タイの労働法制と実務 vol.9 解雇に関するルールと実務その2ー解雇の公正性に関する判例ー

タイの労働法制と実務 vol.9 解雇に関するルールと実務その2ー解雇の公正性に関する判例ー

前々回のコラム(タイの労働法制と実務 vol.7 解雇に関するルールと実務その1)で整理したとおり、従業員を普通解雇するためには、解雇予告や解雇補償金の支払といった手続的な要件を満たす必要があるほか、「解雇が公正であること」が要求されます。
そこで、今回は解雇が公正といえるか否かの判断の参考として、解雇の公正性が問題となった判例について、勤務成績不良に関する判例及び整理解雇に関する判例を幾つか見ていきたいと思います。

 

【目次】

解雇の要件としての「公正性」

勤務成績や勤務態度に関する判例

整理解雇に関する判例

解雇するにあたって留意すべき点

解雇の要件としての「公正性」

タイでは普通解雇を行うにあたって、「解雇が公正であること」が要求されます。仮に、裁判所が不公正な解雇であると判断した場合、会社は損害賠償義務を負ったり、復職を命じられたりするおそれがあります。それゆえ、解雇が「公正であるか否か」という点は、解雇をするか否か判断する際の極めて重要なポイントとなります。

 

特にタイでは、従業員側は労働局への申立てのほか、裁判所への申立ても無料で行うことができることもあって、裁判等の労働紛争に発展しやすい傾向にあります。
そのため、解雇に限ったことではありませんが、会社はきちんと状況を見極め、適切な対応を行うことがより一層求められます。

 

この点、日本でも労働契約法16条で、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」と規定されており、解雇するためには【客観的に合理的な理由があること】及び【社会通念上の相当性があること】という要素を満たさなければならなりません。

 

表現こそ違いますが、タイの【公正であること】という要素も、日本におけるこれらの要素と類似するものと理解して良いものと考えます。

勤務成績や勤務態度に関する判例

まず、勤務成績が悪い従業員を解雇した事案のうち、解雇が公正なものと認められたものを見ていきます。

 

【判例1】

勤務成績が3回連続で悪かった従業員を解雇した事案です。この事案では、雇用契約等において、勤務成績が悪い場合又は欠勤・勤務態度不良等が複数回あった場合には解雇できるとの規定があるものの、会社は事前に指導や警告をしなければならない旨が定められていました。この事案において、裁判所は上記規定について具体的に検討し、勤務成績が悪い場合と欠勤・勤務態度不良等が複数回ある場合とを分けて、後者の場合は事前の警告を要するが前者については事前の警告を要しないと解釈した上で、事前警告なく勤務成績不良を理由としてなされた解雇は公正であると判断しました。

 

【判例2】

バスの運賃集金係として雇用された従業員が、持病により7ヶ月間連続で毎月複数回の欠勤を繰り返していたため、会社が普通解雇したという事案です。この事案において、裁判所は従業員の健康状態からしてバス運転士としての業務を十分に遂行できないとして、解雇は公正であると判断しました。

 

他方、勤務成績が悪い従業員を解雇した事案のうち、解雇が不公正なものであると判断されたものとしては、例えば、次のものがあります。

 

【判例3】

会社がある年度の勤務成績が水準を下回っていた従業員を、勤務成績不良を理由として普通解雇した事案です。この事案において、裁判所はその年度の勤務成績のみならず、前年度や前々年度の勤務成績も考慮すべきであるとの見解を示しました。そして、前年度や前々年度の勤務成績が水準を上回るものであったこと、雇用期間を通して規則違反や懲戒処分を受けたなどの問題が特になかったことなどを理由として、解雇は不公正なものであると結論づけました。

 

以上を踏まえると、勤務成績不良の従業員の解雇について、裁判所は少なくとも勤務成績等不良の期間、これによる会社への影響、会社がきちんと必要な指導をしていたか否かを踏まえて判断していると考えられます。
このうち特に注意しておくべきなのは、会社がきちんと必要な指導をしていたか否か、という点です。裁判所は、勤務成績不良の従業員に対して注意や指導をすることは、従業員に成績不良であると知らせ、その改善を図るためのものとして重きをおいていると考えられます。そのため、たとえ従業員の勤務成績が悪かったとしても、またそれが数年に及んでいたとしても、会社がその従業員を放置していて突然解雇したといった場合には、解雇が不公正であると判断されかねません。
したがって、勤務成績に問題がある従業員に対しては、都度必要な指導を行い、職種や役割などによっては教育訓練の機会を設けるなどして、会社側としてできる限りのことをしてきたという状態にしておくことが望ましいと言えます。 なお、上記のバス運転士の判例では特に指導注意したか否かという点は触れられていませんが、これは勤務成績ないし勤務状況が悪い原因が病気にあり、指導や注意によって改善できる類のものではなかったことが理由であると考えられます。

 

また、解雇された従業員がバス運転士として、いわゆる職種限定の合意のある雇用契約を締結していた事案であったとみられ、この限定されている職種についての適性が問題とされていました。
そして、特にこのように職種が限定されている従業員を勤務成績不良を理由として解雇する場合、解雇の前に他の職種への異動を検討する必要があるのではないか?という疑問が湧きます。
この点、上記のバス運転士の判例では、会社が従業員に対して他の職種への異動を打診したという事情は見受けられません。しかしながら、その理由がそもそも裁判所としては他の職種への異動を検討しなくてよいと考えているからなのか、それとも従業員の持病や欠勤の状況からして他の職種であってもバス運転士と同様に耐えられないほどのものだったからなのかは明らかではありません。
そのため、職種限定の合意がある場合であっても他の職種への転換により改善する見込みがあり、かつ異動先があるという場合には、会社としては解雇するよりも前に異動を打診してみる方が、より望ましいと考えます。

整理解雇に関する判例

次に、いわゆる整理解雇について、解雇が公正なものと認められた事例を見ていきます。

 

【判例4】

工場を操業していた会社が、受注量の減少により財務状況が悪化し、債務超過に陥っていたため、従業員を整理解雇したという事案です。
この事案において、裁判所は整理解雇の前に他社への工場の賃貸や操業に関する許可の引き継ぎ等を試みていたことに着目し、会社の財務状態の悪化を原因とした整理解雇はやむを得ない措置であったとして、解雇は公正であると判断しました。

 

【判例5】

債務超過に陥っていた会社が、事業縮小や自主退職者の募集等を行ったうえ、最終的に整理解雇に及んだ後、業績が回復したという事案です。この事案において、裁判所は整理解雇の前に業績回復のための他の様々な方策を模索していたことに着目し、整理解雇はやむを得ない措置であったとして、解雇は公正であると判断しました。また、その後に業績が回復している点については、整理解雇時点では予測できないものであり、何も実施しなければそのまま債務超過が続いていたことも考えられるとして、整理解雇を不公正とする事情には当たらないと判断しました。

 

他方、整理解雇について解雇が不公正なものと判断されたものとしては、例えば次のものがあります。

 

【判例6】

会社が、コスト削減を目的として従業員を整理解雇したという事案です。この事案において、裁判所は事業縮小や部門閉鎖等をしておらず、収益も上がっていたことに着目し、解雇を不公正なものと判断しました。

 

以上を踏まえると、整理解雇の事案において、裁判所は会社が本当に従業員を解雇せざるを得ない状況だったのか否か、言い換えると解雇の必要性が本当にあったのか、どの程度必要だったのかを重視して判断しているものと考えられます。具体的には、債務超過状態を改善するための他の方法を模索・実施していたかどうか、また解雇時における収益状態の悪化の程度や改善状況などを考慮して、真に解雇の必要性が高かったといえるか否かを判断していると考えられます。
したがって、コスト削減や組織再編の目的があるというだけで整理解雇するのは難しいでしょう。

 

なお、タイでは整理解雇も普通解雇の一種ですので、解雇予告や解雇補償金の支払が必要であることに注意しなければなりません。

解雇するにあたって留意すべき点

以上のとおり、タイの裁判所は解雇が【公正かどうか】という観点から解雇の適法性について判断しており、いくら事前の予告や解雇補償金の支払等の手続が適切に行われていても、解雇が不公正であれば損害賠償の支払等を命じています。そして、この判断においては、日本における【客観的に合理的な理由があること】及び【社会通念上の相当性があること】の判断と同様に、具体的な事実関係を踏まえ、解雇がやむを得ないものであったといえる場合に限り、公正であると判断する傾向にあると考えられます。
したがって、タイでも日本と同様に、簡単に解雇を行うことはできないと理解しておくべきです。

 

また、解雇の適法性が争いになる場合には、会社側において解雇が公正なものであることを立証しなければなりません。そのため、例えば勤務成績不良の従業員を解雇した事案において、いくら成績が悪く事前に改善のため指導や訓練を実施していたとしても、そのような指導等を行っていたことを示す資料がなければ、裁判で敗訴してしまうおそれがあります。
したがって、勤務成績不良であることなど従業員の問題点について記録化するとともに、指導等を行ったことについても記録化しておくことが必要です。そこで、例えば指導する際には、いわゆる警告書と同じように、どのような問題点があるのかという具体的な内容とともに、指導する内容を記載した書面を交付し、控えに従業員からのサインを得ておくといった運用を検討すべきでしょう。また、このような書面その他記録を作成する際、単に「ミスが多い。」や「ミスを繰り返さないよう伝えた。」といった抽象的な記載しかなければ、実際にどのようなミスがあり、どのような指導があったのかということが不透明なままとなりますので、日時を含めた具体的な内容を可能な限り詳細に記載しておくべきです。

 

最後に、本来解雇というカードを切ることなく状況を改善することができれば、会社にとっても、従業員にとっても最も望ましいことは言うまでもありません。また、軽々しく解雇に及んでいると、他の従業員からの不信を招くことにも繋がります。
そのため、解雇はいわば最後の手段として、裁判所など会社外の者に対しても、従業員という会社内の者に対しても、堂々と淀みなく説明できる場面で用いるという意識をもっておくことが望まれます。

 

 

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