【タイ リーガルコラム】海外への出向(3)
〜出向中の社会保険関係〜

【タイ リーガルコラム】海外への出向(3)〜出向中の社会保険関係〜

弁護士 藤江 大輔/Daisuke Fujie

弁護士 靏 拓剛/Takuma Tsuru

 

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これまで、出向を命令するまでの社内手続、前回は出向期間中の労働契約関係についてまとめましたので、今回は、海外出向に関する最終回として、出向期間中、健康保険や厚生年金保険などの各種保険がどうなるのかについて説明していきます。

 

タイの社会保険について

まず、出向者に関する社会保険について考える前に、タイの社会保険について概観しておきましょう。タイの社会保険制度は、社会保険法により定められており、全ての事業所は、社会保険基金に加入し、保険料(月額750バーツが上限)を納付しなければならないとされています。ここに含まれる補償内容としては、疾病に関する治療費、死亡給付、出産給付、児童手当、老齢年金、失業保険給付などが挙げられます。

 

多くの方が関心のある、病院における治療費負担(傷病給付)については、タイでは治療費の全額を国に負担してもらえるというメリットがあるものの、日本のようにどの病院でも保険診療が利用できるわけではありません。保険を使って受診できる病院は、タイが指定した病院の中から社会保険登録時に本人が選択した1箇所だけに限られます。また、日本のように家族も被保険者になれるわけではなく、被保険者となれるのは本人だけという不便さもあります。ここでは、同じ「社会保険」といえど、その内容は各国の政策によって様々であり、日本と比較してその内容に差があることに注意して下さい。

 

なお、本稿では、比較の便宜上、タイの社会保険の一部である傷病給付を「健康保険」、老齢年金を「厚生年金保険」、失業保険給付を「失業保険」と表現して説明します。

 

 

健康保険について

日本の健康保険法では、「その事業所に使用されなくなったとき」には被保険者資格を失うこととされており(健康保険法第36条2号)、出向中も健康保険への加入が継続するかどうかは、日本法人と出向者との使用関係が続いているとみられるかどうかで決まります。では、使用関係の有無はどのように判断されるかというと、在籍していることだけで決まるのではなく、賃金の支払者が誰かという事情を中心として、労務の提供や人事管理等の事情から総合的に判断されます。

 

ケース毎の判断にはなりますが、一般的には、出向中、日本法人が現地賃金との較差補填金として賃金を引き続き支払うようなケースでは、使用関係があると判断され、出向中も引き続き日本の健康保険の被保険者とみられることとなり、逆に、タイ法人が賃金の全額を支払っているケースでは、出向により健康保険の被保険者でなくなった、とみられる傾向があります。

 

出向者が引き続き日本の健康保険の被保険者とみられる場合には、海外での医療費は、ひとまず出向者自身が全額支払い、その後、日本の健康保険組合等に請求することにより、健康保険組合等が負担する分の医療費が返還されることになります。ただし、タイでは、会社に社会保険の一部として、タイの健康保険への加入が義務付けられていますので、タイ法人への出向者は、タイの健康保険にも加入することとなります。そのため、日本の健康保険に加入しているとみられる場合には、健康保険の二重加入、保険料の二重払という事態が生じてしまうという問題があるのが実情です。

 

なお、上述したように、タイの健康保険は、被保険者となれるのは本人だけであり家族は被保険者となれない、保険を使って受診できる病院はタイが指定した病院に限られ、しかもその中から選択して登録した1箇所だけである等の不便さがあります。そのため、実務上は、出向者がタイで十分な医療を受けられるよう、任意の海外赴任者用の障害保険や医療保険に加入しておく企業も多く見られます。

 

 

厚生年金保険について

厚生年金保険についても、基本的には、健康保険と同様に考えてよいでしょう。つまり、使用関係の有無で日本での被保険者資格が継続するかどうか決まることになります。健康保険と同様に、出向中、日本法人が現地賃金との較差補填金として賃金を引き続き支払うケースでは出向中も日本の厚生年金保険の被保険者とみられ、逆に、タイ法人が賃金の全額を支払うケースでは厚生年金保険の被保険者でなくなった、とみられる傾向があります。

 

また、タイでは、会社に年金保険への加入が義務付けられていますので、タイ法人への出向者は、タイの年金保険にも加入することとなります。そのため、健康保険と同じように、日本での厚生年金保険に加入しているとみられる場合には、年金保険の二重加入、保険料の二重払という事態が生じえます。ただし、タイでは年金を受給できるのは15年以上の加入期間が必要とされているので、事実上、出向者が年金を受給するのは難しいと思われます(もっとも、加入期間が15年未満の場合には、老齢一時金を受給できます)。

 

この点、日本は、諸外国で働く方々の年金保険料の二重払や年金保険料を納めていたのに受給資格がないといった問題を解消するため、外国との間で「社会保障協定」という協定を結ぶことを進めています。そして、社会保障協定を結んでいる国においては、外国での一時的な就労(5年以内)の場合、外国の年金への加入が免除され日本の厚生年金だけに加入すればよいものとして扱われ、年金を受けるために必要とされる年金加入期間は日本とその国との年金加入期間を相互に通算したものとして扱われます。

 

もっとも、日本と全ての国との間で社会保障協定が結ばれているわけではなく、2020年5月現在、アメリカ、イギリス、ドイツ、韓国など、20か国程度にとどまります(ただし、年金加入期間の通算までは協定の内容に含まれていない国もあります)。そのため、出向先がこれらの国でない場合には、年金保険料の二重払や受給資格の問題を避けられません。なお、残念ながら、日本とタイの間では、今のところ社会保障協定が結ばれていません。

 

 

労災保険について

日本の労災保険は、日本国内での労災への補償を目的とした保険です。そのため、海外へ出向する場合の現地での労災については日本の労災保険の対象外となり、現地での労災保険が適用されるのが原則となります。もっとも、日本の労災保険には、海外赴任者向けの特別加入制度が存在します。特別加入のための条件はいくつかあるものの、これに加入しておけば、出向先での労災についても、日本の労災保険の適用を受けることができます。

 

一方タイでは、労働災害補償法という法律によって、会社に労災補償基金への加入が義務付けられています。そのため、出向者は、タイで労災に遭った場合、この補償基金により補償を受けることはできます。もっとも、タイの労災保険上、治療費をはじめとする保険給付額に上限が設けられており、補償として十分とはいえないケースも生じる可能性があります。そのため、前述した労災への特別加入や任意の傷害保険・医療保険への加入を検討し、いざというときに出向者が十分な補償を受けられる状態を作っておくことが望まれます。

 

 

雇用保険について

雇用保険については、日本法人との雇用契約が継続している場合には被保険者資格が継続しますので、出向の場合は日本の雇用保険への加入が継続することになります。もっとも、タイ法人が賃金を全額支払うケースでは、雇用保険の被保険者でなくなった、とみられる可能性があるため、日本に帰国した直後に離職した場合に失業保険給付が受けられないなどの問題が生じることがあります。

 

なお、タイでは、会社に失業保険(雇用保険)への加入が義務付けられていますので、タイ法人への出向者は、タイの失業保険にも加入することとなり、失業した場合にはこの給付を受領可能です。もっとも、タイの失業保険で給付される金額は、日本と比較すると低額で、十分とは言い難いことには注意してください。

 

 

最後に

以上、海外へ出向する際に各種保険がどうなるのか概観しました。海外へ出向する従業員にとって、出向中に事故や病気などの問題が発生したとき、十分な補償を受けることができるかどうかは大きな不安の種の一つとなるであろうと思いますし、企業として、その不安を解消することは、出向を実りあるものとする一つの大きなポイントとなります。海外への出向を命じる際には、各種保険についても、十分な情報収集と対策をとっておくべきです。

 

 

以上

 

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