルが生じたときの被害を最小限に抑えるためには、できる限り早期から、できる限りの準備を進めておくことが望ましいです。なお、次回は、海外への出向(3)として、出向中の保険関係等について整理したいと思います。

 

 

以上

 

タイのサービス詳細はこちら