タイにおける債権の保全・回収 vol.1 契約締結時の注意点

タイにおける債権の保全・回収 vol.1 契約締結時の注意点

タイにおいてビジネスを行う場合、日本国内での取引と同様、タイ企業との取引時に考えておくべき重要な問題の一つとして、どのようにして相手企業の債務の履行を確保するかということや、いざ相手企業が任意に債務を履行しない場合、どのようにして債権を回収するかということがあります。そしてこのような債権の保全や回収に関して、日本とタイでは事前に取得できる取引相手の情報、選択できる手段、注意点など異なる点が多くあります。 そこで、これから複数回に渡りタイにおける債権の保全や回収のため、どのようなことに注意しておかなければならないのかという点について概説します。

 

【目次】

相手の信用力の適正な評価

取引額の上限、支払方法等の適切な設定

担保の取得

裁判管轄や紛争解決手段の検討

最後に

相手の信用力の適正な評価

取引相手の支払能力を超える取引を行えば、当然ながら、支払が遅れたり不払となったりするリスクが高まります。そのため日本国内での取引と同様、タイ企業と取引においても取引相手となるタイ企業がどの程度信用できるのかを適切に評価することが債権の保全・回収の第一歩となります。

 

タイ企業の信用力を判断する一助となるものとして、公的機関から入手できる書類があります。 例えば、タイではDBD(Department of Business Development タイ商務省)などから、誰でも次のような書類を取得することができます。

 

【取得できる書類の一例】

書類 取得方法 取得費用(概要) 分かること

Affidavit

(登記事項証明書)

DBDに申請 200バーツ

会社名、所在地、

取締役、署名権者等

Financial

Statement

(財務報告書)
DBDに申請

コピー手数料50バーツ

コピー代3バーツ/

1ページ

財務状況

Title Deed

(権原証書)
Land Office   (土地局)に申請

申請料5バーツ

確認料10バーツ/1枚

コピー代50バーツ/

1ページ

土地の所有者、抵当権の有無

Sales-Purchase

Agreement

(売買契約書)
Land Office   (土地局)に申請

申請料5バーツ

確認料10バーツ/1枚

コピー代50バーツ/

1ページ

建物の所有者

Construction

Permit

(建築許可証)

District Office  (地方局)に申請

20バーツ 建物が建設された当時の所有者

まず、Affidavitは日本でいう商業登記事項証明書に当たる書類です。 これを見れば、会社名・所在地・取締役・署名権者といった会社の基本的な情報が確認できます。 このうち見落とされがちですが、署名権に制限や条件がないか、という点についてもきちんと確認しておくべきです。タイ企業の中には、例えば、「会社を拘束するためには、署名権者全員が契約書に署名する必要がある。」と規定している企業があります。そのような企業と契約を締結する際、署名権者が2名存在しているにもかかわらず、契約書上には1名分の署名しかないということになると関係がこじれたときに「必要な署名が不足している。署名した取締役が勝手にやったことであり、会社は関係ない。契約は無効である。」等と無用の反論を招きかねません。もちろん、様々な事情から「会社も追認していたはずである。」等と再反論できる場合が多いとは思いますが、Affidavitを見れば簡単に分かることですので、きちんと調査して、適切な署名を求めるようにしておくべきです。

 

次に、Financial Statementは財務報告書であり、この中には、貸借対照表や損益計算書等が含まれています。タイでは毎年、企業に対してこれらの書類をDBDに提出することが義務付けられています。そして、その内容をDBDのweb上で閲覧したり、取得したりできるのです。 これらを見れば、取引相手の財務状況を把握することができますので、どの程度信用してよいのかという判断に際して重要な情報を入手することができます。

 

また、Title Deedは土地の権原証書、Sales-Purchase Agreementは建物の売買契約書、Construction Permitは建物の建築許可証です。タイでは、Title Deedが日本で言う不動産登記事項証明書の役割を果たしていますが、土地だけにしかこのような記録がありません。そのため、建物の権利関係を調べるためには、Land Officeに保管されている建物の売買契約書の確認や、Distinct Officeに保管されているConstruction Permitの確認によることとなります。 そして、例えば抵当権を設定してもらうことを視野に入れるような場合には、これらの書類を入手して権利関係を確認することにより、取引相手に対する債権の担保として本当に機能するのかを把握しておくべきでしょう。 なお、不動産の価値については国による評価額が公表されていますので、これを参考にすることはできます。しかしながら、この評価額は実体と乖離している可能性がありますので、鵜呑みにせず調査会社に評価してもらう方が確実だと思われます。

 

なお、これらの書類をタイ企業自身に取得させ、提供してもらうのが最も簡単な方法です。しかしながら、都合の良いように加工されたものが提供されるリスクもゼロではないため、自ら入手する方が望ましいといえます。

取引額の上限、支払方法等の適切な設定

タイ企業の信用力の検討結果に基づき、取引額の上限を幾らとするか、支払方法や支払時期をどうするかを適切に設定することが大切です。 支払方法や支払時期に関しては、タイ企業に商品を売るような場合には信用状取引とすることや、代金の全部または一部を先払いしてもらうことができれば、債権が回収できないリスクを回避し、または大きく軽減することができるでしょう。

 

なお、信用状取引とは信用状(Letter of Credit。 L/Cと略されます。)を用いた取引のことです。信用状は、銀行が取引先企業の依頼に応じてその支払を確約するために発行する証書であり、これを用いた取引とすることにより銀行が代金の支払を保証してくれることとなります。具体的には、輸出者である日本企業は条件通りに商品を船積みした後、為替手形・船荷証券やインボイス等の必要書類を自己の取引銀行に提示して買い取ってもらうことにより、代金を回収できるのです。

担保の取得

タイにも抵当権や保証人といった支払を担保するための法制度がありますので、利用を検討すべきです。 もっとも日本の抵当権や保証人とは異なる点もありますので、利用する際には注意が必要です。抵当権や保証人については、稿を改めて概説します。 なお、担保の提供を求める場合にも前述の公的な機関から取得できる書類は活用できるでしょう。

裁判管轄や紛争解決手段の検討

これらに加えて、契約前には裁判管轄や紛争解決手段をどうするか十分に検討しておくことも大切です。

 

例えば、「紛争が生じた場合には、日本の特定の裁判所(例えば東京地方裁判所)で裁判により解決する」と取り決めておけば、日本において、日本語で日本人の裁判官のもと裁判を行うことができますので、一見安心であるように思えますし、費用や労力といった面でも得であるように思えます。 しかしながら、気をつけておかなければならないのは、たとえ日本の裁判所で勝訴判決を得たとしてもその判決ではタイ国内で強制執行に及ぶことができないということです。

 

強制執行とは、判決に基づき不動産など相手の財産を差し押さえて競売等により金銭に換え、債権回収を図る手段を言います。裁判で勝訴判決を得たからといって、相手が任意に支払ってくれるとは限りませんので、任意に支払ってくれない場合には裁判所に強制執行を申し立てることにより、債権回収を図ることができるのです。この「強制執行ができる状態になる」ということは、裁判をして勝訴判決を得ることの大きなメリットの一つでもあります。

 

ところが、日本の裁判所で勝訴判決を得てもタイでは強制執行を行うことができないのです。タイで強制執行を行いたければ、タイの裁判所で勝訴判決を得てタイの裁判所に強制執行を申し立てなければなりません。 したがって、タイで強制執行する可能性を視野に入れると裁判管轄を日本国内の裁判所ではなくタイ国内の裁判所としておくべきであるということになります。

 

なお、この裁判管轄の問題については、「【タイ リーガルコラム】訴訟・紛争対応編:裁判地の選択(国際裁判管轄)」で詳しく解説していますのでそちらもご参照ください。

 

また、紛争解決手段を裁判とせず、仲裁とすることも一つの方法です。 仲裁は、裁判外紛争解決手続の代表的なもので、紛争の当事者が紛争を私人である第三者(仲裁人)の判断に委ね、その判断(仲裁判断)に従うことを合意し、それに基づいて紛争を解決する手続をいいます。その中でも、異なる国籍の企業・個人間の紛争の仲裁を国際商事仲裁といいます。

 

仲裁により紛争を解決する場合には、外国仲裁判断の承認及び執行に関するニューヨーク条約を批准している国であれば、国境を超えて仲裁判断の効力が及ぶため、仲裁判断に基づいて外国で強制執行を行うことも可能です。そして、日本もタイも、ニューヨーク条約を批准しています。 したがって、日本で得た仲裁判断によりタイで強制執行することも可能なのです。

 

ただし、仲裁により紛争解決するためには相手との間で仲裁により紛争を解決するという仲裁合意をしておく必要があり、仲裁合意がないまま仲裁手続を行うことはできない点に注意が必要です。そのため、後々紛争が生じた場合には仲裁により解決したいと考える場合には、契約段階で契約書の中に仲裁合意に関する規定(仲裁条項と呼ばれます。)を設けておくことが大切です。

 

なお、仲裁については、「【タイ リーガルコラム】訴訟・紛争対応編:タイにおける仲裁手続き」で詳しく解説していますので、そちらもご参照ください。

最後に

債権の保全や回収という言葉からは、実際に問題が生じた後にどのように対応するかといったイメージを持たれることが多いように思います。しかしながら、債権がきちんと保全できるか・債権がどの程度回収できるかは、実際に問題が生じた後の行動ばかりではなく、契約段階での行動にも大きく依存します。そのため、準備や交渉に時間を要することになったとしても、契約段階でできることをしておく方が債権を回収できないリスクを回避したり、軽減したりすることに繋がります。特に必ずしも自分たちの常識や物の考え方が通じるとは限らない外国での(外国との)取引であればなおさらです。 あらゆる情報を収集し、あらゆる事態を想定して事前に対処しておくのは現実的に不可能であるかもしれませんが、取引規模や取引期間等に応じて適宜、調査・検討や交渉を行うように心がけておきましょう。

 

 

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