【タイ リーガルコラム】海外への出向(1)
〜出向を命じる場合の注意点〜

【タイ リーガルコラム】海外への出向(1)〜出向を命じる場合の注意点〜

弁護士 藤江 大輔/Daisuke Fujie

弁護士 靏 拓剛/Takuma Tsuru

 

 

タイを含むアジアで働く日本人の多くが、日本本社から命令を受けて、出向者としてタイ法人で勤務している方々です。そこで今回は、タイ現地法ではなく、日本において従業員を海外に出向させるときに気をつけるべきことを取り上げてみようと思います。今回は出向に関する第1回として、出向を命令するまでの社内手続で気をつけるべきことについて説明します。適切な社内手続が履践されていなければ、出向を命じても無効とされ、損害賠償責任等を負うことにもなりかねませんので、十分な注意が必要です。

 

第1 出向とは

1 出向とは

前提として、出向とは、従業員が自社(出向元)に在籍したまま、他の企業(出向先)の従業員や役員となって相当長期間にわたってその出向先の業務に従事することをいいます。
海外出向のみならず、出向を行う目的としては、一般的に、企業グループ内の人事交流、グループ企業の指導、従業員の教育訓練等が多く見られます。

 

2 出向と転籍の違い

「転籍」も出向と同様、従業員が他の企業の業務に従事することとなります。しかしながら、自社との労働契約が継続するかどうかという点で出向との間に違いがあります。
つまり、転籍が、自社と従業員の労働契約を終了させるものである一方、出向は、前述のとおり、自社と従業員の労働契約を存続させたままとするものです。

 

3 労働者派遣との違い

次に、「労働者派遣」も出向と同様、従業員が自社に在籍したまま、他の企業での労働に従事することとなります。しかしながら、従業員と他の企業との間に労働契約が成立するかどうかという点で出向との間に違いがあります。
つまり、労働者派遣では、他の企業(派遣先)と従業員との間に労働契約は成立しない一方、出向では、他の企業(出向先)と従業員との間に労働契約が成立し、従業員から見れば二重の労働契約を締結している状態となります。

 

4 出向を命令するためには

出向は、転籍や労働者派遣と類似しますが、自社との間で労働契約が存続するか、出向先と従業員との間に労働契約が成立するかという点で、これらと異なります。
そして、出向を命令するためには、会社に出向を命令する権限があること、及び、出向の命令が権限濫用に当たらないことが必要です。

 

 

第2 出向を命令する権限があること

1 出向についての規定や同意の必要

出向は、企業間の人事異動であり、従業員に対して、労働条件や労働環境等の変更という重大な影響を及ぼします。
したがって、明示的な根拠がない限り、従業員に対して出向を命じることはできません。就業規則や労働協約に出向を命じることがある旨の規定がきちんと設けられているか、又は、採用時等に従業員からその旨の同意をきちんと得ていなければ、出向を命じることができないのです。

 

2 規定が具体的なものである必要

もっとも、就業規則や労働協約に、単に「業務上の必要がある場合、従業員に出向を命じることがある。」といった包括的な規定が設けられ、又は、従業員からこのような内容の包括的な同意を得ていれば十分かというと、そうとは限りません。 出向元と出向先の関係、出向による労働条件等の変更の内容や程度、出向の期間といった様々な事情を考慮した結果、このような包括的な規定や同意では不十分とされる可能性があります。
特に、海外への出向の場合、たとえ出向先がグループ企業であるとしても、従業員の労働条件や労働環境ばかりでなく、生活環境にまで大きな変化が生じることになります。 それゆえ、海外への出向を命令するためには、包括的な規定や同意では足りないと考えておくべきです。少なくとも、就業規則や労働協約で、予想される出向先、出向先での地位や労働条件(の概要)、出向期間、復帰等についてできる限り詳細に定めておくことや、採用時等にできる限り詳細な説明をおこなったうえで同意を得ておくことが重要となります。

 

3 役員出向の場合

なお、従業員としてではなく役員として出向させる場合、一般に、従業員と出向先とは委任契約関係となり、役員としての様々な責任も生じますので、従業員への影響や負担がより大きなものとなります。
そのため、就業規則等の定めや採用時の同意だけではなく、出向を命令する前に、出向先、出向先での地位や報酬等の待遇、責任の内容や程度、出向期間、復帰等について詳細な説明を行ったうえで個別的に同意を得ることが必要であると考えておくべきです。

 

4 就業規則に海外出向に関する規定がない場合

就業規則に海外出向に関する規定がない場合、新たに規定を追加すること(従来から存在していた国内への出向に関する規定を変更することも含みます。)が考えられます。 しかしながら、会社が自由に規定を追加することはできません。従業員と規定の追加について合意するか、または、規定の内容が合理的である必要があります。
また、従業員と合意するにしても、一般的に従業員の会社に対する交渉力が弱いことからすれば、ただ合意があればよいというわけではありません。その合意が、従業員の自由な意思に基づいてされたということを裏付ける客観的な事情が要求されます。そして、不合理な内容の規定に自由な意思に基づいて合意することは考えにくいため、結局、従業員と合意するにしても、規定内容の合理性は必要だと考えておくべきです。
規定内容の合理性は、労働条件、労働環境や生活環境の変化等により従業員の受ける不利益の内容やその程度、業務上の必要性、規定の相当性、従業員(労働組合)との交渉の状況などの様々な事情を考慮して決定されることとなります。
したがって、海外出向に関する規定を追加するときには、従業員と十分な意見交換をしつつ、業務上の必要性に見合っており、従業員への不利益をできる限りなくしたものとすることが重要となります。
もちろん、新たに規定を追加したときには、規定追加後の就業規則について従業員にきちんと周知させなければなりません。

 

 

第3 出向の命令が権限濫用でないこと

次に、いくら出向を命令する権限が会社にあるとしても、出向の命令が権限濫用に当たる場合には、出向の命令は無効となり、損害賠償等の責任を負うリスクが生じます。
そして、権限濫用に当たるかどうかは、業務上の必要性やその程度、対象となる従業員を人選する基準の合理性、その基準の実際の運用上の合理性、労働条件や生活環境等についての従業員の不利益の有無やその程度、出向させるまでの手続の相当性等の様々な事情を考慮して決定されることとなります。例えば、業務上の必要性が乏しい場合、人選に合理性がない場合、従業員に対して著しい不利益を及ぼす事となる場合等には、権限濫用であると判断されてしまうのです。
したがって、実際に出向を命令する際には、恣意的な判断に陥ることなく、業務上の必要性や従業員の不利益について十分に検討するとともに、きちんとした基準や手続に従って行わねばなりません。

 

 

第4 まとめ

以上のとおり、従業員に対して出向を命じるためには、適切な根拠に基づき、適切な手順を踏んで進めていく必要があります。
特に、タイを含む海外出向の場合は、国内への出向よりも従業員に与える影響が極めて大きいので、万が一、従業員との間で海外出向をめぐるトラブルが生じたときには、より厳しい目で見られかねませんから、なおさら慎重に進めていかなければなりません。
そのためには、できる限り詳細な出向に関する規定を設け、海外出向がありえることやその概要について従業員が十分に予想しうる状態にしておくこと、従業員への不利益を可能な限りなくした内容にしておくこと、誰を出向させるかについての合理的な選定基準を合理的に運用していくこと等が重要となります。
そして、何よりも心がけておくべきなのは、たとえこのような規定や基準があるとしても、一方的に海外出向を命令するのではなく、出向を命令する予定の従業員に対して事前に懇切丁寧に説明し、従業員の疑問や不安を解消して納得を得ておくことであろうと考えられます。

 

出向命令を出すこと1つをとっても、そこには上記のような法的な検討事項が隠れています。次回は、海外への出向(2)として、海外出向中の労働関係がどうなるかについて取り上げようと思います。

 

 

以上

 

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