グローバル情報

2018.4.19
ベンチャー法務・グローバル情報

遺伝子分析ビジネスを取り巻く法制度(前編)

弁護士 鈴木 景

 

■ はじめに


1990年、アメリカ主導の元、イギリス、日本、ドイツ、フランスが共同で、あるプロジェクトをスタートしました。これが「ヒトゲノム計画」です。この計画により、2003年、約30億にもなるヒトのDNAの塩基配列が明らかとされ、約2万2000もの遺伝子が発見されるにいたりました。
その後も研究が進み、塩基配列が持つ意味も徐々に明らかとなることで、創薬や治療に役立てられるようになりました。
そして、遺伝子の研究が進むにつれ、遺伝子検査が民間の事業者によって消費者向けにも行われるようになり、2018年現在、日本でも様々な事業者が遺伝子検査ビジネスに進出してきています。

 

また、世界的な潮流としても、遺伝子研究は加熱しています。
アメリカでは、前大統領のオバマ大統領が「プレシジョン・メディシン・イニシアチブ(Precision Medicine Initiative)」として、平均的な患者に対する医療ではなく、遺伝子や環境、ライフスタイルといった個々人の違いに応じた医療の提供に力を入れていくことを明言しています。イギリスでは「10万ゲノムプロジェクト(The 100,000 Genomes Project)」を発足し、がんや希少な病例を持つ患者約7万名のゲノムデータを解析し、将来の医療に役立てるプロジェクトが進行しています(※1)。
日本でも、「日本再興戦略2016」において、信頼性の確保されたゲノム医療の実現等に向けた取り組みを推進することが掲げられています(※2)。

 

このような状況を踏まえ、今回は、遺伝子検査ビジネスが直面する法律問題について、ご紹介したいと思います。

 

(※1)https://www.genomicsengland.co.uk/

(※2)https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/pdf/zentaihombun_160602.pdf

 

 

■ DNA?遺伝子?染色体?ゲノム?


遺伝子ビジネスについて考えるうえで、まずは、用語を整理しておきましょう。

 

1.DNA

DNAは、日本語では「デオキシリボ核酸」といいます。
デオキシリボースという糖と、リン酸、塩基からなる物質で、塩基には、アデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)の4種類があります。
そして、これらが対をなし(塩基対といいます)、これらが連なって、二重螺旋構造を形作っています。
この、ATGCの並び方、すなわち塩基配列によって、様々な情報が含まれています。 冒頭のヒトゲノム計画により、ヒトには約30億の塩基対が存在することがわかりました。

 

2.遺伝子

遺伝子とは、DNAのうち、遺伝情報が含まれている部分をいいます。
前記約30億の塩基対全てに遺伝情報が含まれているわけではなく、遺伝情報が含まれているのは、DNAのうちの約1.5%にとどまるとされています(その他には、DNAが働く際の制御に関する情報が含まれています)。

 

3.ゲノム

ゲノムとは、DNAに含まれている情報のことをいいます。DNAの塩基配列には様々な情報が含まれており、それらを総称して、ゲノムと呼んでいます。
本稿では、塩基配列を文字列で表記したものを「ゲノムデータ」といい、塩基配列に解釈を加えて意味を有するものを「ゲノム情報」といいます。

 

4.染色体

染色体とは、細胞のうち、DNAが含まれている物質をいい、DNAが巻きついているヒストンというたんぱく質によって構成されています(細胞を色素で染めた際によく染まることから、染色体という名がついたそうです)。
人間には染色体が23対、46本存在します。染色体は対をなしていて、一つは父親から、もう一つは母親から、それぞれ受け継ぐこととなります。

 

以上を踏まえ、遺伝子検査などについて見ていきましょう。

 

 

■ 遺伝子検査とは


「遺伝子検査」と一口に言っても、学術的な研究、医師による診察など様々な意味が含まれていますが、本稿では、消費者向けの遺伝子検査ビジネス、すなわち、 「消費者から採取された検体のゲノム情報を解析し、消費者の有する遺伝子型に特徴的な疾患リスク、体質、才能等の統計情報と検査結果とを合わせて提供するサービス」 を示すものとして使っていきます。

 

1.遺伝子検査のメカニズム

そもそも、この遺伝子検査は、どのようなメカニズムで行われているのでしょうか?

 

多くの遺伝子検査の場合、SNP(スニップ)と呼ばれる塩基配列の変化を調べています。
前記のとおり、ヒトには約30億の塩基対が存在しており、そのほとんどが個人間で共通していますが、このうちの約0.1%程度、約300万箇所に差異が存在するとされています。
この約300万箇所存在する差異部分のうち、個人の形質に影響するとの統計的なデータが存するものについて、その検査結果を表示することが行われています。

 

ただし、このSNPと特定の病気との関連性には濃淡があり、関連性はあるとはいえ低い、というケースも存在します。
そこで、SNPから一歩進んで、より疾患との関連性が高い非常に稀な遺伝子の相違(レアバリアント)を読み取り、病気との関連性を精度高く判定するサービスも登場しています。

 

2.遺伝子検査の有用性とその問題

遺伝子検査は、将来の病気リスクや、自分の体質を確認することに有用です。

遺伝子検査によって病気のリスクを確認することができれば、多因子疾患、すなわち、遺伝的因子と環境的因子が相関的に関連して発症する病気について、生活習慣を変え、環境的な素因を低減することによって、病気発症の可能性を下げることができるかもしれません。
また、遺伝子検査によって、自分が太りやすい体質であるということがわかれば、「会社の帰りにランニングシューズを買って帰ろう」とか、「飲み会後のラーメンは控えておこう」とか、そういった自分の生活習慣を見直すきっかけにもなります。

 

しかし、一方で、課題もあります。
一つ目は、遺伝子検査の品質の問題です。
遺伝子検査の品質が低いと、被験者の無用な心配を煽ることにもなりかねません。
特に、遺伝子検査の場合、被験者の関心事は、自分の体の形質や病気のなりやすさといったセンシティブな事項ですから、遺伝子検査の品質確保は事業者にとって極めて重要な課題といえるでしょう。

 

二つ目は、情報の取り扱いです。
人のゲノムデータや遺伝子は、その人を構成する、いわば「設計図」であり、まさに「その人自身」といっても過言ではありません。
また、遺伝子検査は、遺伝的な形質を分析することにより、その人に連綿と受け継がれる遺伝的素因を明らかにする側面もあります。
このような側面から、ゲノムデータや遺伝子を軽々に扱うことは、その人自身の尊厳や名誉、プライバシーを侵害し、さらには、人種や出自による差別を助長することにもなりかねないことから、事業者においては、ゲノムデータやゲノム情報、そしてその元となる試料について、適切に管理することが必要となります。

 

この、「品質保証」と「情報管理」という二つの課題は、ある面において、二律背反する要素があります。

 

すなわち、遺伝子検査の品質保証を確保するためには、遺伝子研究を加速させる必要があり、そのためには、検査の対象となる検体を多く集め、解析を行うことが必要となります。この側面からすれば、遺伝子検査で得られた情報は、広く共有することが望ましいといえるでしょう。

 

一方で、個人のプライバシーや差別の抑制という観点からすれば、遺伝子検査によって得られた情報は、可能な限り秘匿性高く管理されるべきといえるでしょう。

 

このように、遺伝子検査において解決すべき課題に対するアプローチには背反する側面があるため、これらの調和を図るべく、平成28年初頭から、厚生労働省が主体となって、「ゲノム情報を用いた医療等の実用化推進タスクフォース」(以下「実用化タスクフォース」といいます)が組成され、遺伝子検査の取り扱いについて議論が重ねられました。
タスクフォースで議論された内容は、公開されている各回の議事録等(※3)に記録されているほか、平成28年10月19日付「ゲノム医療等の実現・発展のための具体的方策について」(※4)(以下「ゲノム意見書」といいます)という取りまとめ資料から読み取ることができます。
そして、これらの資料を参考にして、「経済産業分野のうち個人遺伝情報を用いた事業分野における個人情報保護ガイドライン」(※5)(以下「遺伝情報ガイドライン」といいます)が策定され、また、「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」(※6)(以下「倫理指針」といいます)が改正されるに至りました。

 

昨今、遺伝子検査ビジネスの低廉化に伴い、遺伝子検査の質は事業者によって「玉石混交」であるとも言われています。そのような中で、多少金額は高くても質の高い遺伝子検査を提供することは、遺伝子検査ビジネスにおける一つの優位性になり得るのではないでしょうか。

<続く>

 

 

(※3)http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/other-kousei.html?tid=311652

(※4)http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000140441.html

(※5)http://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/mono/bio/Seimeirinnri/guideline_20170329.pdf

(※6)http://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/mono/bio/Seimeirinnri/shishin_20170228.pdf

 

 

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