【タイ リーガルコラム】訴訟・紛争対応編:タイにおける仲裁手続き

【タイ リーガルコラム】訴訟・紛争対応編:タイにおける仲裁手続き

弁護士 藤江 大輔/Daisuke Fujie

弁護士 靏 拓剛/Takuma Tsuru

 

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本コラムでは、タイにおける訴訟手続や紛争対応について、日本との違いを踏まえた上で、法的に解説していきます。
前回は、実際に裁判を提起する場合の裁判地の選択、いわゆる国際裁判管轄の問題について解説しました。今回は、タイで仲裁手続を行う場合の手続概要について解説します。

 

 

仲裁手続とは?

企業間や企業と個人、あるいは個人間で紛争が起きた際に解決する手段としては、大きく分けて、訴訟手続と裁判外紛争解決手続の2種類があります。
仲裁は、裁判外紛争解決手続の代表的なもので、紛争の当事者が紛争を私人である第三者(仲裁人)の判断に委ね、その判断に従うことを合意し、それに基づいて紛争を解決する手続きをいいます。その中でも、異なる国籍の企業・個人間の紛争の仲裁を、国際商事仲裁といいます。

 

類似する手続きとしては、調停があります。第三者を介して紛争解決を試みる点では共通していますが、調停の場合、調停委員などが当事者双方の意見を聞いた上で和解案等を提示するにとどまり、強制執行力のある判断や決定を下すことはできない点で、仲裁とは大きく異なります。

 

 

仲裁と訴訟の違い

では、仲裁と訴訟はどのように異なるのでしょうか。
訴訟も仲裁も、強制執行力のある判決ないし判断を下すことができるため、終局的な解決手段となる点は共通しています。一方で、手続と効力に大きな違いがあります。その中でも大きな違いとしては、以下の4つの点が挙げられます。

 

一般的な訴訟と仲裁の違い

    

訴訟

仲裁

国外強制執行

原則不可

ニューヨーク条約等により可能

当事者間の合意

不要(訴訟により紛争解決する旨の合意)

仲裁合意が必要

上訴の可否

不可(仲裁判断の取消しはあり得る)

費用

比較的低廉
(裁判官費用の負担等がないため)

高額となることが多い
(仲裁人費用等が当事者負担のため)

このように、訴訟による場合、原則として裁判所の判決は、その国の中でしか効力を生じないため、ある国で判決を獲得しても、それに基づき他の国で強制執行することは原則としてできません(ハーグ条約に批准している国を除く)。タイでも、外国で取得した判決をもってタイ国内で強制執行することはできません。また、日本において外国判決を執行するためには、相互保証が必要とされていますが(民事訴訟法118条4号)、タイと日本は相互保証が認められていないため、タイの裁判所が出した判決をもって、日本国内で強制執行を行うこともできません。

 

一方、仲裁の場合は、外国仲裁判断の承認及び執行に関するニューヨーク条約に批准している国であれば、国境を超えてその効力が及ぶため、仲裁判断に基づいて強制執行することも可能です。
このように、仲裁は国外強制執行力を有するという点で大きなメリットがあり、これがクロスホボーダー取引の紛争解決において仲裁が用いられる最も大きな理由となっています。

 

他方で、裁判を受ける権利という重要な人権を実現するために国家により保障された訴訟手続きとは異なり、仲裁はあくまで仲裁機関という私人を介した紛争解決手段であるため、上訴ができない、費用面の負担が大きい(敗者負担にできる場合も多いものの)などのデメリットもあるため、個々の案件毎に十分に検討した上で、仲裁手続を選ぶか否かを決定する必要があります。

 

 

主な仲裁機関はタイに3つある

タイにおける主要な仲裁機関 としては、以下の3つの仲裁機関が挙げられます。

Thai Arbitration Institute (“TAI”)
Thailand Arbitration Center (“THAC”)
Thai Commercial Arbitration Committee of the Board of Trade of Thailand (“TCAC”)

TAIはもともと1990年に法務省の傘下として設立された機関で、最も取扱事件数が多いと言われています。THACは最も新しい機関で、ASEAN諸国における仲裁の中心的機関として国際仲裁を支援・促進することを目的として、2015年に設立されました。TCACは、仲裁のパイオニア的な機関ですが、現在はあまり使用されていません。

 

国際商事仲裁を利用する場合、仲裁合意において常設の国際商事仲裁機関を選択しない「アド・ホック仲裁」と 、常設の国際商事仲裁機関を選択し、その管理下で仲裁手続を行う「機関仲裁」の 2つの方法があります。アド・ホック仲裁は、当事者間の合意に基づき極めて柔軟な方法で仲裁を進めることができるという利点がありますが、柔軟すぎる分不慣れな当事者によるとかえって手続きが滞留・遅延するおそれもあるため、仲裁に慣れていて比較的協力的な当事者間で行う場合でなければ、常設の国際商事仲裁機関を利用した「機関仲裁」の方が利用しやすいでしょう。
前記のタイの仲裁機関を利用する場合は、機関仲裁となります。

 

 

タイにおける仲裁手続の主な流れ

タイにおける仲裁に関しては、仲裁法が制定されており、基本的な内容はUNCITRALモデル法に則ったものとなっていますが、いくつか特有の規定も設けられています。
タイにおける仲裁手続の概要は以下のとおりです。

 

タイにおける仲裁手続概要(TAI)

 

前記の通り、仲裁判断は、強制執行力を有する判断ですので、相手方が仲裁判断に従わない場合には、管轄裁判所に対し、仲裁判断に基づく強制執行を申し立てることができます。国際商事仲裁の場合、国際取引に関する事件が多いため、管轄裁判所は、知的財産・国際取引裁判所(通称IP&IT法廷)となることが一般的です。

 

なお、タイ以外の国の仲裁機関において下された外国仲裁判断については、タイの裁判所において承認を受けた上で執行を申し立てる必要があります。外国仲裁判断の承認・執行は、仲裁判断の承認・執行が可能となってから3年以内に申立てを行う必要があります。

 

 

仲裁合意で定めるべき事項

すでに述べたとおり、仲裁は仲裁合意が必要となりますので、企業間で取引を行う場合には、取引契約書において、あらかじめ仲裁合意を規定しておくことが必要となります。もちろん、事後に仲裁合意をすることも可能ですが、紛争化してからの合意は容易ではないため、事前に合意しておくことが重要です。

 

機関仲裁を前提とすると、仲裁合意において定めておくべき事項は、①仲裁機関と②仲裁規則の2つです。仲裁規則とは、各仲裁機関における仲裁手続を規定する規則で、仲裁機関を利用する場合は実質的にその仲裁機関の定める仲裁規則に従うこととなります。例えば、TAIは独自の仲裁規則を有しており、TAIが主催するすべての仲裁に適用されます(当事者が他の規則を使用することに同意し、TAIの常務理事の同意を得た場合を除く)。また、THACは、SIAC(Singapore International Arbitration Centre)の仲裁規則をモデルにした独自の仲裁規則を有しています。

 

ほとんどの仲裁機関の規則は、国際連合国際商取引委員会(UNCITRAL)が作成した国際商事仲裁に関するモデル法に準じた内容となっているため、大枠は共通しているといえます。とはいえ、仲裁機関により内容が異なる場合もあるため、各仲裁機関の特徴を理解した上で、適切な選択を行う必要があります。例えば、TAI規則では、2017年の改定により、仲裁手続の迅速化を目的として、仲裁手続は180日を超えてはならない、といった規定が盛り込まれていますので、比較的短期間で紛争解決に至ることが期待されます。

 

仲裁合意の規定例については、各機関が推奨例を公開していますので、選択する仲裁機関の推奨例をベースに、他の信頼性の高い機関の推奨例も参考にしながら、事案に即した内容を規定する必要があります。

 

TAI モデル規定
“Any dispute, controversy or claim arising out of or relating to this contract or the breach, termination or validity thereof, shall be settled by arbitration in accordance with the Arbitration Rules of the Thai Arbitration Institute, Office of the Judiciary, applicable at the time of submission of dispute to arbitration, and the conduct of arbitration thereof shall be under the auspices of the Thai Arbitration Institute.”
https://tai.coj.go.th/en/content/page/index/id/126809

THAC モデル規定
“Any dispute, controversy or claim arising out of or relating to this contract or the breach, termination or invalidity thereof, shall be referred to and finally resolved by arbitration in accordance with the Arbitration Rules of the Thailand Arbitration Center for the time being in force and the conduct of the arbitration thereof shall be under the administration of the Thailand Arbitration Center.”
https://thac.or.th/model-clause/

 

 

仲裁の活用を視野に

国際商事仲裁を利用する日本企業はまだ多くありませんが、世界においては、国外強制執行力を有する仲裁はクロスボーダー取引の紛争解決手段として大きな役割を果たしています。仲裁手続のメリットとデメリットを把握した上で、有効に活用いただければと思います。

 

 

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