【タイ リーガルコラム】
訴訟・紛争対応編:裁判地の選択(国際裁判管轄)について

【タイ リーガルコラム】訴訟・紛争対応編:裁判地の選択(国際裁判管轄)について

弁護士 藤江 大輔/Daisuke Fujie

弁護士 靏 拓剛/Takuma Tsuru

 

『訴訟・紛争対応編:タイの訴訟手続の概要』へ

 

 

本コラムでは、タイにおける訴訟手続や紛争対応について、日本との違いを踏まえた上で、法的に解説していきます。
前回は、タイの訴訟手続全体の概要について解説しました。今回は、実際に裁判を提起する場合の裁判地の選択、いわゆる国際裁判管轄の問題について解説します。なお、国際的な紛争解決については、「国際仲裁」という制度も存在しますが、今回は国際仲裁を除いて説明します。

 

 

タイの企業に対し訴訟を提起する場合の裁判地の決定方法

タイの企業との取引を行っている日本企業が、タイの企業に対し訴訟を提起する場合、最初に、どの裁判所に訴訟を提起するかを決定しなければなりません。
日本企業同士の紛争であれば、日本の裁判所に提起すべきことは明白ですので、日本国内のどの地方裁判所(または簡易裁判所)に対して提起するか、という点が主な論点となりますが、国をまたいだ国際取引紛争の場合には、どの国の裁判所に提起すべきか、という国際裁判管轄の問題が生じます。

 

日本と同様にタイでも、企業間の揉め事が話し合いで解決しない場合、弁護士を雇って交渉することが一般的ですが、それでも解決しない場合には、やはり裁判(民事訴訟)を起こして、法廷で決着をつけることになります。特に、言語や文化の違う国際取引においては、コミュニケーションに齟齬が生じやすく、日本企業同士の争いの場合に比しても、協議で解決することが難しい場合があります。

 

そこで、以下では、具体的なケースを想定しながら、国際的裁判管轄に関するルールを確認していきたいと思います。

東京に本社のあるA社が、バンコクに本社がありタイで事業を行うB社との間で、食品の売買に関する取引を行っていたところ、B社が食品の販売代金の支払いを遅延し、催促しても支払わないため、A社はB社に訴訟を提起して、未払いの代金を回収したいと思っている。A社は、どの裁判所に訴訟を提起すべきか。

 

執行可能性を考慮する

このようなケースにおいて、最初に考えるべき点は、執行可能性の問題です。
A社が訴訟を提起する目的は、販売代金を現実に回収することです。仮にA社が訴訟で勝訴し、B社に販売代金の支払いを命じる判決を得たとしても、B社が判決に従って任意に支払うとは限りません。そこで、勝訴判決をもってB社に対して強制執行できなければ、判決はただの紙切れに終わってしまうので、訴訟をする意味はありません。

 

日本企業とタイ企業間の紛争であるため、基本的には、日本かタイの裁判所に提起することとなるでしょう。日本企業であるA社からすれば、日本で訴訟を提起できたほうが、タイで訴訟を提起するより費用も手間も抑えることができそうです。
仮に、B社が日本でも事業を行っており、日本国内に資産があるような場合には、日本国内にある資産に対し強制執行かけて代金を現実に回収することができる可能性があるので、日本で訴訟を行う意味があるといえます。

 

もっとも、多くの場合、タイ企業はタイ国内に資産を有しており、日本には資産がないのが通常です。このような場合に、日本の裁判所で訴訟を提起して勝訴判決を得た上で、この判決に基づいて、タイ国内の資産に対して強制執行を行うことができるのでしょうか。

 

現状、日本の裁判所が出した判決をもって、タイ国内で強制執行を行うことはできません。 タイは、国際裁判管轄の合意に関するハーグ条約を批准しておらず、また、タイの民事訴訟法上、外国判決の執行に関する規定がないためです。
そこで、B社の資産がタイ国内にしか無いような場合、執行可能性の観点からは、A社はタイの裁判所に訴訟を提起する必要があるということになります。

 

なお、日本において外国判決を執行するためには、相互保証が必要とされていますが(民事訴訟法118条4号)、タイと日本は相互保証が認められていないため、タイの裁判所が出した判決をもって、日本国内で強制執行を行うこともできません。

 

 

国際裁判管轄の合意

企業間の取引においては、契約書で裁判管轄の合意を定めている場合が多いと思われますので、裁判管轄の合意が定められているかどうか、定められている場合には、専属的管轄か非専属的管轄かを確認する必要があります。なお、専属的管轄の合意とは、合意した裁判所で「のみ」訴訟を提起できるとする合意ですので、合意した裁判所以外の裁判所では原則として訴訟を提起できません。一方、非専属的管轄の合意とは、合意した裁判所「でも」訴訟を提起できるとする合意ですので、合意した裁判所以外の裁判所でも、管轄権のある裁判所である限り、訴訟を提起することができます。

 

日本では、法律上も国際裁判管轄について当事者間で合意することができる(民事訴訟法3条の7)と規定されていますので、契約書において専属的管轄の合意がある場合には、当該合意した裁判所でのみ訴訟を提起することができます(例外あり)。つまり、タイの裁判所を専属的管轄裁判所とする合意がなされている場合には、原則として、日本の裁判所に訴訟を提起することはできません。なお、このような国際裁判管轄の合意は、書面または電磁的記録により行う必要があります。

 

一方、タイの法律上は、国際裁判管轄についての当事者間の合意に関する規定はありません。ただ、当事者の意思が明確に示されている場合には、当該意思を尊重して、裁判所により却下される可能性も否定できません。したがって、タイで訴訟を提起しようと思っても、日本の裁判所を専属的管轄裁判所として合意している場合には、日本で提起せざるを得ないこととなる可能性があります。

 

 

法律上の管轄権

上記の通り、執行可能性や契約書上の国際裁判管轄の合意の観点から、タイの裁判所に訴訟を提起するのが望ましいとしても、タイの法律上、裁判管轄が認められなければ、タイの裁判所に訴訟提起することはできません。
タイの法律上、以下のような場合に管轄権が認められています(法第3条乃至法第4条の3)。

 

タイの裁判所に管轄権が認められる場合

  • 被告が現在タイに居住している(被告が法人の場合は主たる事業所がある)場合
  • 被告が訴訟提起直前の2年間にタイに居住したことがある場合
  • 被告が訴訟提起直前の2年間に、自らもしくは代理人を通じて又は取引継続のための者をタイ国内に置くことにより、タイでビジネスを行ったことがある場合
  • 訴訟の対象となる不動産がタイに所在する場合
  • 訴訟の原因となる行為がタイで行われた場合
  • 被告がタイ国内に居住しておらず、かつ、訴訟の原因行為がタイ国内で発生していない場合において、原告がタイ国籍またはタイ国内に居住地を有している場合

 

上記事例の場合、被告となるB社の本社、つまり主たる事業所がタイ国内にあることから、タイの裁判所に管轄権が認められるため、タイで訴訟を提起することは可能です。

 

したがって、日本の裁判所を専属的管轄とする合意がない限り、A社は、B社の財産が存在するタイの裁判所に訴訟を提起すべき、ということになります。

 

 

タイ国内の裁判地の決定

タイで訴訟を提起することが決まった場合、次にタイ国内のどの裁判所で提起すべきか(バンコクの裁判所かチェンマイの裁判所かなど)が問題となります。
ここでも、裁判管轄の合意がある場合には、これに従わなければならないように思えます。 しかし、実はタイでは、合意管轄を認める法律上の規定はありません。したがって、タイ国内のどの裁判所を管轄裁判所とするかという点については、当事者間の合意により拘束することはできないのです。当事者間の合意の有無や内容に関わらず、民事訴訟法の土地管轄の規定に従って、管轄権のある裁判所に提起する必要があります。
実務上は、事実上の効果を期待して、契約書において「バンコクに所在する裁判所とする」といった規定を置くことが一般的ですが、実際には、法律上管轄権がある裁判所であれば、合意した裁判所以外の裁判所に訴訟提起することも可能です。

 

土地管轄については、被告の居住地または訴訟の原因となる行為が行われた場所を管轄する裁判所に提起するのが原則となりますが、以下のように、例外的に原告居住地に土地管轄を認める規定や、事件の性質によって特別の管轄を定める規定が置かれています。

 

 

タイの裁判所の土地管轄

 

上記事例の場合、被告となるB社の主たる事業所たる本社はバンコクにあるため、A社は、バンコクの裁判所で訴訟を提起すべき、ということになります。
ただし、タイには、通常の民事裁判所の他に、特別な裁判所として、知的財産・国際取引裁判所(通称IP&IT法廷)が設置されており、バンコク等の首都圏における、知的財産権に関する訴訟(民事・刑事)や国際取引に関する事項(商品売買、物品・金融商品取引、サービス、運送、支払い、保険等)に関する民事事件に関して、専属的管轄権が付与されています。

したがって、上記事例のように、バンコクの企業に対する国際的な商品売買の取引に関する訴訟は、IP&IT法廷に対して提起すべきこととなります。

 

 

裁判地の選択については事前にしっかり検討を

このように、裁判地の選択については、国によってルールが異なります。また、訴訟のそもそもの目的を遂げるためには、強制執行が可能であることが非常に重要な条件となりますので、その点を踏まえて、裁判地を選択していく必要があります。
さらに、前記の通り、企業間においては、契約書に管轄合意を定めることが一般的ですので、紛争化する前に、契約締結の場面で裁判管轄について十分検討しておくことも重要となります。
今回は、日本企業とタイ企業との国際的な売買取引を念頭に、裁判管轄に関する一般的なルールを確認しましたが、実務上は、裁判管轄に関しては難しい論点が多数あるため、1つ1つの取引に応じて慎重に検討する必要があります。

 

 

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