タイの労働法制と実務 vol.5 従業員の配置転換に関するルールと実務

タイの労働法制と実務 vol.5 従業員の配置転換に関するルールと実務

今回は、タイにおける従業員の配置転換について解説します。就業規則での定めの要否、配置転換に関する命令権の限界の有無など、従業員に配置転換を命じる際に気をつけておくべき事項について整理しつつ、タイの法令に即した制度設計について、日本の法制度との違いを踏まえて解説します。

 

【目次】

日本における配置転換

就業規則での定めの要否

職種や勤務場所が限定されている場合

命令権行使の限界

特殊な場合(会社所在地の変更に伴う就業場所変更)

タイの法令に即した制度設計と運用を

日本における配置転換

日本では、就業規則に「業務の都合により出張、配置転換、転勤を命じることがある。」といった規定が置かれているのが通常です。そして、会社は原則的に、この規定を根拠として、従業員に対して、従事する職種や勤務場所の変更(以下総称して「配置転換」といいます。)を命じることができると考えられています。

 

もっとも、雇用契約の中で、職種や勤務場所を限定している場合には、上記のような就業規則を根拠として、一方的にこれらの変更を命じることはできず、従業員との間で個別的に同意を得ることが必要となります。また、職種や勤務場所の限定がないとしても、変更命令が権限濫用に該当する場合、そのような命令は無効です。そして、権限濫用に該当するか否かの判断に際しては、業務上の必要性の程度、他の不当な動機・目的の有無、従業員が被る不利益の程度といった要素が考慮されることになります。

就業規則での定めの要否

それでは、タイにおける配置転換の可否はどのようにして決まるのでしょうか。
まず、配置転換を命じるために就業規則での定めが必要であるか否かについてですが、原則的に、就業規則に「業務の都合により出張、配置転換、転勤を命じることがある」といった規定が必要であると考えておくべきでしょう。この点、たしかに配置転換は、人材を有効に活用したり、組織を活性化したり、従業員の能力開発を図るなど、会社の運営のため重要な意義を有していますので、会社の従業員に対する指揮命令権の一部を構成するものと評価することができます。それゆえ、仮に就業規則に規定がないとしても、会社はこの指揮命令権の行使として、配置転換を命じることができるとも考えられます。

 

もっとも、配置転換があることが社内慣行となっている、雇用契約を締結する前の段階で配置転換がありうることが説明されているといった事情があり、従業員が十分に配置転換を命じられる可能性があると理解していた場合はさておき、そうでない場合には、従業員にとって予想もしなかった命令ともなりかねません。そうすると、後々トラブルを招きかねず、雇用契約の内容となっていない等として裁判所から違法であると判断される可能性も否定できません。したがって、配置転換がありうることをきちんと就業規則に明記し、従業員に周知しておくことが大切です。

 

ただし、就業規則に規定があれば自由に配置転換を命じることができるわけではありません。たとえ規定があっても、以下のとおり様々な制約が存在します。

職種や勤務場所が限定されている場合

次に、タイでは、雇用契約は口頭でも成立することとされており、雇用契約書の作成は雇用契約の必須の要件ではありませんが、後々のトラブルを防止するため、やはり雇用契約書を作成するのが一般的な運用になっています。また、雇用契約を締結する前に、オファーレターを交付し、その中で労働条件を明示しているケースも多く見られます。では、雇用契約書やオファーレターで特定の職種や勤務場所が明示されている場合に、その範囲外の職種や勤務場所への配置転換を命じることはできるのでしょうか。

 

この場合、雇用契約書やオファーレターでの記載が、職種や勤務場所を限定する趣旨であると解釈される可能性があります。そして、職種や勤務場所を限定していると解釈された場合、日本と同様、原則として、会社が一方的にその範囲を超えて変更を命じることはできず、従業員から個別的に同意を得なければならないとされる可能性が高いでしょう。したがって、雇用契約書を作成する際には、その従業員が従事する可能性のある職務や勤務場所について網羅的に明示しておくことが大切です。

 

また、オファーレターは、雇用契約書それ自体ではないのではないか?という指摘もあり得るところですが、オファーレターは、会社と従業員との間で成立している雇用契約の内容を推し量る一つの有力な資料となりえます。そのため、たとえ雇用契約書上には職種や勤務場所について何ら明示されていないとしても、オファーレター上で明示されていれば、後々トラブルになったときに、裁判所から職種や勤務場所を限定する雇用契約だと判断される可能性は十分にあります。したがって、オファーレターにおいても雇用契約書と同様、従事する可能性のある職務や勤務場所について網羅的に明示しておくことが大切です。

命令権行使の限界

では、職種や勤務場所の限定がない場合、あるいは限定があってもその範囲内である場合、会社はいつでも自由に配置転換を命じることができるのでしょうか。また、その命令に従業員が従わなかった場合、会社はその従業員を解雇できるのでしょうか。

 

この点に関する見解は一様ではありません。
しかしながら、タイの最高裁判所の判例では、①命令の理由が正当なものであって、②配置転換後の職位が現在を下回らないものであり、かつ③配置転換後の給与・福利厚生が現在を下回らないものである場合には、会社は従業員に対する配置転換を命じることができる、と判断したものがあります。また、この判例では、従業員が命令を拒否した場合には解雇等の措置をとることができるとも述べられています。そして、この判例の考え方は、その後の複数の裁判例でも踏襲されています。

 

したがって、タイでも日本と同様、業務上の必要性や従業員の被る不利益といった事情を考慮して、結論を決定していると理解してよいと考えます。ただし、注意しなければならないのは、タイでは日本と異なり、従業員の不利益の程度が考慮されるというよりも、従業員の不利益の有無が考慮されうるという点です。

 

つまり、タイでは、従業員の待遇(給与額をはじめ、福利厚生などあらゆるものを含みます。)を不利益に変更する場合、原則として、従業員の個別的な同意が必要になります。そして、これは、配置転換にも当てはまり、配置転換によって待遇に何らかの不利益が生じる場合には、個別的同意が必要になるのです。

 

もっとも、職種や勤務場所の変更前後で全く不利益がないというのは事実上ありえず、必ず何かしらの不利益が生じるのが通常であると思われます。したがって、どのような不利益であっても必ず同意を取得しなければならないというのは行き過ぎであり、給与などの根幹的なものを除く他の細かな不利益や反射的に生じる不利益については、同意は不要と考えます。

特殊な場合(会社所在地の変更に伴う就業場所変更)

次に、会社自体の所在地が変わることに伴う就業場所変更について説明しておきます。会社運営において事業所の移転はつきものですが、タイの場合には、法律上、従業員に対する特別な配慮が必要になる場合があります。

 

労働者保護法120条によると、会社は事業所を移転する場合、移転日の30日前までに、従業員に対して移転先や移転時期等を明確に告知しなければなりません(1項)。そして、仮に会社がこの告知を怠った場合、会社は新事業所での就労を希望せず退職する従業員に対して、30日分の賃金相当額を特別な補償金として支払わなければなりません(2項)。

 

加えて、従業員が事業所の移転によって従業員自身や家族の生活に重大な影響が生じるために新事業所での就労を希望しないのであれば、従業員は上記の告知日から30日以内(会社が告知を怠ったときは移転日から30日以内)に会社に通知することにより、退職することができるとされています。そして、従業員が退職するのであれば、会社には法定の解雇補償金以上の額の特別な補償金の支払義務が発生するのです(3項)。

 

従業員が自ら退職する場合には解雇補償金の支払義務は発生しないのが原則ですが、事業所の移転によって生活に重大な影響が生じるため退職する場合は、従業員側の事情による退職というよりも会社側の事情によるものであって、実質的には解雇と同じだという前提があるものと考えられます。

 

ここで問題となるのが、法定の解雇補償金以上の額の特別な補償金の支払義務が生じる「従業員自身や家族の生活に重大な影響が生じる場合」とはどのような場合かです。

 

その典型例としては、家から就労場所の距離が遠くなってしまって、通勤に大きな支障が出る場合でしょう。もっとも、この支払義務が生じるのは、あくまでも影響が「重大」である場合に限定されていますので、例えば、新事務所と旧事務所の距離が数km程度しか変わらない、通勤時間が少々長くなるといった程度であれば、重大な影響があるとは言えず、支払義務も生じないと考えて良いでしょう。

タイの法令に即した制度設計と運用を

以上のとおり、タイにおける配置転換の問題は、おおよそ日本と同じような枠組みで判断されていますが、不利益を伴う場合には原則として同意が要求されること等の違いもあります。ジョブホッピングが盛んなタイでは、貴重な戦力となっていた従業員が配置転換命令に納得できずに退職してしまうという事態も、日本より生じやすい環境にあります。

 

したがって、配置転換に関する規定を就業規則に設けておく、雇用契約書などに配置転換がありうる範囲を明示しておく、実際に配置転換を命じる段階では従業員の理解を得るよう努める、不利益が生じる場合にはその代償措置や緩和措置を検討するなど、できるだけ従業員の生活や心情に配慮した運用を心がけるようにして頂ければと思います。

 

 

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