遺伝子分析ビジネスを取り巻く法制度(後編)

遺伝子分析ビジネスを取り巻く法制度(後編)

弁護士 鈴木 景

 

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■ 遺伝子検査と法律・規制


前回のコラムでは、遺伝子検査を巡る世の中の流れや抱えている社会的な問題点について説明してきました。 では、遺伝子検査の場面では、どのような法律や規制が関わってくるのでしょうか?今回は法的課題について説明します。

 

 

1.医師法

そもそも、遺伝子検査は、個人の遺伝子の検査を行い、病気のなりやすさを判定することから、「医師でなければ、医業をなしてはならない。」とする医師法17条に抵触しないか、遺伝子検査が「医業」に該当する「診断」に該当し、医師でなければできないのではないか、という点が問題となります。

 

この点については、遺伝子検査の内容によって以下のとおり考えられています。

①診察・検査によって得られた患者の様々な情報を、確立された医学法則に当てはめ、疾患の名称、原因、現在の病状、今後の病状の予測、治療方針等について判断を行い、患者に伝達をすることは、診断に該当し、医師でなければできない。

②消費者の遺伝子型とともに疾患リスク情報を提供する遺伝子検査ビジネスにおいて、「多因子疾患のみ」を対象としており、かつ、学術論文等の統計データと検査結果を比較しているにすぎない場合には、診断には該当せず、医師でなくてもできる。

 

このように、医師でない事業者が遺伝子検査ビジネスを行おうとする場合には、上記②の要件を満たすことが必要となります。

 

 

2.倫理指針

人のゲノムデータや遺伝子は、その人を構成する、いわば「設計図」であり、まさに「その人自身」といっても過言ではありません。また、遺伝的な形質を分析することにより、その人に連綿と受け継がれる遺伝的素因を明らかにする側面もあります。
このような側面から、ゲノムデータや遺伝子を軽々に扱うことは、その人自身の尊厳や名誉、プライバシーを侵害し、さらには、人種や出自による差別を助長することにもなりかねないことから、ヒトゲノム・遺伝子解析研究に従事する研究者等が守るべき倫理指針が定められています。
内容は多岐にわたりますが、特に以下の点には留意する必要があるでしょう。

 

①インフォームドコンセント

DNAの検体等の試料を提供してくれる方に対し、十分な理解が得られるよう、必要な事項を記載した文書を交付して説明を行わなければなりません。

 

②遺伝情報の開示

遺伝子解析のための試料の提供者が、自らの遺伝情報の開示を希望している場合、原則として開示しなければならないとされています。
また、提供者の同意がない限り、提供者の遺伝情報を、提供者以外の人に対し、原則として開示してはならないとされています。

 

③遺伝カウンセリング

提供者に対し、必要に応じ、適切な遺伝カウンセリングを実施し、場合によっては適切な施設を紹介するなどして、提供者やその血縁者が遺伝カウンセリングを受けられるように配慮する必要があります。

 

④匿名化と適切な管理

社外に提供する場合はもちろんのこと、社内であっても、ゲノムデータや遺伝子の解析を行う研究部門に試料や情報を提供する際、原則として匿名化をする必要があります。
また、試料や遺伝情報を安全かつ適切に管理することも必要とされています。

 

 

3.個人情報保護法及び遺伝情報ガイドライン

ゲノムデータやゲノム情報の取扱いについては、個人情報保護法と遺伝情報ガイドラインに定められています。
個人情報保護法は、個人情報の取扱い一般について規制している法律で、遺伝情報ガイドラインは、遺伝情報を用いた事業を行う場合に遵守するべき事項を定めているものです。
以下、それぞれについて見ていきましょう。

 

(1)個人情報保護法

 

①個人情報該当性

ゲノムデータ、すなわち塩基配列を文字列で表示したもの、については、それが唯一無二であり、かつ終生不変のものであることから、指紋等と同じく、特定の個人を識別できるものであるとして、個人情報に該当するとされています。
したがって、事業者が消費者から入手したゲノムデータについては、個人情報として管理する必要があります。

 

②要配慮個人情報該当性

個人情報保護法では、人種、信条、社会的身分、病歴等、その取扱いによって差別や偏見等の不利益が生じるおそれがある個人情報を「要配慮個人情報」として定義し、通常の個人情報よりも厳格な取り扱いを定めています。
具体的には、要配慮個人情報については、通常の個人情報とは異なり、
・取得にあたって、原則として本人の同意を得ることが必要。
・第三者提供にあたり、オプトアウト(本人の求めに応じ提供を停止する取扱い)は不可。
といった制限が課せられています。

 

遺伝子検査の結果がこれに該当するか、という点ですが、医療機関を介さないで行われた遺伝子検査により得られた本人の遺伝型、すなわちゲノムデータと、その遺伝型の疾患へのかかりやすさに該当する結果、すなわちゲノム情報は要配慮個人情報に該当する、と考えられています。

 

したがって、ゲノムデータ・ゲノム情報のいずれも要配慮個人情報として、上記の規制に服することとなりますので、取扱いには注意が必要です。

 

(2)遺伝情報ガイドライン

ゲノムデータやゲノム情報の取扱いについては、遺伝情報ガイドラインも遵守する必要があります。
内容としては、倫理指針で定められていることと重複する部分もありますが、遺伝情報ガイドラインについて、特に留意すべきポイントを紹介します。

 

①インフォームドコンセント

個人の遺伝情報を取得するにあたっては、事前に本人に、取得目的や、事業の意義、目的、分析の方法や精度等、ガイドラインで定められている事項について、十分に説明したうえで、本人の文書による同意を受けることが必要とされています。
個人情報保護法では、個人情報の取得に際して、取得目的を通知すれば足りるとされておりますが、遺伝情報ガイドラインでは、通知では足りず、本人の同意が必要であるとされている点に注意が必要です。

 

②匿名化

個人遺伝情報の取扱いについては、情報の漏洩、滅失、毀損の防止等の安全管理のために必要な措置を講じる必要があります。
そして、その際、DNAが含まれている試料等については、取得後速やかに「匿名化」をする必要があります。
「匿名化」とは、特定の個人を識別できる情報の全部または一部を取り除くことによって特定の個人を識別できないようにすることをいいます。取得した試料等について、DNAを構成する塩基配列が含まれないような状態になれば、匿名化されたものとされています。

 

③第三者提供の原則禁止

個人の遺伝情報について、原則として、第三者提供をしてはならず、例外的に、適切かつ明確な目的や試料の取扱い方法等についてインフォームドコンセントを得た場合には、第三者提供も可能とされています。
また、個人の遺伝情報については、オプトアウトの方法による第三者提供はできないものとされています。

 

④検査等の質の確保

遺伝子検査を実施する事業者は、遺伝情報の検査、解析、鑑定等を行うにあたって、分析的妥当性や科学的根拠等の確保に努めることとされています。

 

 

4.品質確保のための法律・規制

遺伝子検査では、検査内容がセンシティブであり、被験者の生活スタイルに大きな影響を与え得るものであることから、検査の品質(分析的妥当性、臨床的妥当性、臨床的有用性)を確保する必要があります。
検査の品質は、大きく分けて「検査機器の品質」と「分析技術の品質」の2つに分けられます。
「検査機器の品質」については、「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」(いわゆる「薬機法」といわれている法律)によって規律されています。
一方で、「分析技術の品質」については、日本臨床検査標準協議会が策定した「遺伝子関連検査に特化した日本版ベストプラクティスガイドライン」の他、確固たる法律がないのが現状です。
遺伝子検査については、検査の品質のみならず、検体の採取方法や保存条件、結果の解釈の質といった、様々な要素を総合的に確保することが必要であり、未だ制度設計も発展途上といえるでしょう。

 

 

■ おわりに


このように、遺伝子検査については、医学的にも制度的にも発展途上という状況にあり、必ずしも環境が成熟しているものではありません。
しかし、遺伝子検査技術の精度が高まることにより、個々人がオーダーメイドの医療を受けられるようになれば、診療の効果が格段に上がることも期待できます。
そして、診療の効果が上がることにより、ヒトの寿命がさらに長くなれば、私たちもより柔軟な人生設計ができます。
ヒトゲノムがたったの10年で明らかとされたことを考えれば、そんな未来はもう目前に迫っているのかもしれません。

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