タイの労働法制と実務 vol.6 懲戒に関するルールと実務

タイの労働法制と実務 vol.6 懲戒に関するルールと実務

今回は、タイにおける懲戒手続について解説します。就業規則での定めの要否など懲戒する際に必要な事項や手続、警告・出勤停止・懲戒解雇といった懲戒の種類、懲戒する際に気をつけておくべき事項、懲戒解雇できる場合など、タイの法令に則した制度設計と、日々の労務管理において生じる懲戒をめぐる実務上の問題について、日本の法制度との違いを踏まえて解説します。

 

【目次】

日本における懲戒手続

タイにおける懲戒と就業規則

懲戒権行使の限界

懲戒解雇できる事由の限定

警告書の交付

タイの法令に則した制度設計と運用を

日本における懲戒手続

はじめに、日本における懲戒手続について概観しておきます。日本では、会社は、企業としての秩序を維持する権利を持っていると考えられています。そして、会社が、あらかじめ懲戒の種類や程度のほか、懲戒を課す場面について就業規則等で定めている場合、会社は、その定めに従って従業員に懲戒を課すことができます。

 

もっとも、懲戒は、従業員のした行為の性質や態様等と均衡の取れたものでなければならず、軽微な非違行為に対して極端に重い処分を下すことなどはできないと考えられています。また、懲戒を課すまでの手続が就業規則等に定められている場合は、その手続を遵守しなければならず、仮に手続に関する定めがないとしても、特段の支障がない限り、従業員から事実関係や言い分を聴取する機会を持たなければなりません。そして、これらの要請を満たしていない懲戒は、無効とされてしまいます。

タイにおける懲戒と就業規則

他方、タイでは、懲戒の種類や懲戒できる場合について具体的に定めた規定はありません。 しかし、労働者保護法(Labor Protection Act。以下「LPA」といいます。)第108条において、会社は、従業員が10人以上となった場合には就業規則を作成しなければならず、この就業規則に記載することが必要とされる事項の一つとして、「規律及び懲戒」が規定されています。これを受けて、多くの会社が就業規則にて懲戒について定めています。

 

就業規則では、できる限り具体的かつ網羅的に、懲戒の対象となる事由(ルール違反行為)について定めておくべきだと考えられます。この点、タイでは、従業員は誠実に職務遂行すべき義務を当然に負っており、他方、会社は業務を管理する権限を有しているため、たとえ就業規則上にルール違反行為に関する定めがなくても、義務違反に対する会社の権限行使として、懲戒を課すことができるという考え方もあるようです。しかし、わざわざ就業規則が「規律及び懲戒」を記載すべき事項として挙げていることからすれば、LPAは、何がルール違反行為となるのかについても明確に示しておくべきことを求めていると理解すべきでしょう。そのため、就業規則に定められていない事由を理由として懲戒を課した場合、裁判所で無効と判断されるおそれもあります。また、ルール違反行為について従業員に明確に認識させることにより、従業員がそれらの行為に及ぶ可能性を防ぐことも大切です。したがって、できる限り具体的かつ網羅的に、定めておくことが望ましいでしょう。

 

また、タイにおける懲戒の種類として多く見られるのは、警告、停職、普通解雇(解雇予告手当や解雇補償金を支払う解雇)、懲戒解雇(解雇補償金を支払わない即時解雇)です。なお、懲戒の種類の一つとして、減給を定めている会社もあります。しかし、LPA第76条は、使用者が給与から控除できるものについて、従業員が支払うべき所得税、労働組合の規約に基づく労働組合費など、具体的に明示しており、ここで控除が認められているもの以外の控除を許さない立場をとっています(詳細は、「タイの労働法制と実務 vol.2 賃金に関する原則と基本ルールの概要」をご参照ください)。そして、この条文によると、会社が給与から控除できるものの中には、懲戒による減給は含まれていません。そのため、懲戒による減給は、この規定に違反しており違法であるという見解もあり、減給を懲戒の種類の一つとして設けるのは避けておいた方がよいでしょう。

 

事実調査のための停職にも少し注意が必要です。LPA第116条では、不規律行為を犯した従業員について使用者が調査する場合、就業規則や雇用契約書での定めがない限り、使用者は、当該調査中、従業員に対して出勤停止を命じることはできないとされています。また、仮に出勤停止を命じることができる場合でも、使用者は、従業員に対して、事前に、具体的な不規律事由と出勤停止期間(7日以内)を記載した命令書を交付しなければならないこととされています。したがって、ルール違反行為に関する調査のため出勤停止を命じる可能性がある場合には、事前にその旨を就業規則に定めておくことが必要ですし、その出勤停止期間は最大7日までということになります。加えて、その期間を無給にはできず、就業規則によって定められた割合(出勤停止前の額の50%以上)に従って賃金を支払わなければならないことにも注意が必要です。

懲戒権行使の限界

タイの法令上、懲戒を課す際に必要な手続に関する定めは特にありません。しかし、会社内の就業規則等で懲戒に関する手続が定められているのであれば、当然その手続を遵守しなければなりません。また、懲戒の公正さを手続面から担保するため、処分を下す前に、少なくとも従業員から事情を聴取する機会は設けておくべきでしょう。また、このように事情聴取した結果をきちんと資料として残しておくことは、後々、懲戒に関する紛争が生じた際の有力な証拠の一つとなるので、この意味においても、事情聴取して記録化しておくことが望まれます。なお、上にも述べたとおり、タイでも日本と同様、実際に懲戒を課すときには、従業員のした行為の性質、態様や結果等を踏まえてバランスの取れた程度の処分でなければならないことにも併せて注意して下さい。

懲戒解雇できる事由の限定

タイで解雇を考える場合には、解雇補償金という制度を知っておく必要があります。タイでは、従業員を解雇する場合には、1給与期間前に解雇を予告しなければならず(LPA第17条2項)、かつ、勤続年数に応じた解雇補償金を支払わなければならないとされています(LPA第118条1項)。この制度は、タイの解雇法制上、非常に重要な制度と考えられています。

 

これに対して、一定の場合は、解雇補償金を支払わずに即時解雇することができるとされており、これを一般的に「懲戒解雇」と呼んでいます。具体的には、LPA第119条1項に列挙されている事由に該当する場合には、例外的に、解雇補償金を支払う必要はなく、かつ、解雇の予告も不要とされています(LPA第17条4項)。この第119条1項に列挙されている事由を理由として解雇する場合が、タイにおける「懲戒解雇」です(日本とは少し概念が違うことに注意してください)。

 

懲戒解雇事由を定めるLPA第119条1項の列挙事由は、以下のとおりです。

 

【LPA119条1項】

第1号~第6号のうち、最も懲戒解雇事由として用いられる頻度が高いのが、第4号です。第4号は要するに、「社内のルール違反行為について警告書で注意したにもかかわらず、1年以内に、再度同じ違反行為に及んだ場合」ですが、この第4号だけが就業規則などの社内ルールに違反した場合について規定しており、他の事由は全て社内ルールとは必ずしも関係のないものだからです。

 

この第4号は警告書の交付を明記していますので、単に一度の社内ルール違反があっただけでは懲戒解雇とすることはできず、まず、警告書による指導が必要となります。もちろん、その違反行為が、その他の事由に該当する場合や、4号のただし書きにあるように重大である場合には、警告書の交付をせず、いきなり懲戒解雇とすることもできます。

 

なお、就業規則上の懲戒事由としては定められていないものの、LPA第119条1項各号に該当する行為を従業員がおこなった場合、懲戒解雇とすることができるのか?という問題があります。この点、懲戒解雇は、LPA119条という法令を根拠として行うもので、就業規則上の定めは必ずしも必要ないと考えます。ただし、前述のとおり、従業員に対して、懲戒が課される場合を具体的かつ網羅的に明示しておくことは、従業員のルール違反行為を防止し、会社に損害が発生することを予防するため極めて重要です。それゆえ、やはり、できる限り就業規則できちんと明示しておくことを心がけるべきでしょう。

警告書の交付

では、会社は、どのような場合に警告書を交付することができるのでしょうか。実は、タイの法律はどのような場合に警告書を出すことができるのかについて、明確に定めているわけではありません。しかし、LPA119条4号を踏まえて、「就業規則、社内規程又は使用者の合法かつ合理的な命令に違反した場合」に、会社は警告書を出すことができると考えておいてよいでしょう。

 

例えば、就業規則の服務規律や雇用契約書で定められている遵守事項に違反した場合には、警告書を出すことができます。また、会社内で通用している内規に違反した場合や、口頭での業務命令に違反した場合であっても、警告書を出すことは可能と考えられます。もっとも、疑義を回避するために、従業員に遵守しておいてもらいたいルールは、はっきりと明示されるべきでしょう。

 

なお、警告書には、警告書の発効日、従業員の氏名、違反行為の詳細、それがどの規律に違反するかについてわかりやすく記載し、今後再び同様の行為に及ばないよう警告するとともに、万が一同様の行為に及んだ場合には解雇されうることも併せて記載しておくべきだと考えられています。

 

また、警告書を交付した事実や日にちを記録上も明らかにしておくため、警告書には、その従業員から署名を得ておく運用が実務上多く見られます。従業員の中には、署名を拒絶する従業員もいますが、そのような場合、従業員に対して警告書をメールに添付して送信するとともに配達照明郵便にて書面でも送付するという対応や、立会人の面前で警告書を読み聞かせ、立会人から署名を得るという対応により、警告書の交付や日にちを記録化することが考えられます。立会人の選定に悩む必要がなく、客観的に警告書を交付した記録が残るという観点からは、メールでの送信とともに配達証明郵便での送付をおこなう方が簡易で確実と思われます。

タイの法令に則した制度設計と運用を

以上、今回は、タイにおける懲戒のルールについて概観しました。タイにおける懲戒のルールは大枠としては日本と同様であり、きちんと就業規則等でルール化し、相当な範囲内で運用していかなければなりません。もっとも、懲戒解雇できる場合が法令で限定されているなど、日本と大きく異なる点もあります。

 

また、いくらタイではジョブホッピングが盛んであるとはいえ、日本と同様に、懲戒が従業員の生活等に対してマイナスの影響を与える可能性があることは間違いありません。そのため、軽々に懲戒を課していると、その従業員のみならず、他の従業員からも、強い反感や不信を買い、会社の運営に様々な支障をもたらすおそれがあります。また、タイでは、労働裁判所への訴訟提起には裁判手数料がかかりません。そのため、懲戒解雇のケースでは、解雇補償金の支払を求めて労働裁判所に訴訟提起されてしまうことも多いのが実態です。

 

懲戒を課すことを検討する際には、日本と同じように、バランス感覚を大切にしながら、随時、タイの法令に違反していないか確認していくことが必要です。

 

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